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プロローグ

4話分をひとつにまとめました。

アニスは本日バーで7杯目のカシスオレンジを飲んでいた。

「まったく…やってらんないわよ」

彼女の気合いを入れてセットしたはずの赤毛の髪は乱れ、透け感のある黒いロングドレスの裾は大きく裂けて際どいところまで見えてしまいそうな程だった。

「お客さん、どうしたんですか?」

グラスの水気を丁寧に拭きながら、白髪交じりの初老のマスターが聞いた。

「今日は私の誕生日だったのよ。それなのに、彼ったら借金の返済日に振込むはずだったお金を全部カジノに注ぎ込んで…」

アニスはここまで言うと泣きじゃくり始めた。

「うっ、うっ、うっ、待ち合わせ場所で待ってたら、うぅっ、借金取りと一緒に彼が来たの。彼ね、お金が払えないからって私を売ろうとしたのよ…」

マスターはアニスの飲んでいたカシスオレンジのグラスをそっと下げた。

「だから、彼と別れたの。もちろん、借金取りに捕まりそうになったけど、抵抗して逃げて、ここでカシスオレンジなんて飲んでるわけ」

アニスは自嘲するように笑うと、涙をそっと拭った。

「お客さん、よく逃げられましたね?普通男だって抵抗して逃げられるような相手じゃないですよ?」

「そぉね。でも私、昔護身術になればと思ってキックボクシングかじってたから。マスター、カシスオレンジもう一杯!」

アニスがカシスオレンジをマスターに注文すると、マスターは首を横に振った。

「お客さん、開店前で買い出しにもまだ行ってないから、さっきのでカシスオレンジの材料無くなっちまいましたよ。他のなら作れますがどうしますか?」

「あっ…ごめんなさい。まだ開店前だったのよね?それじゃあ、お水いただける?」

酔い覚ましの水を注文すると、マスターは氷の入った水のグラスをアニスの前に置いた。アニスはゆっくりと水を飲み干すと、左隣の椅子に置いてあったアクセサリーポーチから財布を取出し、十数枚の紙幣をカウンターに置いた。

「これで足りるかしら?」

マスターはその紙幣の中から3枚だけ受け取った。

「冗談でしょ?カシスオレンジって1杯そんなに安いの?」

アニスは戸惑った様子でマスターに聞くと、マスターは目を細めた。

「今日はお客さんの誕生日なのでしょ?だから、今日は一杯分のお代しかいたたきません」

「それじゃあ、マスター商売にならないんじゃない?」

「ふふっ、お客さんは常連ですからね。これぐらいのサービスして当然ですよ?」

マスターは悪戯っぽく言うとアニスは少し笑った。

「ありがとう、マスター。化粧室借りたらすぐ店から出るわね?」

アニスは椅子から立ち上がり、化粧室のある方向に歩いて行く。

「今日は開店前からお客さんがよく来る日ですねぇ」

マスターは店の入り口を横目に棚からグラスを二つ用意した。それとほぼ同時に店の入り口のドアが開く。

「いやぁ〜いきなり雨が降るなんて思わなかったぜ」

「ジャンさんが知らなかっただけね」

店に二つの影が転がり込んできた。一人は体格の良い中年の男で、迷彩服に身を包んでいる。もう一人は男とは対照的な華奢な体の少女で、こちらは迷彩ではなく白とピンクを基調としたチャイナドレスを着込み、頭には猫耳が生えていてあきらかに人間ではなかった。

「だいたいなぁ〜雨降るの知ってたら傘ぐらい用意しとくのが普通だろ!?」

「またリンにジャンさんの普通押しつけるぅ〜。それとても良くないことよ」

少女は少し怒りながらカウンター席に着く。

「おまえなぁ〜、もうガキじゃねぇ〜んだからよぉ〜」ジャンと呼ばれた男は少女に半分あきれた口調で言いながら、彼女の隣の席に座った。

「マスター、いつものアルコール♪」

少女は男の言葉など聞こえなかったかのように初老のマスターに注文する。

「相変わらずですねぇ」

マスターはグラスをふたりの前に置きながら、嬉しそうに言った。

「あぁ、相変わらずだよ…」

ジャンはマスターの出したウィスキーを一口含み、静かに言った。

「店にしばらく顔出さないから心配しましたよ」

「ウソつけぇ〜。俺の噂ぐらい聞いてるだろ」

「???」

マスターとジャンのやりとりを見ていたリンはひとりきょとんとしていた。

「ふふっ、どうだかねぇ。それより開店時間ぐらい、いい加減に覚えてくれんかね?」

マスターは水滴を拭き取ったグラスを棚に並べながら忙しげに言った。

「悪いね、マスター。俺営業時間に顔出せないんだわ」

ジャンはグラスを傾けながら寂しげに言った。

「ジャンさんが暴れなきゃ良い話ね」

「おい、リン!俺のこのシリアスチックな雰囲気を台無しにしやがったな!」

ジャンは額に青筋をたてていたが、リンはそんなことお構いなしでおいしそうにカクテルを飲んでいる。

「あぁ〜…はいはいわかりましたよ!俺が暴れなきゃいいんだろ!」

ジャンはさらに青筋がたっていたが、また何か言えば彼女は鋭い爪でひっかくことを知っていたのであえて引いた。

「マスター、あたしもう行くわね。今日はごちそうさま」

音も無くアニスがジャンの後ろに現われた。

『うわぁっ!!』

ジャンとリンは同時に驚くと、アニスはにこりと笑った。

「マスターも大変ね」

アニスはそれだけ言うと店の出入口に向かって歩きだしたが、それをマスターが呼び止めた。

「お客さん、外は雨ですよ?」

「今日はとことんついてないみたいね」

アニスはアクセサリーポーチを開けて、小さく折り畳まれたショールを取出し、それを頭にかぶった。

「おいおい、そこのべっぴんさんよぉ〜。あんたそんなもんかぶったってずぶ濡れになっちまうぜ?」

ジャンがアニスにそういうと、アニスは肩を抱いてつぶやいた。

「あたしは一秒でも早く家に帰りたいの…」

アニスは店のドアを開け、ショールが落ちないように余った布をクロスさせて肩にかけ、逃げるように雨の中へ飛び込んだ。ドアが閉まる最後の瞬間までジャンはアニスを睨みつけていたとも知らず…。



アニスは雨の中をひたすら走った。

足は靴擦れで血が滲み、ドレスは雨に濡れるほど彼女の体にまとわりつく。

「(早く…早く…もっと早く…)」

店を出てからどれぐらい経ったのだろうか。雨音が感覚を鈍らせる。

「(後もう少し…もう少しよ…)」

突然アニスの足が止まった。そこには時代に取り残されたような古めかしい煉瓦造りのアパートが建っていた。

「やっと着いた…」

濡れた体を引きずってアパートの玄関ドアを開け、エレベータホールまで歩く。エレベーターのボタンを押して、降りてくるのを静かに待つアニス。しばらくすると小さなベルの鳴る音と同時にエレベーターのドアが開いた。

「ふぅ…」

エレベーターの中に入り、床に置かれた大きなレバーをぐいっと左に傾けると、ドアが閉まって上昇した。アニスの住むアパートはオーナーのこだわりに溢れていて、全体的にアンティーク感がある。エレベーターのレバーはオーダーメイドらしく、アパートの住人は壊れないように力の加減に注意しなければならない。

エレベーターがアニスの部屋の階で停まって、ドアが開く。

アニスの足は軽やかにエレベーターから部屋へ向かった。

「えーっとカードキーは…」

アクセサリーポーチに手を突っ込んでカードキーを見つけると、それをドアに備え付けられた機械に通す。これもオーナーのこだわりなのだが、カードの表面のコードを読み取る形式になっていて、機械を通すたびにコードの形が変わる。そのためセキュリティはばっちりなのだが、やはりエレベーターのレバー同様にオーダーメイドなのだ。

ドアが開くとアニスの表情も明るくなっていた。部屋の中に入ると、靴をその辺に脱ぎ捨て、アクセサリーポーチもリビングのソファに放り投げ、濡れて体に張り付いたドレスはショールと一緒に乾燥機に突っ込み、それから彼女はバスルームでシャワーを浴びた。


「あの人達大丈夫かしら?」

アニスの過去の経験から言えばまず悲惨な出来事に巻き込まれるのは確かだった。だが、どこかあの二人は大丈夫なような気がしていた。それどころか自分の呪いめいたジンクスすらも消し去ってくれるような気がした。

バスルームから出るとリビングの大きな窓から外を眺めた。外からは街のネオンが見えた。無機質な街。それから、空を自在に駆け巡るさまざまな形の乗り物。

ここはサイバーシティ。この星で唯一の超巨大都市。

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