3 婚約破棄の正しい構図
そして、当日。
会場で、寄子のお嬢様方と歓談していると、スッと背後に侍女がやってきて、囁きました。
「殿下がいらっしゃいました」
招待状がない方はお断りしています。
実際、今夜もすでに、招待状なしでやって来た7名は、丁重にお帰りいただいておりますし、招待状を偽造し、身分も容姿も偽って潜り込もうとした方に対しては、それなりの処分をさせていただきました。
ですが、殿下、ナントカ男爵令嬢、無能な側近3人は、招待状なしでも通すように言ってあるのです。
わたしは小さくうなずきます。
有能な侍女にはそれだけでいいのです。あとは手はず通りしてくれます。
ほどなくして、殿下が、わたしの前に現れました。
相変わらず、ブ男よりの凡庸。
ショボショボした垂れ目、低く丸い鼻も汗まみれです。
まぁ、わたしも人様のことが言えるほどの顔ではないのですが。
「あ、いたいた! メープル侯爵令嬢」
殿下は、わたしの名前を呼びません。
婚約者なのに、呼ぼうともしないのです。
わたしの許可をとっていないので当然と言えば当然なのですが。
「これは王太子殿下、ご招待もしていない宴にいらっしゃるとは、どういう御用でしょうか?」
わたしも、名前呼びなどしたくないので、何の問題もありません。
ですが、このひと、婚約者だという自覚があるのでしょうか?
それ以前に、王太子の自覚があるかすら、あやういものですが。
「キミに緊急で話さなければならない用件があってね……キミにとっては大したことじゃあないと思うけど」
大したことじゃない? 婚約破棄の上に冤罪を掛けられることが?
ああ、殿下、愚鈍すぎます。
貴族の令嬢が婚約破棄されること、それが彼女にとってどんなに屈辱的な汚点になるか、わかっていらっしゃらないようですね。
ですが、あくまでそれは一般論。
今回に限っては、殿下のおっしゃる通りです。
殿下が婚約破棄をしてくだされば、王太子になるわたしは引く手あまたですもの。
「……別室を用意させますか?」
と、形ばかりは訊きます。周囲にも聞こえるように計算して。
婚約破棄を人前で叫ぶというのは、愚の極み。
まともな知能をもっている人間なら避けるべきこと。
わたしは、ちゃんと殿下のことを考えていましたよ。わたしはね。
という周囲へのアピールです。
「いや、なるべく多くの人に聞いて欲しいから、ここで」
予想通り。
あ。ですが。
「壇の上からなさるのでは?」
婚約破棄では、それが定番だと小耳に挟んだことがありますから。
「うーん……いや、ここでいいよ」
「では、お聞かせ願いますか? その用件とやらを」
殿下は、ごく軽い口調で、
「オレとキミの婚約を破棄しようと思うんだけど、どう?」
「……」
なんですか、その『明日は朝早く起きられればいいなー』みたいな、どうでもいい話し方は!
まぁ愚鈍な方ですから……。
わたしの反応を見て、殿下は頭を掻いて、
「ああ、今のはまずかったな。慣れていないんだ。こういうのは、はじめてだから」
当たり前です。
そもそも、殿下程度の方が、何度も婚約破棄が出来るわけがないでしょうに。
殿下は、こほん、と咳ばらいをしてから、礼服の胸ポケットから、くしゃくしゃに丸めた紙を取り出すと、広げて、目を通しはじめました。
「ふむふむ……大声で重々しく……そうだったそうだった。今度はちゃんと言うぞ」
そう言うと、背中で手を組んで、大声で言い放ちました。
「メープル侯爵令嬢マリア。お前との婚約は、今日をもって破棄する!」
周囲の音楽がぴたりと止まった。
罠にかかった。
ですが、なんですか、この違和感。
というか……締まりのなさは……。
一応、人生の大事なのですから、もう少し、展開とか段取りとか言い方というのがあると思うのです。
殿下は、ふぅ、とため息をつくと、さっきの紙切れで額の汗をぬぐい。
「あ、いかんいかん」
慌てて別のポケットを探って、ハンカチを取り出すと、もう一度汗をぬぐってから、
「メープル侯爵令嬢。これでいいのかな? 伝わったかな?」
と自信なげに言ってきた。
いや、そんなこと聞かれてもね……まぁ、伝わってはいますけど。
「よろしいかと……理由をお聞きしても?」
聞くまでもないのですが。
殿下の腕にぶらさがっている男爵令嬢のせいですよね――あれ? いませんわ?
「あー、理由かぁ……うーん」
ここ、悩むところですか!?
「キミが出来過ぎでオレにはもったいない、じゃだめかな?」
「……なるほど」
理由としては、これはこれで典型的ですね。
ただ、知恵の足りない殿下であれば、いきなり冤罪をふっかけてくると予想していたのですが。
取り巻き3人の入れ知恵でしょうね。
「納得してくれたか! それはよかった! 書類はまだだけど後で正式に作って送るよ」
なにを晴れやかな顔をしていらっしゃるやら。
このあと悲惨な運命が待っているというのに……愚かな人間は哀れですね。
「わたしと婚約破棄したあと、あの方と婚約するつもりなのですね」
一応、確認。
殿下は、きょとん、としたあどけない顔で、
「あの方って誰?」
しらじらしいですね。
不貞を認めたら、殿下の有責になるからでしょうけど、小賢しいです。
3人のうち誰が入れ知恵したのでしょうか?
「ボウ男爵令嬢ですよね? いつもご寵愛なさっている」
「あーアレ。そう見えちゃってたかぁ。でも、アレはオレの側近達にひっついてるだけなんだけど」
なかなか斬新な言い訳ですね。
「でも、彼女、彼ら全員と関係もって誰と結婚するんだろう? うちの国では何人もの相手と同時には結婚できないはずなんだが……」
「は?」
いけませんわ。余りの空とぼけっぷりに、思わず声が出てしまいました。
「……殿下と結婚するおつもりなのでしょう」
あ、ようやく現れましたね。
恋多き男爵令嬢と、殿下の側近の方々が。
殿下の後ろにずらりと並んで、こちらを睨みつけてきます。
ああ、違和感の正体がわかりました。
婚約破棄の場面では、大抵、愚鈍な男と、取り巻き複数と、泥棒猫はセットと決まっているもの。
その構図が崩れていたからだったんですね。
「オレと? オレとアレが? まさか。オレはこの婚約破棄で廃嫡になるから。王太子じゃなくなったオレなんか無価値だからね」
「……は?」
今、廃嫡とおっしゃいましたよね?
「え」
あら、遅れて現れた方々も驚いています。
「? なぜ驚くのかな? 国王陛下の不在時を狙って、王命に反した行為を勝手にしたわけだから当然だよ」
まさか、ほんとうに判って行動していらっしゃるとは!?
でも、わかっているならこんなことはしでかさないはず……わけがわからないです!
たくさんある作品の中から、拾って読んでくださってありがとうございました。
誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂けたこと幸いでございます。
完結までよろしくしくお願い致します




