018. 父と商人と
アトとフォエルゥが階段を降りていくと、玄関ホールに、町の広場で見た商人が居るのが見えた。
父と、メチルのお父さんのグィンが対応していた。
三人で、知らない言葉を話していた。
いや、昔、ちょっと教えてもらった事があったような・・・けれど身につかず、かつ、今や忘却の彼方にある「言葉」のような気がする。
父が指示して、グィンが何かを取りに行く。
アトとフォエルゥは階段を降りきらず、踊り場でその様子を見ていた。
商人は、何かを恐れているように見えた。気のせいだろうか?
とても早口で話すし、とてもカッカカッカとしている気がする。
父よりも背が低いから、というより、本来の目線よりも低いところから何かを伺うように父を見ている。きっと、それは商人本人は自覚がない動作だ。
「あぁ、良かった、イングス様はさすがだ」
アトたちに遅れて階段を降りてきたデルボが、アトの後ろから声をかけた。
商人が、体の大きなデルボとその大きな声に気付いたのだろう、階下から踊り場のアトたちを見上げた。
アトはちょっと驚いた。
父も踊り場のアトたちに気付いて振り返った。
「アト」
父に呼ばれた。
「降りてきなさい」
別にそんなつもりは無かったが、イタズラが見つかったような心地がした。
怒られるのかと少しおどおどしつつ、それを隠してアトは玄関ホールに降りた。フォエルウもついてくる。
デルボはアトの気持ちとは関係なく、ノシノシと階段を降りた。
父は、アトを商人に紹介した。
紹介と分かったのは、手振りと、言葉の中に自分の名前「トータロス=アトロス」が入っていたからだ。
父は今度はアトに振り向いた。
「アトロス」
「はい」
「お前の事を、この人に頼もうと思う」
アトは何を言われたか瞬時に理解できなかった。
言葉が出せず、ただ目を瞬いた。
「お前は、今日、運命の日だった」
「はい」
「石見の塔の老婆に ・・・ 何を言われたのだったか、今ここで言ってみなさい」
すでに父には伝えている内容ー・・・。父は、覚悟を促しているのだと気付いた。
「僕はー・・・」
今日の朝に見た、よぼよぼのお婆さんを思い出す。
まるで、見えていないようで、聞こえていないようだった、あの老婆。
父は、いや、町の皆は、あの老婆が絶対に正しいとどうして知っているのだろう―?
僕は、あの老婆をとてもそんな風には―・・・・。
手をとった老婆。一瞬で雰囲気が変わったとは思った。
老婆の口から出た言葉。
アトは内容を復唱した。
「 僕は世界を救うだろう― だから、今すぐに旅立て、と」
父は、真っ直ぐにアトの目を見ていた。
アトは商人をちらりと見た。
商人は、何を話しているのだと、怪訝な表情をしている。
父は、アトの言葉に頷いた。
「私にできる事は、父として、アト」
まるで、父は、父自身に言い聞かせているようだ、とアトは思った。
「お前の旅だちが、少しでも支障なく行われ、道中が少しでも快適にすむよう計らう事なのだよ、せめて」
この商人について旅に出るが良い、と。
父は言っている。
どうして。
自分は、旅に出るなど。
旅に出るなど、今まで一瞬たりとも、願った事など無かったというのに。
それが、たった一言、石見の塔の、あんなヨボヨボの老婆の言った事で。
どうして。
自分の運命が、勝手に回されている気がする。
アトは口を開きかけた。
けれど・・・何を言って良いのか、分からなかった。
父に指示されたものを取りにいっていたグィンが、戻ってきた。




