003. 石見の塔へ
着替えをすませた僕に、メチルがワクワクと聞いてきた。
「いつ行かれるんですか?」
「朝ごはんを食べたらすぐに行くつもり」
メチルはにっこりと笑った。
「そうですよね!」
メチルは自分の事のように楽しそうにルンルンと部屋を出て行った。
どうして僕より浮かれているんだろう? でもそれがメチルの良さかな。
僕は朝食の席に向かう。
朝食の間には、誰もいない。
長いテーブルの手前側の端に僕が着席して待つ。しばらくして、父が現れる。長いテーブルのもう一方の端に座る。
それで、食事が始まる。
僕はいつものように、義手の角度を食事用に固定して、スープを飲み、スライスされたパンを食べる。
「いつ行くのだ」
父も、メチルと同じ質問をした。
「この後、すぐに」
父は、口元をナプキンでぬぐった後に言った。
「そうか。気をつけてな」
「はい」
「今日は天気が良くて良かった」
と、父が言った。
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石見の塔に、出掛けよう。
僕が母屋を出ると、フォエルゥが嬉しそうにグルグルとノドを鳴らして近寄ってきた。
フォエルゥは、白くてもこもこした僕の相棒だ。犬に似ているけれど犬ではないし、犬よりも随分と大きい。
なんでも他の地域のイキモノらしくて、僕はフォエルゥ以外に、フォエルゥと同じイキモノを見たことがない。
僕が幼く両手を失ったころに、父が僕のための『お伴』として取り寄せてくれたのだと聞いた。
「フォエルゥ、おはよう」
僕は声をかけて、フォエルゥと顔をこすり合わせた。
フォエルゥはなんだかワクワクしている。
こんなに朝早くから僕が出てくるのは珍しいことだからだ。
「今日、僕、石見の塔に行くんだよ…。どうしようかな…。」
僕は少し考えた。
「ごめんね、塔へは一人で行ってみたいから、戻ってくるまで待っていて。」
フォエルゥは僕をじっと見ていたが、僕が「おいで」と言わずに立ち去る様子に、理解してくれたみたいだった。
ごめんね、帰ったら、フォエルゥにも、是非僕の運命を話して聞かせてあげるから。
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確かに、天気は良かった。
僕は、北西への道をテンポよく歩いた。
石見の塔よりも近くにある、石見の鏡(池だ)にもすんなりたどり着いた。
この辺りから、どんどんと雰囲気が奇妙になっていく。
石見の鏡のフチには、ここに迷い込んで池に落ちて亡くなってしまった人たちを弔う墓が建っている。
僕はそれにあまり近寄らないようにした。
なんだか近寄りすぎると、一緒に引き込まれてしまいそうな気持ちがするし、ここは変な場所だから、実際そんな事だってありそうに思うんだ。
ブゥン、と、耳元を、赤いルビーみたいな実をひっさげた足の長いハチが飛んでいった。
それに目を奪われたから、もう少しで、地面に張り付いていたカエルを本当に踏んでしまいそうになって慌てた。
このカエルはこう見えて危険で…本当の名前は知らないけれど、昔に僕は友達と『復讐ガエル』と命名した。(仲間を殺したイキモノを集団で襲うんだ。きっと付着した体液がそうさせるんだろう)
注意して進まなくちゃ。
一人で来るのは初めてかもしれない。
昔、探検にみんなと一斉にやってきた。
未知にしすぎると好奇心を刺激しすぎて危ないから、と、学校から先生に連れられてみんなで来たこともある。
僕は大人たちのやり方に感心した。そういえば確かに、十分に連れてきてもらうと満足してしまって、あまり来なくなったのだった。
そんなことを考えていたら、石見の塔にたどり着いた。
僕は一気に気持ちが昂った。ぞわっと、鳥肌が立った。
石見の塔の、扉が… 開いていた。