030. 対面
「まぁ・・・・・」
先に、部屋に居た人が声を出した。驚いて、丸い眼をしている。
「どうやって入ってきたの・・・あなたは・・・アト!」
女性は、振り向いて、アトに駆け寄り、抱き寄せた。
アトは、呼吸がまともに出来ないような気持ちがした。
この人は、一体誰だ?
鏡面を―信じられない事に、通り抜けて― 光っていた扉を、勇気を出して開けたー・・・ら、
そこは、青白い光に包まれた、結構な広さの部屋で―・・・
一人、背の高い、髪の長い・・・その人が振り返り・・・
どこかで見たような
そういえば 結構最近にも・・・ どこで? 町で?
いや、気のせいか?
「アト! アトロス! あぁ、顔を良く見せて!」
女性は、アトの頬を両手で挟み、真正面からジィと見つめた。
あまりの近さに、アトは後ろに逃げようとした。
「あら」
女性は笑った。
綺麗な顔立ちだが、細かくシワが入っている。おばさんの年齢だ。
それにしても、ちょっと待て。
夢を見ているのだろうか?
真夜中起きたと思ったところから、全て、夢で―・・・。
「アトロス・・・あぁ、大きくなったこと・・・」
おばさんは、いとおしそうに、アトを見つめている。
「失礼ですが、あなたは?」
ようやく、アトは尋ねることができた。
誰だったか― 知っているような・・・けれど・・・知らない。
おばさんは、少し淋しそうに微笑んだ。
「・・・そうね・・・あなたを産んだのは、私ですよ。
あなたの父、イングスの、妻ですよ。
このイシュデンの、もう一人の領主ですよ。
あなたのお母様ですよ、アトロス」
あぁ、これは夢か―・・・
瞬間、アトの脳裏に、つい先日見た夢が思い出された。
“見えない手は、見えないものを掴むことができるのよ。”
あぁ、あの時の人に似ている―
あれは夢だった。
これも・・・幻だ。
「こうやって会えるのは、本当に、何年振りでしょう・・・。アト」
母と名乗る幻が、自分をまた引き寄せる。
なんだこれ。
アトは、抱きしめられながら、目のみで部屋の様子を見回した。
石造りの部屋。全体が淡く柔らかく光っている。
美しい調度品。
父の部屋にあるのと同じような品物もある―・・・。
食堂においてあるテーブルに似たテーブル・・・。
「・・・あれは?」
テーブルの一角の壁だけが、妙に照りやかに輝いている。
「え? ああ」
女性はアトの目線を追ってから、気付いて笑った。
「今日の夕食、変わった果物だったわね。ポンって飛び散らなかった? もうビックリしたわ」
「え」
「イングスが―あ、お父様が拭くのを手伝ってくれたのだけど・・・届かないところは、放ってあるの。
やっぱり、拭き取ったほうが良いかしら?」
アトは、目の前の人の顔と、壁とを見比べた。
目の前の人は、くすくすと笑った。
「メチルがたくさん買ってきたんですってね。うふふ、いたずらっ子に育ってるのね」
いや、いたずらではないと思う・・・
いや、そうではなく。
そうではなく・・・。
そうではなく、これは・・・・ここは・・・
夢ではなく、 現 実
「なあに、アトロス」
アトは、まじまじと目の前の人を見つめた。では この人は―・・・。
「・・・母上?」
「えぇ」
その人は、ふんわりと優しく、アトに笑いかけた。




