第10話-2/11
とはいえ慣れ親しんだ相手に対してひどい対応をすると耳にしたこともないのだが…
「外面じゃなくて蒼太にだけ厳しいのかもよ?」
言い得て妙、確かに言われて蒼太は彼女の振る舞いを思い出し、身に染みた。
規律、規律と口を開けばうるさい彼女も特段蒼太に対しては風当たりが強い気がする。
「そうかもしれないけど、俺には心に決めた人がいるからな」
頭の中に浮かぶ思いの人、人と言って良いかは分からないがこれだけ沢山女性がいる職場で彼女だけはやはり特別視してしまう蒼太。
「昨日居た?」
陽奏に聞かれ蒼太は昨日のホールの状況を思い返すがツバキの姿はそこにはなかったことを思い出す。
「昨日は非番だったと思う、ホールには居なかったな」
「そうか、まぁ俺はかぐちゃん一筋だけどね」
にかっと陽奏は親指を立てて白い歯を見せるように口角を上げて笑顔を浮かべて見せた。
蒼太は陽奏との付き合いが1年以上にはなるが、恋愛遍歴についても熟知していた。
陽奏は多重恋愛こそしないものの、一途とも言い難い性格であった。
「ミアさんは?」
「ミアちゃんも捨てがたい!」
迷う暇もなく即答する陽奏。
これが彼女の悪い癖だと言えた。
「何が一筋だよ」
彼女の振る舞いに悪態を吐く蒼太だったが、そこに顔見知りの知り合いが声をかけて来る。
「おぅ、蒼っち。何してるんだそんなところで」
「お疲れ様です、練さん」
「どうも」
仕事終わりで帰路につこうとしていた練に軽く頭を下げる。
それに倣って隣に居た陽奏も同じように軽く会釈をする。
「そちらは?」
夜中だと言うのに愛用のサングラスをしている不審な格好の練。
それを外せば少しは視野が良くなるだろうと蒼太は心の中で思いながら口にはせず陽奏を軽く紹介する。
「俺の友達の陽奏って言います。今お仕事終わりですか?」
「よろしく、ひなっち。片付けも終わったところで帰るところだけど…いっぱいひっかけるか?」
くいっと右手でグラスを煽る仕草を交えて、練が二人を誘いかける。
蒼太としても練とはゆっくり話をしたいと思っていたから喜ばしい事だったが今日に限って快諾とはいかなかった。
「いえ、今日は用事がありまして」
せっかくの誘いだったが丁重に蒼太は断っていた。
「ここで?」
「はい、お買い物に…」
真相を話さないようにと、蒼太はあえてぼかすような言い方をする。
「あぁ、沙羅っちたちとか。そこまで踏み込んだんだな」
「え?練さんも行ったことあるんですか?」
予想外の言葉に思わず蒼太は反応してしまった。
と同時にこの人はどこまでこのお店に関与しているのか気になってしまう。
「行ったことはないよ、話は沙羅っちから聞くからさ」
前も言っていたが蒼太と違い練は手品の種を見たがらない主義だった。
蒼太は練が結婚しても相手の悪いところには目を向けず、良い旦那を演じるのだろうと勝手な想像を頭の中で巡らせた。
そんなやり取りを続けている所に、いつものメイド衣装の月姫が姿を現した。
彼女が近づいてくるまで気が付かなかったのは会話に夢中になってしまっていたからだろう。
「そうちゃん…と、陽奏さん。来られてたんですね、中へどうぞ」
向こうから呼びつけるのではなく、わざわざここまで足を運んできた彼女。
お決まりの黒を基調としたメイド衣装に身を包んだ彼女は、蒼太と陽奏を店の方へと促すと、そこに残された練に軽く頭を下げて別れの挨拶を告げた。
「練さんすみません、では行ってきます」
「あんまり月っちの頭痛の種を増やさないようにな、お友達もな。じゃあ、またな」
少し遠ざかった二人に聞こえる様その背中に少し大きめの声で練は忠告を投げかけ、手を挙げた。
『分かりました』
二人はほぼ同時に振り返り、練と同じように上げた手を左右に振り、別れを告げた。
蒼太の隣を歩く陽奏が一つ疑問に思ったことを口にする。
「あの人も変身できるの?」
「ううん、あの人は俺たち…俺と同じ人間の男の人だよ」
一瞬言い澱んでから蒼太は前を見たまま答えた。
陽奏に性別の事をとやかく言われたことはないがデリケートな問題として蒼太もそれは認識していた。
「今更言い直さなくても…」
しかし陽奏は彼の心配をよそに全く気にしない風に言葉を返した。
二人はそのまま階段を下りてISKへと入って行くと、その少し後ろを月姫は早足に追いかけていった。
ISK内は片付けも終わり、キャストもスタッフも一部を除きホールから居なくなっていた。
一部というのも個室の周りにいる数名で、おそらくそれは今日の買い出しの為に集められたメンバーだと悟る。
そこに混じるように蒼太と陽奏は足早に向かった。
蒼太も初めてお目にかかるメンツが何人かいるのが分かった。
一人はふわふわと空中で寝そべるような体勢を取っていた。
見慣れたといえばそれまでだが、陽奏にとってはそれが手品なのかどうか分からずにいた。
合流したメンバーの最後に入り口の戸締りを終えた月姫が加わった。
「お待たせしました、役者は揃いましたね」
少し息を切らせ気味に彼女はそれぞれの顔を確認して言葉を発した。
「あらーそーちゃんも行くのねー、お隣は誰かしらー?」
月姫の言葉を待っていたかのようにネネが口を開いた。
陽奏にとってはネネも普通の感覚では驚いてしまう容姿をしていたが、意外に彼女は肝が据わっている様子でその表情に驚きの色は帯びていない。
半透明に近い淡い水色の肌に、白いエプロンをつけただけの半裸に近い姿。
おそらく蒼太の話を聞いていたことと、昨日ミアの本当の姿を見たことで少しは耐性がついてしまっていたのだろう。
問われた陽奏は自分に向けて親指をさし、少し口角を上げて答えた。
「俺、陽奏って言います。今日はよろしくお願いします。」
初対面の相手に少しは礼儀正しく陽奏が自己紹介をする。
「ちーっす!オレは沙羅、こっちが寧音で、隣が詩留宮、で有沙香、弥紅に恵琉奈」
チームの紹介をするように褐色の肌で灰色の髪をした小柄な女性、サラが全員の名前を羅列していった。
自分のことをオレと言うあたり、陽奏はサラに対して少し親近感を覚えていた。
「シルクさんにアスカさんは初めましてだね、蒼太って言います。シルクさんって…水着!?」
空中をふわふわと待っているシルク、彼女は長い髪を風になびかせながら今日はコンセプトデーでもないのに白いスクール水着を着用していた。
その上には短めの透明な羽織を身に着けていた。
その隣のアスカと呼ばれたキャストは背格好は非常に小さく、蒼太の腰ぐらいまでの高さしかなかったがミクと比較すると大人っぽく見えた。
アスカはディアンドルという異国情緒あふれる民族衣装を着用し、真ん丸の眼鏡とそばかすが印象をつける女性だった。
「いつもは水着じゃないですよ~、ヴェール纏ってますもの~」
不思議なことになぜかシルクの周りには風が流れているようで、その長い髪とヴェールがひらひらと横になびいている。
それに対して驚きはなく、すでに彼女が浮遊していること自体がインパクトが強すぎるのだ。
「向こうに行くときは水着を着用してもらっています…男性には刺激的過ぎますので」
補足事項を月姫が淡々と述べた。
予想通りそれに蒼太が食い付いてしまう。
「いつもは?」
「裸ですよ~」
あっけらかんというシルクの言葉に思わず蒼太の喉が上下に動いた。
「ミクちゃんとエルナちゃん以外は初めまして、陽奏です」
改めて陽奏もここに居る全員に向けての挨拶をする。




