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2009年12月23日

 元々、今日は休みだったが、瑞穂は昨日までとは違った気分で朝を迎えた。それは、あの会社を辞めたからだ。

 手続きがあるため、正式に辞めるまでには少し掛かるが、気持ち的には随分と楽になった。それだけでなく、また虎島の下で働けると言うことが何よりも嬉かった。

「お母さん、そんな訳で仕事辞めることになっちゃったんだけど、次のところでしっかり頑張るから、心配しないで」

 母親に心配をかけないようにと、そうした報告をしたけど、母親は特に怒ることもなく、瑞穂を応援してくれた。

「うん、もうすぐクリスマスだけど……その話何度目? クリスマスイブの夜にお母さんとお父さんがお互いに告白して、付き合うようになりました。めでたしめでたしでしょ? いや、もう二人の惚気話は聞き飽きたから。じゃあ、そろそろ出かけるから切るね」

 電話を切ると、瑞穂は池斗がついて来ることを信じて、外に出た。

 目的の場所へ行くまでの道順等は昨日のうちに調べているから、その通りに瑞穂は目的地へ向かった。

 今、瑞穂の中には、池斗のことを知りたいという強い気持ちがある。しかし、瑞穂は途中、このまま行くべきかどうか迷ってしまった。池斗のことを知ったとして、それが必ずしも良い結果になるとは限らないからだ。

「瑞穂?」

 その声に振り返ると、そこに池斗がいた。

「……池斗は自分のことを知りたい?」

 この質問に対する池斗の答えで、瑞穂は判断しようと決めた。

「知らないといけないと思っています」

 それが池斗の答えだった。そして、それは瑞穂の中にもあった答えだ。

 たとえ、どんな結果であっても、知らないといけない。根拠はわからないが、そんな気持ちを強く持った。

「じゃあ、行こうか」

「はい」

 その返事の直後、池斗は姿を消したが、瑞穂はついて来てくれると信じて、先へ進んだ。


 目的地までは電車で約1時間程掛かった。瑞穂は駅を出ると、少しだけ歩き、目的地に到着した。

 そこは大きな病院だ。

 瑞穂は病院に入ることなく、広場のようになっている場所へ行くと、そこにあったベンチに座った。

「池斗、覚えている?」

「はい、思い出しました」

 いつの間にか、池斗は隣に座っていた。

「私達は、この場所で会ったんだよね?」

 瑞穂の言葉に、池斗は頷いた。

「ここで池斗がゲームで遊んでいて、私が話し掛けた」

「瑞穂、僕のゲームを取り上げて、全部クリアしちゃいましたね」

「だって、楽しかったんだもん。それより、取り上げてなんて言い方やめてよ」

 それは今から10年以上も前の話だ。

 まだ8歳だった瑞穂は、この辺りに暮らしていた。そして、入院している祖母のお見舞いによく来ていた。

 しかし幼い瑞穂はよく退屈してしまい、病院を出ると、ここに来た。そして、池斗と出会ったのだ。

「あの時からゲームを好きになって……だから私がシステムエンジニアを目指しているのは、池斗のおかげだよ」

 少しずつ、ここにいた時のことを思い出し、瑞穂は笑った。しかし、同時に疑問も生まれた。

「でも、どうしてお互いに忘れちゃったのかな? こんな大事なことだったのに……」

 時間の経過と共に記憶が薄れてしまうのはしょうがないことだ。ただ、池斗との出会いは、将来の夢を持つきっかけでもある。それを忘れてしまっていたことには疑問を持った。

「池斗、何か思い出したことはある?」

 ここに来た目的は、池斗がどういう存在なのか知るためだ。自分と出会ったこの場所なら、池斗も何か思い出すかもしれないと瑞穂は期待した。しかし、池斗の表情は暗かった。

「……ごめんなさい、やっぱり覚えていないです」

「まあ、焦ることないよ」

 瑞穂は慌てて池斗を励した。

 瑞穂自身、忘れてしまったことがたくさんある。そのため、池斗が思い出せないのも無理はないと思った。

「瑞穂、もう行きましょう」

「え? 来たばかりだよ?」

 ここにいれば、何か思い出す可能性がある。そう信じて、瑞穂はしばらくの間、ここにいるつもりだった。しかし、池斗が浮かない表情だったため、しょうがなく帰ることにした。

「もしかして、瑞穂ちゃん?」

 そんな声を掛けられ、瑞穂は声がした方へ顔を向けた。そこには中年の女性がいた。

「やっぱり、そうだ。久しぶりね」

「あの……?」

「忘れても無理ないわね。池斗の母よ」

 その言葉に、瑞穂は慌てて池斗の方へ目を向けた。しかし、池斗は姿を消してしまったのか、いなかった。

「わざわざ来てくれてありがとう」

「あ、いえ……」

 池斗の母親は、そこで悲しい目を見せた。

「今日は、池斗の命日ですもんね……」


 一瞬、時間が凍り付いた気がした。

「今……何て言いました?」

 そう聞き返したが、もう瑞穂は思い出していた。

 池斗は、この病院に入院していたのだ。幼い瑞穂は詳しい話を聞かなかったが、重い病気だとは聞いていた。そして、あの日、池斗は亡くなってしまったのだ。

「瑞穂ちゃん、大丈夫?」

「はい、大丈夫です。もう失礼します」

 瑞穂はそれだけ言うと、その場を後にした。


 しばらくして、瑞穂は立ち止まると、振り返った。

 そこには、顔を下に向けた池斗がいた。

「池斗は気付いていたの?」

「……はい、ここに来た時、すぐに思い出しました」

 池斗は本来、ここにはいない人物だということ。そのことが瑞穂の不安を大きくしていた。

「人から時間をもらえば、いくらでもここにいられるんだよね? ずっと一緒にいられるんだよね?」

 本当は、その質問をすることも怖かった。しかし、我慢出来ずに聞いてしまった。

「……難しいかもしれないです」

「何で?」

「少しずつ……必要な時間が多くなっているんです。上手く人から時間をもらうことも出来なくなってきています」

 それは、瑞穂の望んだ答えではなかった。耐え切れず、瑞穂は顔を下に向けた。

「あ、でも、聞いて欲しいことがあるんです。僕はあの日……」

「何で、私の前に現れたの?」

 言ってはいけない言葉だと知りながら、その言葉を瑞穂は止めることが出来なかった。

「何で、一緒にいられないのに、私の前に現れたの?」

「それは……」

「ここにも来なきゃ良かった! もう私の前に現れないでよ!」

 瑞穂はそれだけ言うと、走ってその場を後にした。

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