028. シンジツ
ある日、倒れた自分を覚えている。何故だか、自分なのに、倒れた自分の体を見ていた。
それから慌てて水で顔を洗われて―・・・ その後は詳しく覚えていない。
病気だからと、この部屋で過ごすようにと、治療のための部屋に移された。
皆にうつってしまうからと、扉越しに食事やおもちゃを貰った。
世話係の人も扉越しで話をした。
ずいぶん長く部屋に居て、外に出たかった。
治っていないからダメだよ、と、神父さまに言われた。
あなたに祝福を、と言っていつも帰っていった。
早く治って、外に出たい。
病気が治っても、誰も分かってくれないんじゃないかと思った。
誰とも会わない日々。
ある日、珍しく食事以外のものが扉から入った。
かじってみたが、食べ物でもなかったし、何かが入っている箱でもなさそうだった。
それを運んできた、女性が、細い声で言った。
「真ん中を、指で、弾いてみるように、との事です・・・」
指とはどれの事だったろうか。
弾くとはどうする事だったろうか。
答えは無くて、しばらくその箱を持て余した。
何故だか、その箱が届いてから、食べ物が入らなくなった。
空腹に耐えられず、箱を齧った。硬くて歯が立たない。
声をあげて、扉を叩いた。気付いてもらえないかもと、体当たりもした。
力の続く限り― 果てては また 戻った力の続く限り―
ふと 声が聞こえた。
何かと思えば、あの箱が光っていた。床に転がっていた。
耳を澄ませた。
天気が良かったとか、そちらはどうだ、というような会話だった。
箱が青く光っていた。
眩しかった。
目を細めた。
これは?
扉から、コトン、と音がきこえた。見ると、差し入れ口に、パンと水が置いてあった。
「・・・あなたに祝福が・・・」
誰だったろう。どこかで聞いた声で・・・。
パンを食べて、もっとと叩いたが、返事は無かった。
箱がまた話している。
箱を拾い上げた。
あぁ、これはきっと、自分の話し相手にと、お父さんかお母さんが自分にくれたに違いない―・・・
パンと水はそれから毎日きちんと入ってきた。
ある時、キィと音がして、扉から二つの目が自分を覗いた。
キィとすぐ閉じた。
(全く信じられん! まさか―)
怒っているようだった。
あれは・・・誰? お父さん?
何を怒っている? あぁ、まだ自分が治らないからだー・・・。
毎日ずっと 箱の声を聞いて過ごした。
自分の知らない、外の声。
時々笑い声がする。それで幸せな気持ちになる。
なんて幸せな贈り物か。
気がついたのは どれほど経った頃か。
部屋全体が 水色に光っている。
自分は外に出れそうに無いけれど まぁ 満足するしかない。
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あれから さらにどれほどの年月を過ごしただろう。
オ・・・
自分の過ごしてきた日々が 光速で蘇る
この箱の事
届かなくなった食事
父と思われるあの眼と・・・怒りの言葉
この箱は、ただの、会話を伝える道具ではなかった!
自分は ― 見捨てられたのだ!
この箱によって
この世から― この部屋から― 父母の元から― 皆の元から―
消しさろうとされたのだ!
ォオオオオオオゥ!!!
体全てから声をしぼりだすように。




