第10話-3/11
その中からアスカが一歩前に出て陽奏に握手を求めた。
「ヒナタさんダナ。アタイはこのチームのリーダー、アスカっていうダナ。よろしくダナ」
差し出された手を受け取り、前かがみの姿勢で握手する陽奏。
「めんこいね~、ちっちゃい子供がリーダー?」
少し首を傾げて陽奏は言った。
「こ、子供じゃないダナ!背が少し低いだけダナ!」
それには顔を真っ赤にしてアスカが強めの口調で反論と共に握手した手に力が込められる。
意外な握力に陽奏は顔を顰めながら謝罪の言葉を述べた。
「ごめんごめん、ルッキズム判断はご法度だね、俺としたことが…申し訳ない」
落ち度があったとばかりにペコリと頭を下げて、陽奏は平謝りをする。
お互い納得したところで険悪な雰囲気はなく、顔合わせの挨拶は終わった。
「分かれば良いんダナ、今日はよろしくダナ」
独特の口調でアスカは陽奏に笑顔で応えた。
「ワゴン?結構な荷物なんだね」
アスカの背後にあった彼女の背の高さぐらいの二段ワゴンに段ボール箱が4箱ほど積まれたいた。
用意に関しては特に何も伝えられていなかった蒼太は街をうろつくときの恰好、
いわば普段着と財布、仕事用とプライベート用のスマホぐらいしか所持していない。
もちろん剣や武器になるものなど普段から所持していないので装備を整えると言っても他に何も準備できるものは無いだろう。
事前に揃えるように言われればホームセンターあたりで武器になるらしきものぐらいは用意できただろうが…
「えぇ、買い物に行くだけではないので」
という月姫に思わず前のめりに蒼太は続きの言葉を急かした。
「もしかして冒険?」
詰め寄る蒼太に、彼女は一歩引きながら短いため気を吐き出し、首を左右に振って小さく否定を唱えた。
その代わりに彼女は人差し指を立てながら蒼太に設問を一つ投げかけた。
「違います、では問題を出しますが、買い物に必要なものは何でしょうか?」
少し首をひねり考える蒼太だったが、思いついた発想をすぐに声にして伝えた。
「物々交換?」
「違います」
すぐさま間違いだと月姫は冷たく言い放つ。
今度は蒼太の隣にいた陽奏が代わりに月姫に答えを出す。
「愛嬌と交渉能力」
「確かに必要かもしれませんが、それも違います」
簡単な問題のはずが出てこない正解に月姫は目を細めた。
「エコバッグ?」
「そうちゃんの言う異世界にはエコバッグってあります?」
「ないなぁ…なんだろ?」
あながち間違いではないが、ファンタジー世界にエコバッグなど耳にしたことはない。
コンビニのようにビニール袋が用意されているわけでもなかったが、買い物にはもっと大事なものがあるでしょ?と言いたげに月姫は口を噤んだ。
答えが思いつかない様子で二人は互いの顔を見合わせてしまっていた。
やれやれとばかりに月姫は至極当たり前の答えを口にする。
「正解はお金ですよ」
「そんな当たり前のこと…かぐが用意してくれてるんだろ?」
お店のものを買い出しに行くのだから当然だろうと言いたげな顔で蒼太は言った。
「用意するのではなく、自分たちで稼ぐ必要があります」
なんで?と言いかけたところで蒼太は彼女の言葉の意味を理解した。
「そうか、異世界だからこっちの世界のお金は使えないんだ」
「です。こちらのお金はただの紙切れにしかなりませんから…向こうでは主に銅貨、金貨が主流になっています」
この世界でなら通じる通貨、それは海外でも換金さえできればこの国の紙幣も価値はあるが、異世界ではそれらは全く利用価値がなくなってしまう。
まだ最初に言った物々交換の方が紙幣よりは意味があるだろう。
「いつも向こうでの役割は決まっていて、沙羅さんと寧音さんが酒場のお手伝いをして、詩留宮さんと有沙香さんが露店販売をしています」
何らかの方法で異世界での通貨を手に入れるには対価として労力や品物を提供する必要があった。
「露店販売の商品がそのワゴンに沢山積んでありますのでその売り上げでお酒や食材を仕入れることになります」
相槌を打つかのように月姫の説明と合わせて、サラがワゴンの上にあるダンボールをポンポンと叩いた。
中身は聞いていなかったが露店販売に出す商品が入っていることが推測できる。
「なるほどね、でも向こうのお金をこっちで換金したら高額になったりしない?」
蒼太が耳にした銅貨と金貨の価値の高さを算段する。
技術力がそれほど高くないとふみ、原価的な計算を試みる蒼太。
こちらの世界で今に至っては特に金の希少価値は高く、異世界に金山があるとするなら一攫千金すら狙えるのではないかと思ってしまう。
「そうかもしれませんが、別にお金目的でこのお店をやっているわけではないので」
「そうなの?」
月姫の言葉にすぐさま食いつく陽奏。
お金目当てで商売をしていないならその動機が彼女は気になる様子だった。
「はい、この話は長くなるのでもし気になるようでしたら後日でもお話ししますが…」
「俺としてはかぐちゃんのすべてを知りたいな」
チャンスとばかりに月姫に距離を詰め陽奏は彼女ににじり寄った。
ちょっとでもお近づきになれたらと模索する陽奏に月姫は両手を前にだし、手のひらを向けてお断りのポーズを示す。
「それはご遠慮いたします」
そんな二人の小芝居を横目に蒼太は急かすように月姫に催促をする。
「それより事情は分かったから早く向こうとやらに行こう」
「焦らなくても逃げはしませんが…いつもより遅れるとバルンさんが待っているかもしれませんね、向かいましょうか」
さらりと言った台詞の固有名詞についつい蒼太は反応をしてしまいそうになるがこれ以上話が脱線してしまわないようにと思い好奇心を押しとどめた。
「よしっ、あたいの出番だね!」
そこに待ってましたかとばかりに列の後ろで何度か欠伸をかみ殺していたミクが一歩前に進み出て来る。
一番奥の個室に入り、ベッドの奥にある扉の前でポーズを決める。
彼女に倣う様に次々とメンバーが個室に足を踏み入れ、彼女の様子を伺った。
「ミクが何かするの?」
「この部屋も普段は個室として使っているので、普段ファナーさんが間違って扉を開けてしまわないようにミクさんがスキルで鍵をかけています」
蒼太が問いかけるとミクが何をするのか月姫が解説をする。
異住人が様々な特技として持っている能力【スキル】に関しての話題だった。
ミクは目を伏せ何か異国の言葉、呪文を唱えだすと両手の指先が輝きだし、それらを扉に向かって掲げた。
【マジカルアンロック】
扉から離れているのにも関わらずカチャリと鍵が開く金属音が聞こえる。
摩訶不思議な現象だが蒼太はそれを驚く様子もなく見守っていた。
慣れてきたと言った方が良いだろう。
「ありがとうございます。弥紅さんは今日はここで待っていてもらっても良いですか?」
月姫はミクにお礼を言ってから彼女に待機を命じた。
厳しい口調ではないが予想外のことにミクはすぐさま不服を申し立てた。
「えぇ~あたいもソタと一緒に遊びたいぞぇ?」
口を尖らせ、いかにもといった風に拗ねて見せるミク。
わがままを言うミクに月姫は一歩詰め寄ると、満面の笑みを浮かべたままその表情を崩さず彼女に言い放った。
「面白い事を言いますね、昨日充分遊んだのではありませんでした?」
固まった笑顔がミクにとてつもない恐怖心を与えている。
恐怖心を与えることができるスキルもあるが、月姫はスキルを使えるわけでもなくその立ち居振る舞いで身の毛もよだつ恐怖心をミクに与えているのが周囲のキャストにも分かった。
「こ、怖いぞぇ。おとなしく待っておくぞぇ…」
扉の前に立ちはだかっていたミクはおとなしくその道を開け、一人には大きすぎるベッドの上に大の字に寝転がってしまった。
「物分かりが良くて助かります。ではみなさん行きましょう」
月姫は振り返ることなく、解錠された扉を開くとその向こうへと一歩踏み出していった。
それに続くキャストたちに紛れ蒼太と陽奏も列に加わり扉の向こうへと向かって行く。
「な?言ったろ?性格…」
先の出来事を蒸し返し陽奏に忠告しようと蒼太が言葉を発したところで
「そうちゃん、なにかありました?」
少し先を歩く月姫が少し低めの声で話を区切るように疑問符を投げかけて来る。
先行く彼女の後頭部しか見ることはできないが蒼太の脳裏に一瞬、先ほどミクに向けられた月姫の笑顔が過ぎる。
「いや、こっちの話し…」
扉を抜けるとごく普通の木造の通路が続いていた。




