第9話-9/12
陽奏は再び彼女の肩を抱き寄せ、甘い口づけを落した。
「ふぅ…」
隣では甘ったるい関係を築かれているものの、一人取り残された蒼太は右手に残るユキの温かく柔らかい胸の感触を思い出しながら掌を眺めていた。
けれどファナーを一人でそのまま放っておくほど気配りが行き届かないキャスト達ではない。
ユキが離籍した後、十数秒程度で蒼太の元に別のキャストが足を運んできた。
先ほどとは打って変わって小柄な女性。
少女と呼ぶのがふさわしいぐらいの背格好。
蒼太にとって初見の相手ではなく、アレテイア内で1度、ISKでも何度かお目にかかったことのあるキャスト。
「おっ、ソタ、ボックスで一人か?キャストは?」
蒼太に興味を持っている様子で彼女はボックス席に足を踏み入れた。
黄色のツインテールが特徴なミクだ。
熱を上げている陽奏とミアを横目に、彼女は蒼太の前に仁王立ちになり、にんまりとした笑みを浮かべた。
彼女の瞳に浮かぶドルマークの虹彩が怪しく光ったように見える。
「さっきまでユキさんが居たけどコールが入ったらしくて、今は一人だよ」
「ソタが良きならあたいが相手してやるぞぇ?」
「ん?あぁ、この前みたいなことはしないと誓ってくれるなら」
短いやり取りを交わし、蒼太はミクに前の座席に座る様に手で促した。
何と言っても彼女には苦い思い出があるが、いつまでも古傷をかきむしることも無いだろう。
「ふむ、善処するぞぇ」
ミクはコクリと頷き快諾の意思表示をすると、蒼太が勧めた席には座らずそのまま蒼太の前へと立ちはだかった。
「善処って…」
「失礼して…」
短く告げると、ミクはソファに座る蒼太の太ももの上にちょこんと対面で乗りかかった。
「あの、ミク?普通は横に座るんじゃないの?」
戸惑う蒼太にミクは顔色を変えることなく、さも当たり前だと言わんかばかりにさらに体を密着させる。
「ここはボックス席ぞぇ?遠慮するは必要ない、しっかりとサービスするぞぇ」
蒼太の身体を跨ぎ、背中に手を回すと、軽くハグをした状態で頬にキスをする。
「むしろ俺としては遠慮してほしいところだけど?」
やはり先日の一件が脳裏にちらつく蒼太は彼女に気は許すことが出来なかった。
それには構わず、ミクは抱き合ったままの状態で頬に落としたキスを頬骨、あご、首へと文字通り雨のようにキスを降らせていく。
蒼太が先ほどまでユキに抱いていたような感情はミクに対して湧いてくることはなかった。
チャームの効果は不特定多数の異性に対して効果を及ぼすものではなく、スキルを使った相手のみ魅力的な感情を抱いていてしまうものか、スキルの効果時間が切れたかのどちらかだろうと蒼太は模索していた。
とは言え、ミクのキスの雨は蒼太に性的な欲求を奮い立たせるには充分な効果があった。
「堅いことは言うなぞぇ?まぁここは硬くなってるみたいぞぇ?」
虹彩のドルマークが見えないぐらいに目を細めて、ミクは嘲笑交じりに蒼太に言った。
言葉通りの意味で蒼太の男性シンボルは股間でいきり立ち、ミクの臀部を突き上げていた。
それを分かってかミクはお尻の位置を調整し、彼の怒張の先端が自ら股間に押しあたるように腰を動かした。
「そ、そ、それは生理現象だからっ!」
「イーヒャヒャヒャ、あたいで欲情するとはソタもロリコぞぇ?」
舌ったらずな話し方でミクは言葉の端々が乱れた単語になるが、文脈からそれを察することは容易だ。
断じて蒼太はロリータコンプレックスと言われる幼児趣味は持ち合わせていない。
「違くて!俺はそんな性癖はないから」
強いて言えばNGに近い逆の性癖に否定の意を唱えるが体現しているそれが言葉の力を失わせる。
「ほぉほぉ、ではお尻の下で硬くなったこのきかん坊の言い訳はどう説明するぞぇ?」
「だから生理現象だって!それよりミクはプレングスタって知ってる?」
そちら方面の話をすればするほど力を滾らせてしまう己自身を静まらせるために蒼太は話題をすり替えることにした。
「ちょっ、おまっ…どこでそのことを?」
泡を喰ったように露骨に慌てるミクの態度に蒼太は確信を得て、さらに深く問いかけることにした。
「ははぁ~ん、その口ぶりは知ってるみたいだね、それについて詳しく教えてよ」
先ほどまでの攻勢は一転、その場を離れようとしたミクの身体を蒼太が掴む。
腰に腕を廻し、抱きしめ彼女の自由を奪っていた。
「んなぁ!知らんぞぇ!あたいたちがプレングスタに買い出しに行ってることは内緒ぞぇ」
「…」
蒼太は絵にかいたような漫画的展開に言葉を失ってしまっていた。
しかも目の前の少女もどきは自身が当事者であることを吐露してしまっている。
慌てて両手で自分の口を塞ぎ、隙間から蒼太を蔑むミク。
「しまっ!卑怯ぞぇ!これ以上は何もしゃべんないぞぇ」
「一人でゲロってるじゃん…その買い出しに連れて行ってくれない?」
いとも簡単に聞き出したい情報を得た蒼太はミクに今度は同行許可をお願いすることにする。
これほど早くプレングスタについて知ることが出来ると思っていない彼にとっては好都合だ。
「そ、そそそそれは無理ぞぇ、絶対無理ぞぇ!」
何に怯え恐れているかは分からないがミクは蒼太の申し出を即座に断っていた。
必死に蒼太の束縛から逃れようとするが見かけ通り彼女の力は弱かった。
捕獲が得意なはずの彼女がまんまと蒼太の拘束になすすべがなくなっていた。
「じゃあミクの頼みをなんでも一つ聞くからって条件じゃだめ?」
先日も異住人と取引したことがある蒼太が持ち出した提案。
彼女たちは少なからず蒼太に、いや蒼太の身体に興味が惹かれているのを存知している彼の切り札。
その有用性はセシルとの取引で立証されたことは彼の記憶に新しい。
「なんでも?」
消極的だったミクが反射的に蒼太の提案に食い付いてくる。
「なんでも!」
食い気味に蒼太は彼女の問いにオウム返しをする。
ミクは少しもじもじしながら蒼太を上目遣いで見上げ、ぼそりと呟き落とした。
「ソタの精を…搾精しても良いなら考えてやってもよいぞぇ?」
耳なじみのない言葉だったが蒼太はその意味をすぐさま理解することができた。
「え?そんなことでいいの?」
セシルの言った3日間の束縛期間に比べれば何とも他愛のない条件だと思った。
「おぉ?良いのかぇ?」
拍子抜けする蒼太の反応に、ミクも乗り気で声を弾ませながら確認する。
ではさっそくと言ったミクに蒼太は慌てて否定の言葉を投げた。
「ここじゃダメでしょ」
ボックス席のルールであるキスと服の上からのタッチならまだしも、下半身の露出などすれば一目散にスタッフが飛んできて厳しいお咎めを受けることだろう。
ここのスタッフである蒼太はそれを知らないわけではない。
だがミクは自信たっぷりに満面の笑みを浮かべると目を細め、自ら蒼太に抱き着き、ハグをする。
「否、あたいならできるぞぇ、この状態なら何ら問題はないぞぇ」
「いや、個室に行かなきゃだめでしょ?それに俺は個室は禁止さ…」
一旦間を置こうとする蒼太の言葉が止まった。




