第9話-6/12
間違ったことは正すが、相手の無知を責めるようなことはしなかった。
「個室なら今みたいなことをしても良いの?」
「あぁ知らなかったのか?そうくんも友人ならしっかりとルールについて説明しておくべきだ。もちろん個室ならその程度のことは十分してもらってかまわない
ただ個室に行くにもルールがあってプレートとチケットが必要枚数なければ入れないルールになっている。あとはキャストがNGでなければだがな...」
純真に陽奏は個室に関して問うと、エルナも耳を貸し説明を始めた。
軽く呑んで、騒いでと思っていた蒼太はそこまで詳しく陽奏には店のシステムを教えてはいなかった。
従来チケットを使って受けるサービスもボックス席なら不必要だったし、滞在時間もここのタイムリミットと同時に店を出るつもりでいたからだ。
「プレートとチケットがあれば、ミアちゃんとエルナちゃんも一緒に個室に誘えるの?」
個室に関して熱心に問いかける陽奏に、エルナはさらに詳しく説明に入る。
「さすがに個室にはファナーとキャストの二人きりと制限はある、例外を除いてな」
「例外はあるんだね」
「そうなの?知らなかったよ、例えば?」
思わず自身の知らなかった内容に蒼太もエルナの話に耳を貸した。
「私も詳しくは知らないがあるらしいと言うだけだ」
まことしやかにささやかれている例外の話題。
ここでは古参に入るエルナをもってしてもその真偽は定まらなかった。
「じゃあその例外とやらで俺とミアちゃんとエルナちゃんで個室に行こうよ」
陽奏はミアの肩を抱き、仁王立ちしているエルナにウインクを送る。
一人で話を進めようとした陽奏にブレーキを掛けたのは当事者たちではなく隣にいた蒼太だった。
「その前にプレートを持ってないだろ?」
持ってないどころかどうすれば手に入れれるかすら知らない陽奏。
買えばなんとでもなると思っていたようだが、生憎このお店ではプレートは非売品となっている。
「そこは蒼太がカバーしてくれるってことで」
「あるにはあるけどさ...そんな無茶な...」
あながち陽奏の思慮はそこまで浅はかではなく、頼りになる存在が身近にいたことで問題は解決してしまった。
「今回だけだから、頼む!」
ミアの肩を抱いたまま、片手でお願いのポーズを浮かべる陽奏。
「どちらにせよ、みあくんと二人で個室に行けば良い、私とひなたくんは初対面だし、さすがに私にも断る権利はある」
淡々と告げるエルナに陽奏は顔を顰めたものの、エルナの説明にあったキャストの同意も必要であることを思い出した。
遅まきながら陽奏はミアにもその意思を確認することにした。
「つれないなぁ...ミアちゃんは個室に来てくれる?」
「よろこんで♪」
二言返事で嬉々として応えるミア。
決定事項のように蒼太の意図しないところで個室の話しは着々と進んでしまっている。
「陽奏、勝手に話すすめないでくれる?」
呆れる蒼太にさらなる追い打ちがかかった。
「そうさん...私もここで二人きりが良いな♡」
ぴったりと肌を寄せ、色目を使うユキからの一言。
思いもよらぬ援軍に陽奏はもう一押しと声を弾ませながら蒼太の説得に当たる。
「ほら、win-winじゃん!」
「プレートは貸してあげるけど、チケットは入店時のやつを使ってくれよ。ほら、これ…」
入店時に二人分のチケットの束を受け取っていた蒼太が財布から陽奏の分を取り出し、その綴りを手渡した。
「わかった、わかった。えっと...これでいいかな?」
5枚が束になったチケットを受け取ると、陽奏はそのままミアに渡すことにした。
「今個室は空いてるみたいね、楽しみだわ♪優しくしてね、ひなちゃん」
ミアは個室のある方を見やり、ランプの色を確認する。
個室はここから対角の位置に4部屋並んでおり、現在の状況を伝えるようにランプが灯っている。
無点灯が未使用、緑が使用中、黄色が使用時間超過を意味していた。
現在は緑のランプが灯っている部屋が2つあるが、それ以外は無点灯なのが分かる。
ミアは陽奏から受け取ったチケットの束から3枚受け取って、残りを返した。
そのまま彼女は席を立つと、陽奏の手を引きその腕に体を密着させ個室へ向かう様に誘った。
「ってことで蒼太、また後でな」
これから個室の行為へ期待に胸を膨らませながら軽い足取りで向かって行く。
その後ろ姿を見送りながら小言を零す蒼太。
「おいおい、勝手な...ったく」
ある意味彼にとってはうらやましい光景。
先日のことがあって蒼太は個室への入室が禁止されてしまっている。
「そうくん、知人を招待するのは良い心がけだが、事前にルールは把握するようにしておいてくれ」
エルナも二人の後姿を見送ると、空席となっている一人用の椅子に腰を掛けた。
その様子に冷ややかな視線を送るのは他でもないユキだった。
「あのエルナさん?そうさんとせっかく二人っきりになれるとこなんですけど?」
不満の色をあらわにした声で彼女はエルナに訴えた。
「私もサポートさせてもらうかと思ったが、そうくんが嫌なら他をあたるが?」
と言って決定権を蒼太に投げるエルナ。
エルナには普段から多方面で世話になっている蒼太はそれを邪険にもできない反面、ユキだけの時間を作りたい葛藤に呑まれていた。
「それに先ほどからグラスが空になっている、ゆきくんは気配りが足りないからな」
度々喉を潤すために口に運んでいたグラスの中身はエルナが指摘した通りほとんど残っていない。
曜日ごとにサービスで提供される酒類は決まっているが、蒼太が呑んでいたものに限ってはおかわりを頼むと支払いが発生してしまう。
そこに気を使ってユキはおかわりを頼んでいなかった理由もあるが、勧めなかった彼女の非も一理ある。
エルナはテーブルに置いてあるメニュー表を手に取り、蒼太にも見えるように一つの品物を指差し問いかける。
「何か飲み物を頼もうか?例えばこの前の【スピンドル】なんかいかがかな?」
普段耳にしない品物だが、蒼太には苦い思い出のあるお酒。
「あ、あれは遠慮しとくよ。確かエルナの世界のお酒だったよね?」
あの惨劇がきっかけでここで努めることになったのだが、そのいきさつ知った上でエルナはあえて蒼太にそれを進めたのだった。
彼女の本当の思惑はそれではないことを蒼太は気が付いていない。
「そう、他にも普段では飲めない物もあるが、私がおすすめで選んでおこうか?」
含みを帯びた笑みでエルナは切れ長の目を細めながら蒼太に問いかける。
「エルナに任せるとろくでもないものが来そうだから、ユキさんのおすすめでお願いしようかな」
彼女の真意に気づかず、蒼太はメニュー表を手に取ると隣でぴったりと寄り添うユキに手渡し笑顔を零す。
「私ならカクテルとかおすすめしますわ、そうさんは甘いのはお嫌いですか?」
自分の好みを前面に出し、ユキは蒼太にあざとい視線を送る。
自身のおすすめと言われれば好みを推すのは至極当然のこと…
「俺はユキさんがおいしいと思うなら何でも良いよ」
デレデレと愛情たっぷりに蒼太は鼻の下を伸ばしながらユキに応えると、彼女は自分が好きなカクテルのNo.2に匹敵するものをスマホを使ってオーダーを通していた。
二人が良いムードを作る中、やっかむようにエルナが一言零す。
「違う意味で私はそうくんには私たちの世界のものを嗜んで欲しいと思っていたのだけどな」
その二人の様子を見てか、エルナは少し苛立ちながら蒼太に言葉を投げた。




