31/475
031. 胸中
アトは、いまいち事態が飲み込めなかった。
メチルの買物のお陰で、どうもこれは現実のように思えるが、しかし正直、現実にしては信じられない。
母について、アトが覚えている事は正直全く無い。
物心ついた時からすでに母は居なかった。
確かそれまでに確かめた事もあったろうと思うが、母は自分には居ないものだと思い、過ごしてきた。
いや、そういえば昔、父に母の事を聞いたはずだ。
父は、母のことを、「綺麗な人だった」とか言ったのではなかったか。その言い方と父の態度からも、母はもう居ないのだと― 。
自分が小さい頃に亡くなったのだと信じていた。
しかし ― どうも現実のような気がしてきたこの「今」、目の前に居る人は、私はあなたの母親ですよ、などと言う―・・・。
しかも。
ここは 居城の中。
まさか 亡くなったと思っていた母が実は元気に生きていて― しかも、同じ建物の中に住んでいた― なんて。
そんな馬鹿な話が―・・・。
いや そういえば父上も 知らないとか―
いや、さっき、会話の中で登場したー・・・
アトは胸が一杯になってきた。喜びというよりも―
アトは口を開けた。
言葉を出そうとするのに、言葉がでなかった。
あまりにもたくさん、分からないことがありすぎる。




