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welcome to CLUB『ISK』へ  作者: れいと
第一部 刻まれた未来
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第9話-12/12

程なくしてエルナは再び脱線した話を引き戻すことにする。


「でだ、本題としてそうくんはプレングスタに行きたいで相違ないな?」


「そりゃ、もちろん!」


食い気味に身を乗り出し声を荒げて答えていた。


蒼太の熱意を感じながらあえてエルナは一呼吸おいてから静かに彼に告げた。


「言っておくが我々の住んでいた世界とこの世界は明らかに違う、興味を持つのは構わないが危険だということは認知しておいてほしい」


直近に蒼太も自身の命が脅かされたことを思い出した。


あの時もエルナが居なければ怪我だけで済んでいたかは分からない。


「危険って?」 


陽奏が改めて確認をする。


「怪我をすることもあるし、それだけで済まない事もある」


「怪我以上の…」


エルナの言葉を自分に言い聞かせるように蒼太は反芻する。


「端的にいえば、命を落とすこともあるということだ」


「そんなに危険なところなのか?」


非日常も度が過ぎると陽奏は言いたげに驚きをみせる。


「あぁ、もちろん街の中は安全だが、一歩外に出れば魔物に襲われることだってある」


エルナも言い過ぎたと思ったのかすぐさま言葉の語弊を正すために付け加えていた。


「じゃ街からでなければ良いじゃん」


楽観的な答えを出す陽奏。


「ひなたくんの言う通りだが、それでそうくんが納得できればな」


彼の言うことは的確ではあったが、エルナが言いたかったのは当たり前のことではなかった。


「…」


当事者たる蒼太は思わず口を噤んでしまった。


誰しも海に行って安全な浜辺だけで遊ぶとは限らない。


言われていてもなお、海に入り、好奇心に負け徐々に深みへと嵌っていってしまう。


海に限ったことではなく、危険と分かっていても禁忌を犯してしまうのは否定できなかった。


「人間とは欲深い生き物だからな、現状で満足すればよいものをさらにその上を渇望する習性が備わっているようで」


蒼太の心を見透かしたようにエルナは言った。


「…反論できないよ。確かにプレングスタに行ってみたいし、そこにいけば外の世界も見てみたくなるだろうし、エルナの言う通りその次だって望んでしまうかも知れない」


「私とて守れない約束を課す気はない。…がそうくんを想う彼女はそうもいかないだろう」


エルナは蒼太の想いを理解した上で、彼に情報開示を行っていた。


いずれは何らかの耳で蒼太に伝わるなら確かな情報を与えたいのがエルナの考えだった。


それらを知った蒼太がどのような行動にでるかもエルナは予想し、その通りに彼が動いて現在に至る。


ミクの干渉はイレギュラーであったが、遅かれ早かれ誰かが犠牲になり蒼太の持つ力の秘密を知ることに、なっただろう。


そしてエルナが敢えて名前ではなく抽象的に尋ねた人物を蒼太は推測する。


「かぐ…のことだね」


蒼太の口から幼馴染の月姫の名前が出たところで、蒼太と陽奏の背後から女性の声がする。


「分かってくれてるなら話が早いわ」


カーテン越しに隠れていたであろう月姫。


声だけではなく彼女は姿を現し、こちらに向かって歩みを進めた。


「か、かぐ!?」


「おっ、ムーンちゃんどうしたの?」


「いつからそこに?」


蒼太と陽奏から浴びせられる疑問符に、短い溜息を吐き出しゆっくりとそれに答えた。


「そうちゃんが恵琉奈えるなさんに状況説明してた頃から…出るタイミングがつかめなかったので。恵琉奈えるなさんは気づいていたでしょうけど」


月姫がエルナを見やると、彼女は静かに一度頷き、微笑を浮かべた。


「ムーンの存在は知った上で話を進めさせてもらっていた。ムーンが言わんとしていたことを伝えたが聞いての通りだ」


「分かってはいるけど…」


言い澱む月姫。


二人のやり取りと会話の内容から各々が秘める想いを感じ取り、陽奏はそれを口に出して言った。


「何、この展開?もしかしてムーンちゃんって蒼太のことが…」


「野暮なことを…聞くまでもないだろう」


直球を投げる陽奏にエルナが応える。


その二人には関与せずそのまま月姫はまっすぐ蒼太を見つめ、彼に問いかけていた。


「そうちゃんは、行きたいんでしょ?」


「う、うん」


彼女の痛い視線を受け止めることが出来ず、蒼太は視線を落しながら小さく呻いた。


連日のように失態を犯してしまっている彼は自身が崖っぷちに立っていることを理解してはいた。


それでも彼は自分の欲求を抑えきれず、否定の言葉は出さなかった。


「先のことはおいおい考えるとして…明日、買い出しに行く日だから連れて行ってあげる」


予想外の月姫の台詞に蒼太は驚いた。


何かにつけてすぐに制限する彼女にしては珍しい事。


それに至るにはエルナの言葉も助力していたのだろう。


月姫が駄目と言ったところで蒼太が何らかの手段を用いて実行してしまうことは1度や2度ではないからだ。


このお店の主導権こそ月姫が持っているが、幼少から知る彼の性格はそうそう変わるものではない。


「連れて行ってあげる…ってことはかぐも?」


月姫の言葉に引っかかった蒼太はそれを確認せずにはいられなかった。


「もちろん、危険を冒さないように監視します」


月姫の監視と言えば少なからず女性が関わっていることが多かったが、今回に限ってはおそらく本当の意味で彼の行動を見守るのだろう。


万が一のことが起きてしまってからでは遅いからだ。


「大所帯になるが、私も護衛として連れ添おうか?」


そこにエルナも名乗りを上げた。


「助かります。恵琉奈えるなさんが居れば心強いですし」


「やった!ありがとう、かぐ!エルナ!」


思ってもなかった展開に蒼太は思わず両手を上げて喜びを表現していた。


喜びを体中で感じ、ガッツポーズを浮かべる蒼太。


喜ぶ蒼太を横目に月姫はいたって冷静に約束の時間を告げる。


「でも出立はお店を閉めてからになるので、夜中になりますよ。日中はいつも通りお仕事がありますが大丈夫ですか?」


「もちろん!徹夜でもなんでも来いって!」


鼻息荒く蒼太は声高らかに叫んでいた。


「俺も大丈夫、明日のシフトは日中だから」


その隣から陽奏も賛同の意を唱える。


「え?」「ん?」


陽奏の言葉に顔を見合わせる月姫と蒼太。


「なんで陽奏が?」


至極当然のことを蒼太は彼女に問うた。


「いや、ここまで話を聞いたら行かないわけにはいかないだろ?」


「えっと…陽奏さんは部外者なので…ごえんりょ」


丁重に断りを告げる月姫の言葉を遮るように陽奏は彼女の肩に腕を廻し、やや強引に彼女を抱き寄せる。


「連れないなぁ、ムーンちゃん。エルナちゃんが蒼太の護衛なら、俺はムーンちゃんの護衛ってことで」


「護衛は私一人で充分だ、ひなたくんは剣技や武術の心得があるとでも?」


いつになくエルナが感情的になっているのが蒼太にも伝わってくる。


陽奏が軽い気持ちで出した護衛と言う単語に、本来命を賭して挑んでいる彼女としては看過できなかったようだ。


空気を読むのに長けている陽奏がそれを感じ取れないわけでもない。


いつもなら軽い冗談だったとでも言ってやり過ごす彼女にしては珍しくエルナの視線を受け止めた上で言葉を続けた。


「いや、ないよ?俺ってば飲むとおしゃべりだからあちこちでこのことしゃべっちゃうかも?」


「脅迫か?」


「違う違う、交換条件?俺もここ気に入ったし、ムーンちゃんは超好みのタイプだし、役に立ちたいなって」


場の空気が張り詰め、現場に緊張感が漂う。


月姫も陽奏の腕から逃げるように距離をとると、視線を落し頭を抱えてしまった。


一触即発の状態で重い空気を払拭するよう蒼太が口を開いた。


「陽奏は悪い奴じゃないよ、俺が保証する。ただ部外者なのも事実だから明日だけってことでお互い落としどころじゃないかな」


陽奏がここまで食い下がる理由は分からなかったが、妥協案としては双方が納得できるだろうと蒼太は提案を促す。


「そうそう、怖い顔してたらエルナちゃんもせっかくの美人が台無しだよ」


その原因を作った張本人がエルナに言った。


「すまない、私がしゃべりすぎてしまったようだ」


「いいえ、恵琉奈えるなさんは何も悪くありませんし、そうちゃんの言う通り明日限定でみんなで行きましょう」


エルナは申し訳なさそうに月姫に謝罪を述べるが、彼女には落ち度がなかったと蒼太の提案に乗ることにした。


「いいの?話が分かる!」


「調子良いなぁ」


少しわだかまりが残るものの澱んだ空気が澄んでいくのを蒼太は肌で感じていた。


陽奏の参加は予想外だったが、明日異世界に行けることで彼は心が躍るのを感じていた。


浮かれそうになる気分を抑え、蒼太は月姫にありがとうと一言零し、握手を求めた。


「でもそうちゃんと陽奏さんはファナーとしては一か月間は入店お断りです」


素直に握手に応じる月姫だが、無理して作った笑顔を浮かべそれを崩さずに蒼太に出入り禁止の通達を告げる。


「え?なんで!?」


急展開について行けず蒼太は素っ頓狂な声を上げ月姫に問いかけた。


「言いましたよね?ほぼ最初から聞いていたと…。そうちゃんと弥紅みくさんの話も、陽奏さんと心耶みあさんの話も聞いてましたから」


ありったけの禁忌を犯した二人には至極当然の罰。


むしろまだ軽い方ですと言いたげに、彼女は作った笑顔を崩していく。


「…そんなぁ、大目には?」


「みません!」


すがる蒼太に、それを一蹴する月姫。


「ムーンちゃんって結構きついところあるんだね」


月姫の事を良く知らない陽奏が尋ねる。


それに返事を返したのは本人ではなく、蒼太が代弁した。


「こいつはきついところしかないよ」


「そうちゃん!」


「ほら、な?」


夫婦漫才のように息の合ったコンビネーションに陽奏は諸手を上げて、舌を出しながら言った。


「尻に敷かれてるじゃん」


その様子に陽奏にも蒼太と同じ雰囲気を感じたのか、人見知りしがちな月姫がひきつった笑顔を浮かべながら陽奏に冷たく一言言い放つ。


「陽奏さんの出禁の期間を延ばしましょうか?」


「調子に乗りました…ごめんなさい」


ここに来てようやく陽奏は月姫がただの受付嬢でないことが分かったようだ。


実際彼女は現時点でISKの最高責任者と言う役職に居るのは違いなかった。


それを鼻にかけることはないが、スタッフをはじめキャスト達も彼女には頭が上がらない。


「では陽奏さんは明日の午前零時にお店に来てください、そうちゃんも一緒にね」


明日の予定を告げ、月姫は二人に確認をする。


「了解!」


「俺も?俺はホールで仕事しておくよ?」


蒼太の家はそれほど遠くはないが、一度家に帰ってまた出向くには気分的に疲れるものがある。


それならば店で働いている方が心身的に健康状態を保てるというものだ。


「日中のお仕事もありますし、ホールでうろつかれてもキャストの皆さんが意識しますから…分かりましたか?」


スタッフとして無理ならファナーとして店に居たいところだが、つい先ほど出入り禁止の処罰が下された彼には無理な話だ。


「そっか、分かったよ」


しぶしぶ蒼太は了承の言葉を発していた。


「私もその頃には準備をして待機しておくことにしよう」


同じくエルナも月姫の提案に快諾し、頷きながら言った。


彼女はホールの出番ではないが、その方が身支度を整えるには好都合だったようだ。


「お願いします、恵琉奈えるなさん」


月姫はエルナに軽く頭を下げ、本来自身の持ち場であるエントランスへ向かうため踵を返すのだった。



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