甘いミッキーマウス
小説の都合上、ひらがなが多くなっています。
読みにくいと思いますがご了承ください。
優子ちゃんは「うつびょう」なのだとママはいっていた。一日じゅうへやにこもっていたり、たまにひとりで泣いたりしているのはそのせいだと。でもほかの人にいうとへんにおもわれるから、ぜったいにいってはダメよとママはいった。
たしかにへんなのかもしれない。優子ちゃんはもうおとななのに、ひとりで泣いてしまうのだから。おとなはふつう、泣かないでしょう?
でもわたしは優子ちゃんがすきだ。明るくてやさしくて、ミッキーマウスのかたちにホットケーキをやくのがじょうずな優子ちゃんが大すきだ。
優子ちゃんはけっこんすることがきまっていた。あいては大学生のときからずっとつきあっていた男の人で、とてもやさしいひとなのだと優子ちゃんはいっていた。
けっこんのじゅんびをする優子ちゃんはまるで夏のひまわりのようにきらきらかがやいていて、そんな優子ちゃんをみているとわたしもしあわせなきもちになった。
でも優子ちゃんはけっこんしなかった。けっこんするはずだった男の人が、ちがう女の人とどこかへいってしまったのだ。こういうことを「かけおち」というのだと、おにいちゃんの透くんはいっていた。
優子ちゃんはずっと泣いていた。すきな人が「かけおち」したとしって、あさもひるもよるも泣いていた。わたしはそんな優子ちゃんをみて泣いた。そして優子ちゃんをおいて「かけおち」した男の人のことをおもうと、むねのあたりがムカムカした。優子ちゃんを泣かせるなんて、ゆるせない。
それから優子ちゃんはおかしくなってしまった。いつも明るかった優子ちゃんがぜんぜんわらわなくなった。いつも元気がなさそうで、かなしいかおをしていた。「うつびょう」になったのだ。
「うつびょう」になってから優子ちゃんは会社にいかなくなって、ずっと家にいるようになった。わたしは優子ちゃんが泣いているときはかなしいけれど、大すきな優子ちゃんがずっと家にいてくれてうれしかった。ママもうれしそうだった。だってふつうはたんじょう日とクリスマスにしか買ってこないケーキを、よく買ってきて優子ちゃんとたべるようになったから。ケーキをたべるのはとくべつな日だけなのだ。
でもある日じけんがおきた。夜ごはんをたべおわったあと、ママが大きなこえをあげて優子ちゃんのへやから出てきた。ママはこわいかおをしながらでんわした。しばらくすると家のまえにきゅうきゅうしゃがとまって、白いふくをきたおじさんたちが家のなかにはいってきた。わたしはおどろいて透くんのうしろにかくれていたけれど、おじさんたちは優子ちゃんをかついで出ていった。優子ちゃんはねむっているようにみえた。かおがとても白かった。
あとで透くんからきいたのだけど、優子ちゃんはあのとき「じさつ」をしようとしたらしい。ねむくなるくすりをたくさんのんで、しのうとしたという。
「『じさつ』ってなに?」
わたしは透くんにきいた。
「自分で死ぬこと」
透くんはいった。
「『しぬ』ってどういうこと?」
わたしはまた透くんにきいた。
「死ぬって、いなくなっちゃうこと。もう誰にも会えなくなっちゃうこと」
透くんはすこしかなしそうなかおをした。
「しぬ」はいなくなっちゃうこと。わたしは優子ちゃんがいなくなることをそうぞうした。ママやパパや透くんがいなくなることをそうぞうした。そうしたらすごくかなしくなって、なみだがポロポロでた。わたしはすごくかなしくて、その夜はママのふとんにもぐりこんでママといっしょにねた。ママといっしょにねるのはようちえんのときいらいだった。
わたしは優子ちゃんが元気そうな日に、なんで「じさつ」したのか優子ちゃんにきいた。
優子ちゃんはすごくおどろいたかおをしていた。クリクリの大きな目が、もっと大きくなった。
優子ちゃんは「そうねえ」といって紅茶をのんだ。紅茶のあまいにおいがした。
「もうどうでもよくなっちゃったの」
優子ちゃんはわらいながらいった。
「また『じさつ』するの?」
わたしは優子ちゃんがいなくなっちゃうことをそうぞうしながらきいた。そうしたらやっぱりかなしくて、またポロポロと泣いてしまった。
「優子ちゃんがいなくなっちゃたら、やだよう」
わたしはえんえん泣いた。泣くともっとかなしくなって、また泣いた。
優子ちゃんはすごくおどろいていた。わたしのあたまをやさしくなでていたけれど、気がつくと優子ちゃんも泣いていた。
「そうね、麻衣子ちゃんが泣いちゃうものね。ごめんね、もう死なないわ。ごめんね」
優子ちゃんとわたしはふたりでえんえん泣いた。目がいたくなるくらい、はながいたくなるくらい泣いた。ずっとずっと泣いた。
なみだがでなくなると、優子ちゃんはホットプレートをとりだしてホットケーキをやいてくれた。大きなホットケーキに小さなホットケーキをふたつくっつけて、ミッキーマウスのかたちにしてくれた。
わたしは優子ちゃんがやいてくれたミッキーマウスのホットケーキを、はちみつをいっぱいかけてたべた。ミッキーマウスのホットケーキはとてもあまくてあたたかくて、わたしはすごくしあわせなきもちになった。
優子ちゃんもミッキーマウスのホットケーキをたべた。ふたりでなんまいもなんまいもたべた。ホットケーキがなくなるとホットミルクをのんだ。優子ちゃんはやさしくほほえんでいた。「うつびょう」になるまえの優子ちゃんみたいにきらきらかがやいていた。
「またミッキーマウスのホットケーキやいてくれる?」
わたしは優子ちゃんにきいた。優子ちゃんはにっこりほほえんで、
「いいわよ」
といった。わたしはすごくうれしくて、ミッキーマウスのようににっこりわらった。
主人公の幼さをだすためにひらがなを多用するという方法を取りました。
これも小説を書く上での試行錯誤のひとつです。感想・批評をよろしくお願いします。