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010. 果物を売りに

イシュデンの領地へと向かう道を、幌馬車が向かう。ガタゴトと、誰一人すれ違うことのない道を行く。

御者台にいる2人は親子だろうか。


「ねぇ」


「『ねぇ』なんて言うな。『なぁ』と言え!」


叱責された若者はムッとした。「誰もいないよ」


「そんなこと関係ない! 誰も見えなくても! どこで何が聞いているか…」


どうやら本気で言っているらしい。頑固者で心配性! 若者は心の内で毒付いた。

叱責者は父だ。

もともと機嫌の良くなかった我が子の機嫌がさらに損なわれたのに気がついてか、父親は説明を加えた。

「この先の町は、正直、寄り付いちゃいけない場所だ。用心しすぎることは無い」


「・・・どういうこと」


「狂った老婆に操られた町だ。夜には町全体が霧に覆われるってのも気味が悪い。その霧にかかると死んだようになるって言う。」


「噂でしょ?」


「言葉に注意しろ!」キッと、父親は若者をにらみつけた。「お前は『男』だ!」


「誰もいないよ…」

若者は、自分自身が弱っていくような気分を味わった。まるで父親に生気を吸い取られるような気分。


つい思い出す。

出立前に髪を短く刈られた時。あの時は、長い髪を惜しいと思ったが、また伸びると思った。

外は危ないから、村を出たら男のふりをしろと言われたときも、自分の身を守るためだと納得した。

男らしい仮の名前を与えられ、使うようにした。

自然に出てくる言葉遣いは、全て押さえつけられた。それも当然だと思った。


けれど、想像以上に疲れを覚えるようになった。自分の行動全てに神経を使う必要があった。

ちょっとした仕草も、全て。全てが押さえつけられ否定される。


こんなに疲れるのは、旅が予定より長いものになったからだろうか。



二人はまた無言になった。



幌つきの荷台には、村で取れた野菜や果物が積まれている。

今年は豊作過ぎて、いつもの町ではもう皆に行き渡りすぎていた。ほとんどが売れ残った。

だから、いつもは決して赴かない狂気の町へも向かう事を、父が決めた。

この幌馬車には、近隣の人の分の荷物もある。

必ず売って帰る責任と義務がある。




しばらくの沈黙の時間が過ぎて、気遣ってか、父が そっと言った。

「お前、一つ、安いものなら土産を買っていいぞ。安いものならな」


息子のふりをする娘は、沈めていた顔を上げて父を見た。


「だが・・・女物は・・・どうしても欲しいなら、母親や妹のためだと言って買え」


娘は、ため息とともに、肩を落とした。


「何が不満だ!」譲歩したのに喜ばない娘に父の声は怒気を帯びた。


「ううん・・・。」口にしてから、言葉を訂正した。「いいや・・・。不満じゃないよ。分かったよ」


父をなだめるために言った。「ありがとう・・・」


父は機嫌を良くした。






まだ遠く、けれど、霧にかすむイシュデンの門が見える。

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