第9話-8/12
グミも長居はするつもりがなかったが食って掛かるユキに思わず反論の言葉を並べた。
「ひどいなぁ、それにそーくんはむーちゃんの意中の人だから手を出したら取り返しがつかないことになっちゃうよ?」
数日前、アフタールームで月姫が想いを目の前で吐露していたところに居合わせたグミにとっては他人事ではなかった。
出来れば月姫と蒼太が結ばれることをひそかに願っているうちの一人でもある。
「私は欲しいと思ったものは何としてでも手に入れるの」
言うだけあってユキは気になるファナーに対しては執拗なアプローチを仕掛けることが多かった。
やりすぎる面もあるが、ビジュアルやサービスに関しては群を抜いているのは否めない。
きつい性格が垣間見えることもあるが、彼女の個性をとやかく言うファナーは極僅かだった。
それはファナーに対してであり、キャストの中では彼女の存在を良しと思わない者は多くいた。
先ほどまで同席していたサキもその内の一人だ。
「だからみんなに嫌われるんだよ?」
「あなたには関係ないでしょ」
蒼太の首に再び腕を絡ませ、口づけをせがむユキ。
彼女にとって限られた時間で蒼太と親密になるにはやや強引すぎる展開にもっていかなければいかなかった。
隣でノイズを発してくるグミに構っている時間的余裕はなく、それがユキをより一層いらだたせることになる。
「ボク?ボクだってそーくんは気になってるから関係ないことないよ?」
「うるさい、アンデット風情のくせに!」
「…お店だし、喧嘩は良くないよ、ボクは引き下がるけどあまりオイタが過ぎるとよくないと思うんだ。...うん」
少し語尾を荒めにまくしたてるユキに思わずグミは気後れしてしまう。
弱弱しく言葉を吐き出すとグミは一歩後ずさって力無く口を尖らせた。
邪魔者にムードを壊されたユキは上体を起こし、一度蒼太とハグをしてぎゅっと体を抱きしめる。
彼女のスキルによって魅了状態になってしまっている蒼太は鼻の下を伸ばしながらさも幸せそうに顔を緩ませていた。
そのタイミングでユキは再びグミを睨みつけながら冷ややかに言葉を投げ捨てた。
「分かってるなら向こうに言っててよ、私はリザーブで来てるのに」
明らかに予約が入っていたユキが優勢になるのはこのお店のルールにもあり、リザーブが入っているキャストが望んでいないサポートはしてはいけない決まりになっている。
元々グミは言い争いが苦手で、口下手なこともありこれ以上余計なおせっかいはしない方が良いと判断し、退くことにした。
心の中では月姫に申し訳ないと思いながら…
「ボクはお酒持ってきただけだから...そーくん、またね」
手を広げバイバイと左右に力無く振って別れを告げるが、蒼太はユキのハグに没頭しそれには気が付いていなかった。
「ようやく二人っきりになれましたね...」
甘いささやきを耳元に落としながら、彼女の舌が蒼太の耳たぶを甘噛みする。
度重なる邪魔者に貴重な時間を浪費したと内心焦りながらユキは彼の背中に回した手を首に絡め、自らソファの上に仰向けに倒れ込んでいった。
必然的に蒼太も彼女に覆いかぶさるようにソファに倒れ込む。
目の前に映るのはユキの端麗な笑み。
「えっと、ユキさんも...」
うわ言のように答える蒼太にユキは甘えた声で一言漏らした。
「ね♡」
彼女は目を閉じ、口を少し開けて唇を尖らせた。
「ん...」
軽く唇を重ねると、彼の頭をユキの手が鷲掴みにして自身に引き寄せた。
軽いキスのつもりが密着度が増し、おのずと激しくなる。
舌を絡め、唇で唇をなぞり、欲望が高まるにつれて蒼太の手は自然と彼女の胸に伸びた。
薄い布一枚越しに感じるリアルな軟らかさ。
お世辞にも豊かとはいえないが、少しの膨らみをひしゃげるように揉む蒼太の指。
口づけを続けながら激しく二人は求め合っていた。
快楽が性的欲求を高め、興奮するにつれて息が荒く、昂る思いがさらなる快楽を求めて激しくループしていく。
蒼太の手がいつの間にか布越しではなく彼女の胸に直に触れていた。
布越しでは感じられなかった温かさが手のひらに伝わってくる。
「えっと、良いの?」
魅了された状態でもわずかに残る理性が行き過ぎた行為に歯止めをかけようとした。
再三注意された場面に出くわし、彼もここでルールを破ることがどれほど自分にマイナスであるかは痛いほど分かっている。
「監視係のえるなさんはあちらのテーブルでチケット使われてイチャラブしているみたいなので…」
そこまで計算した上でのユキの企み。
禁忌を犯していることを分かりながらも行為に至るのはある種の快感を産み出してしまう。
スリル以上に禁じられた行為を秘密裏に行う背徳感は尋常ではなかった。
もし蒼太がユキのスキルを受けていなければ思いとどまることもできただろうが、今の彼にはそれを中断する精神力は残ってはいなかった。
「...」
「今がチャンスだと...思いません?」
悪魔のささやきが彼の背中を押す。
連日に及ぶ寸止めの行為は乾いた土に水を灌ぐように蒼太は潤いを求め彼女の胸を揉みしだき、あろうことかそこにしゃぶりつくために顔を近づけた。
目の前にさらされた彼女の小さな膨らみ、白い肌に咲く一輪のピンクの突起に蒼太の唇は吸い込まれるように誘われていった。
「蒼太、それ以上はルール違反じゃなかったっけ?」
その肉芽を口に含む直前、彼の耳にそれを阻止する声が聞こえた。
顔を見ずともその相手が誰かすぐに見当がついた。
「うわぁ!ひ、陽奏」
思わず蒼太はユキの身体から飛びのき、ユキも慌てて開けた衣服から露出していた胸を隠した。
「うわぁ!ひ、陽奏じゃなくて...ここのスタッフなら見つかるとやばいんじゃない?それとも邪魔?だったかな?」
先程ミアと一緒に個室に向かっていたはずの、陽奏が戻ってきたのだった。
その後ろには相手をしていたであろうミアも続いている。
「みあもひなちゃんが正しいかと思いますわ」
陽奏は先ほどまで自分たちが座っていた席に腰を下ろし、その隣にミアが腰を下ろした。
どことなく二人から感じる雰囲気に性的興奮を覚えてしまう蒼太。
先ほどより距離感が近く親密になった感じを二人からはひしひしと感じ取ることが出来た。
個室に居た10分間で何が行われたかは想像に容易いが…
二人が戻ってきてしまった以上、先ほどまでの過剰な行為には至ることができないことを蒼太は悟った。
陽奏とミアが戻ってきたことで一気にソファが窮屈に感じてしまう。
チャンスを逃したユキは仕方なしとソファから立ち上がり、元の一人用の椅子へと向かった。
テーブルを挟んで向き合う蒼太とユキ。
密着して口づけを交わす陽奏とミアに比べてその関係性は明らかに違っていた。
しかし丁度その時タイミングを見計らったかのようにユキのブッチから聞き慣れた電子音が鳴り響く。
ピピッピー、ピピッピー!
他のテーブルからのコール通知だ。
基本ボックスにリザーブで入った場合は予約時間から30分はコールを受け付けないが、それ以降はファナーの希望があればキャストに呼び出しがかかるようになっている。
ユキはブッチの電子音を止め、呼び出し相手の情報を確認する。
彼女はこれ以上ここに居ても蒼太との距離を詰めれないと踏んだのか、短い溜息と共にすぐそばでいちゃつく二人に対して棘を刺して腰を上げた。
「...確かに邪魔といいたいところですけど、次の機会にってことになりますわね。ね?そうさん」
席を立ちあがったユキに蒼太は一声かける。
「呼び出し?」
「ええ、私も少しは人気があるので...続きを所望でしたらコール入れて下さいね。では失礼しますね」
深々と一礼をした後、ユキは蒼太にウインクを送り、ボックス席を後にする。
その背中に陽奏は別れの挨拶を掛けながら隣のミアにも時間の確認をする。
「あらら、ユキちゃん、またね。ミアちゃんは大丈夫?」
「実はみあもコールがはいっているんですけど、もう少しだけひなちゃんの隣にいてもよろしいかしら?」
べったりと寄り添うミア、演技なのかは分からないが彼女は陽奏にほれ込んでいるように手の指を絡ませ、本当に別れを惜しんでいるように時間いっぱいまでの滞在を求めた。
「俺はずっと居てほしいけど」
「では後5分だけ一緒に居させてくださいな」
しっとりと肩を寄せるミア。




