星屑の囁き
私は、宇宙船「エコー」の航海士として、この銀河の果てを彷徨う日々を送っている。
船のAIがほとんどを管理する時代に、人の手が必要とされるのは、最後のひとかけら、「直感」だけ。
私のパートナーは澪。
エンジニアで、船の心臓部・量子ドライブの担当。
彼女の瞳は星みたいに深くて、覗き込むたび、重力みたいに引かれてしまう。
未知の星雲へ近づく。窓の向こうで、青い霧が静かに流れていた。
センサーの針が揺れ、次の瞬間、警報が船内を走る。
「綾、ドライブの出力が不安定よ。外部干渉かも」
通信越しの澪の声は落ち着いていて、その響きだけで心が整う。
「了解。星雲の磁場が原因みたい。手動で調整に回るね。澪、シールド強化お願い」
外部干渉か、今度はどんなものだろう?
ゴミとかなら排除は簡単なんだけど。
船体が大きく身じろぎする。宇宙が試すみたいに、こちらの覚悟を覗いてくる。
足音が近づき、ブリッジの扉が開いた。
ブリッジの中では、銀色の作業服に汗が光って、澪の乱れた黒髪さえ美しいなぁっって今そんな時間ないのに。
澪は私の隣に滑り込み、画面を覗き込む。
指先が触れそうで触れない距離。心拍が一段、速くなる。
落ち着け私。
少しだけ深呼吸をして落ち着かせる。
「一緒にやろう」
その笑顔が、星雲の青をやわらかく溶かす。
私たちは手を重ね、コントロールを走らせた。量子ドライブの微細振動が落ち着き、船体の軋みが遠のく。
危機は、静かに通り過ぎた。
ほっと息を吐いた瞬間、AIが別の異常を告げる。
星雲の奥から、極細の波長。ささやきみたいな、かすかな呼び声。
「……テレパシー信号?」
まるで、誰かが囁いているような声がする。。
AIも解析を始めるが、進捗は鈍い。
澪が私の手を握った。温度が伝わる。やわらかい。
「綾、感じる? 私にも聞こえる。『ここにいる』って」
目を閉じる。確かに、聞こえる。
星屑をすくうみたいな優しい音。澪の鼓動が、手のひらから胸へ流れ込む。
私たちは同時に息を合わせ、信号に同期した。
視界がほどけ、広がる。星雲の向こうに、幻の景色。
浮遊するクリスタルの森。透明な枝が光を撥ね、静けさが音になる。
その中を、手をつないで歩く私と澪――未来の記憶みたいな光景。
信号は想いを映し出す。出会った日のこと。
地球軌道ステーションの通路で、初めて視線が絡んだ瞬間。
別れの夜、澪が私のヘルメットに落としたキス。
拾い上げるたび、星屑みたいにきらめく。
『綾、私……あなたがいない宇宙なんて、考えられない』
信号の中で、澪の声が重なった。胸の中央が熱を帯びる。言葉はいらない。想いだけが流れていく。
『私も。澪は私の星。永遠に、隣に』
光がやさしく収束し、ブリッジの空気が戻る。
星雲は波紋のように穏やかで、澪の瞳は潤んだまま私を捉えていた。
私は彼女を引き寄せ、額をそっと合わせる。唇は触れず、息だけが混ざる。
広い宇宙の真ん中で、私たちは小さくて、それでも、完璧だった。
夜、観測デッキに並んで腰を下ろす。
冷たいガラス越しに、知らない星の群れが流れていく。
澪の肩に頭を預けると、宇宙の手触りが少しだけやわらかくなる。
『信号の解析完了。自然現象の可能性が高いで。感情の共鳴を促す波長を含んでる可能性』
AIの報告に、私は小さく笑う。
「ありがとう、宇宙。いい贈り物だったよ」
澪が頷き、指先で私の頬をなぞる。
「これからも、一緒に探検しようね、綾」
「広大な宇宙をのんびりね」
星屑のささやきは消えなかった。
静かな余韻として、二人の心に、いつまでも。




