023. お泊り
知らない町で、一人、人の家に泊まるなど考えられない。
けれど、それしか選択肢が無いようだ・・・
歯がゆいが、正直自分にはどうしようも無い。
父が外で待っているのではと思ったが、その場合、誰かが気付くはずだと男の子は言った。
そして、多分、イングス様のところに泊まると思う、と言われた。
どうしようもない。
案内された男の子の家は、食堂の扉を出て左に進み、随分と歩いた端のところだった。
「パパとママは、そのうち帰ってくるよ。
いつもより鈴が早かったから、たぶん、お客さんの仕上げがまだ終わってないと思うんだ。」
お客さんの仕上げ? と聞くと、男の子は嬉しそうに笑った。「パパとママは、床屋さんなんだよ」
床屋というのは、聞いたことがあるが、やはり自分の町には無かった。
髪は、父か母が切るものだ。
裕福な町なのだろうか。
家の中は、赤と白の格子状の布が色んなところに装飾として使われていた。
テーブルの上にもかけられていたし、壁にもかけられていた。
ちょっと奇妙な装飾だと思った。よほどこの柄が好きらしい。
壁に備え付けの棚がたくさんあって、たくさんの小さな置物が陳列されていた。
家や噴水、馬や人、城・・・よく出来ていた。小さいのに細部まで丁寧に掘り込まれて、色づけまでされていた。
これはすごい。
にこにこして男の子が「好きなの、あげるよ」と言った。
ダロンはびっくりした。思わず尋ねた。「これは・・・この町で、作ってるの?」
「うん、そうだよ」
「あの・・・幾らぐらいするの、かな」 もし買えるなら、買いたいと思った。父が、ひとつなら土産を買っても良いと言っていた。
「売ってないよ」
「えっ」
「売るために作ってないもの」
ダロンは少し混乱した。
「飾るために作っただけだよ」
意味がよくわからない。いや、もしかして。
ダロンは確認してみた。「もしかして、作ったのは、あなた?」
「うん」妙にきょとんとした表情で、男の子が頷いた。「僕だよ」
男の子が思いついたように言った。「上にも、あるよ。僕の部屋。まだ色づけて無いのもあるよ。見に行く?」
「う、うん」
案内されて、ハシゴを2つ登った。
窓がついている部屋だった。
男の子は窓の外を覗き込んで、「あ、やっぱり、ダロンのお父さんは居ないね」と言った。広場の様子が見えるようだ。
ダロンも覗き込ませてもらった。確かに、父どころか、誰も居ない。その上、確かに、町が白く白く見えにくくなっている。
父の言葉を思い出した。
― 狂った老婆に操られた町だ。
夜には町全体が霧に覆われるってのも気味が悪い。
その霧にかかると死んだようになるって言う ―
思い出して、ゾッとした。霧にかかると・・・。
「ね、ねぇ」ダロンはすっかり女の子の口調に戻っていた。自覚は無い。
「うん」
「霧に触れると、死ぬの?」
「え? どうして?」
「死なないの?」
「濃霧の夜に出た事ないから、分からないよ。死なないんじゃないかなぁ。」
「死なないの・・・」
「うーん、きっとね。・・・あっ!」男の子の顔が突然輝いた。
ダロンは驚いた。
「パパとママが帰ってきたよ!」
男の子は、ハシゴを降りて行った。
自分も続くべきだろう。
部屋を見回して・・・と、たくさんの小さな置物に目が留まる。
本当に、あの男の子が作っているらしい。
信じられないぐらい器用な子だ。
ろばの置物が特に可愛い、とダロンは思った。一頭、他より薄いグレーで塗られたロバがある。色が薄くて女の子のロバに見える。
少し近寄って・・・気がついた。
色が薄いのは、ロバに塗られた塗料のせいではない。
何かが、光っている。そのロバの後ろ―・・・。
何?
小さなロバの後ろ、自分の手のひらよりも小さな部分が光っている・・・。
確かめようとして、ダロンはそっと手を伸ばし、人差し指で触れようとした ――。




