第9話-11/12
いつの間にかボックス席に居座ってしまったサキを相手にしながら蒼太はグラスに入っているお酒を煽った。
お酒の味は分からなかったが、大惨事に至らずに済み彼は一人ほっと胸をなでおろしていた。
最悪の事態を思い浮かべればどうなっていたかは分からないが、ミクが意識を取り戻さない限り安心するのはまだ早いと言える。
「このチョウシだとミクちゃんはキュウケイイれなきゃだね~そうちゃんにムチャさせられて~」
「お、俺は…」
皮肉めくサキに咄嗟に反論しようとするが言葉にならずに蒼太は口ごもってしまう。
サキの指が蒼太の首筋を撫ぜながら言い澱んだ言葉の続きを求めて彼女は目を細めて見つめた。
微かに見えるサキの蝙蝠の虹彩がパタパタとはためいている。
「オレは…なにかな~?ヘタなイいワケしてるとコワ~いおネエさんがオコってくるかも~?」
何かを感じていたのはサキの鋭い勘が働いたのだろう。
サキの瞳は口にした怖いお姉さんを見据えていたようだ。
「詳しくは裏で聞かせてもらえるかな、そうくん」
何らかの騒ぎを起こして無事でいられるほど監視の目は緩くはなかったようだ。
声の主は他でもない、ここの監視役で知られるエルナだ。
「そうだよね、エルナ。全部説明するよ…」
観念したかのように首を垂れる蒼太。
月姫の耳に入らなかっただけでもましかと思いながら彼はボックス席を立ちあがると自らエルナの元へと向かって行った。
取り残された陽奏も状況を察して、小さく見える蒼太の背中を見やりエルナに尋ねかける。
「えっと、俺も行った方が良い感じだよね?」
「そうだな、そうくん一人の言い訳より第三者からの意見が証拠になりやすいしな。ひなたくんだったか、君にも少しお店のルールは把握してもらわなければならないし、同席を求むが…」
エルナは強要こそしなかったが、彼にも少し言いたいことがあると言葉に含み、同席を求めることにした。
出来ればここに残りミアと少しでも長く一緒に居たかった陽奏だが、彼女が言っていた時間もすでに超過しており、なにより蒼太が居なくなれば何をどうすれば良いか分からないことに抗うことなく付き添うことを決めた。
「了解、蒼太のためだ。一肌脱ぐよ」
そういうと陽奏も席を立ち、エルナを先頭に普段はスタッフルームとして使われる奥の部屋へと向かった。
事の発端まで話はさかのぼり、語弊の無いよう気をつけながら蒼太は事の成り行きをエルナに伝えた。
大本を辿ればエルナが関与していたことも明らかになってくる。
彼女が蒼太に異世界に通ずる道があることを気に掛けさせたのが事の発端。
プレングスタと言う地名を口にしてしまったユキ。
その後にミクがボックス席に来てしまったのはエルナも計算外だったようだ。
「事の顛末は分かったが、みくくんにも非はあれど、そうくんには自身の身体についてもう少し自覚をもって我々に接して欲しいと願う」
キャストが口々にしていた蒼太の秘めたる力。
エルナももちろん興味はあったが実際にその力を知って予想をはるかに上回っていたのは否めない。
彼に忠告しておきながら本当に気をつけないといけないのは自分たちだと心の中に留めていた。
「それは本当にごめん、今度からはもっと注意をするよ」
「蒼太ってそんなに危険人物?」
反省する蒼太の横で陽奏は今までの付き合いでその片鱗すら見えなかった彼の見方が変わってしまった。
陽奏の問いかけに蒼太は首を傾げ、分からないと身振りで諸手を上げて見せた。
「彼…いや、彼女はそうくんにとって深い友人にあたるのか?」
エルナが陽奏を指差し蒼太に問いかけた。
陽奏は目を丸くして驚き、エルナを見つめた。
声も高く中性的な印象を与える陽奏だが、自身のことを俺と言ったり、服装も男性を彷彿とさせていたが彼女は立派な女性だった。
もちろん蒼太はそれを存知している。
知った上で特段女性として扱うのではなく、価値観のあった友達と言う位置付けで陽奏とは接していた。
陽奏の恋愛対象は同性であり、ミアとは秘密を共有し合ったうえで個室で二人は愛を育んでいた。
「よく俺が女って分かったね、ミアちゃんから聞いた?」
ミアとエルナが話していた場面はなかったが、蒼太も必要でない限り陽奏が女性であることは誰にも伝えたりしないことも知っている。
陽奏にとって情報の出どころはどこでも良かったし、初対面の相手に女性と言い当てられたことが気になった程度だ。
だが知っている相手と言えばここでは蒼太とミアしかいないはずだ。
「いや、私には温度感知能力があり、服の上からでも温度による体型の把握ができる。それで男性ではないと判断したまでだ」
陽奏にとっては不思議なことを言われたが、蒼太はまた違った感覚でエルナの言葉を信じることにした。
「すごいな、本当にこの世の生き物ではないって感じするよ、ミアちゃんもだけど」
先程下半身が大蛇に変身したミアの肌感は間違いなく蛇のそれだったことを手触りで感じていた陽奏。
驚かせるわけでなければ目の前で変身する意味はないし、トラブルを避けるために致し方なく本来の姿を曝したミアに、より一層愛情が深まったのも確かだ。
「このお店はそういうところだから」
すかさずフォローする蒼太。
陽奏がファンタジーに興味があるかないかも知らないし、今まで話題に出したこともなかった。
彼女にはショーパブと伝え、日々可愛い女性に囲まれた素敵な職場とは伝えていたが異住人の存在はあえて内緒にしていたのは事実だ。
今日もこんなトラブルが無ければコスプレしたキャスト達が居る程度の認識で事なきを得ていたかもしれなかった。
むしろ蒼太はそう願っていたのだが…
「良いじゃん、俺もここで働きたいものだよ、スタッフの募集してないの?」
興味津々で陽奏は目を輝かせながらエルナに問いかける。
残念ながらエルナは彼女の話題をそれ以上広げようとせず本題に戻すよう言葉を紡いだ。
「話は逸れたが、ひなたくんの行動も場合によっては出入り禁止になる恐れはある、今後は慎んでもらいたいところだが」
初めてだからと言ってルールが分からなかった部分もあったが、ミアを押し倒しなし崩し的に彼女の身体をまさぐったところだと陽奏は自覚していた。
以降はそれなりに気を付けていたつもりだが、個室では二人きりを良いことに時間超過に至るまで快楽の限りを尽くしたことは口外しなかった。
もしかするとそれすらもなんらかしらのチェックが入って今責められているのかと陽奏は思っていた。
「分かった。やりすぎないように気を付けるよ」
反省の色を浮かべつつエルナに申し訳ないと首を縦に振った。
「で、今日の出来事から察するに、そうくんは常人の何倍も精力に長けていると思われる」
仕切り直してエルナが先ほどの内容について言及を始めた。
話の腰を折るようにまたしても陽奏は口を挟んでしまう。
「お前ってそんな特技をもってたのか?」
初めて耳にする友人の特異体質に興味を持ってしまう陽奏。
「し、知らないよ。このお店の人が口を揃えて性欲を刺激されるって言ってるだけで…」
「蒼太のってそんなにデカイの?それともエッチが上手いとか?」
古い付き合いで、恋愛話はすることがあってもそこまで深く内容を確認し合ったりはしていなかった。
蒼太も自慢することもなければ、性的な話を陽奏とすることは皆無だ。
興味津々で詰め寄る陽奏にエルナが口を挟む。
「残念、そうくんのモノはそれほどでもないし、DTだからむしろ下手ともいえるレベルまでも達していないだろう」
「なんで大きさとか知ってるんだよ!」
卑下された蒼太はすぐさまエルナに食って掛かった。
「さっきも言っただろう、インフラビジョンで大きさはある程度知っている」
「そ、それは通常時のことだろ?」
エルナの反撃は蒼太を委縮させるには充分だった。
それでも蒼太も負けじと応戦するが…
「もちろん勃起時も把握済みだが…むろん大きければ良いというものでもないし、そこに権威を主張するのも可笑しな話だ」
「言えてる、大きさを自慢する奴とかいるからね、棒なんてなくても快楽は得られるもんだし」
エルナに言い負かさ口を噤む蒼太に代わって陽奏が彼女の意見に同調の意志を示す。
誰とでも波長を合わすことが出来る陽奏は蒼太と比較してコミュニケーション能力が高いと思われた。
八方美人な性格で敵を作ることもあるが、陽奏がそれを敵と認識しない太い神経の持ち主であることも幸いしてか交友関係は広く持っていた。
「棒って…」
女性陣に男性の象徴のたとえ方にぼそりと零す蒼太。
少しの間、猥談に華が開いてしまう二人の間に入れず、蒼太は傍観者となってしまっていた。




