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welcome to CLUB『ISK』へ  作者: れいと
第一部 刻まれた未来
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第8話-10/10

エントランスにはいつものようにカウンターに月姫が鎮座していた。


ファナーが来店時にはいつも彼女が迎え入れ、システムの説明や入退場を管理している。



「お疲れ様、今日はもう少し仕事かい?」



暇を持て余していた月姫を捕まえ、蒼太は声をかけた。


疲れている様子も見せずに彼女は蒼太に向き直って感謝の言葉を返した。



「うん、ラストまでだからまだまだよ。いつも心配ありがとうね、蒼ちゃん」



第一印象はやはり彼の知る月姫の応対そのものだった。


彼女を良く知る人物でも疑いはしないだろう。



「モノもムーンの代わりをありがとうね」



核心はなかったが疑惑を持っていた蒼太は先ほどイクから聞いた彼女の名前を呼んだ。


賭けだったが自身の名前を呼ばれた月姫の偽物は戸惑いを隠せず、蒼太に質問で返した。



「え?どうして私のことを?」



「確か…三日前も君だよね?」



さらに蒼太は続ける。


明らかに月姫の様子がおかしいと感じた先日の事。



「それは違うよ、私は土曜日だけだから、その日はコピーの日だわね」



途端モノと呼ばれた彼女は吐き捨てるように言った。


急な性格の変化に今度は蒼太が戸惑う番だった。


カウンターに頬杖を付き、態度を一変させる彼女。



「コピー?」



「んぁ、名前はジュナだけどコピーで充分だよ、人のまねしかできないし」



何に対して憤りを感じているのか分からなかったが明らかに不機嫌そうにモノは蒼太に告げる。


正体を探らなかった方が良かったかと思った蒼太だったが、そのおかげで胸に引っかかっていたものが無くなり安堵のため息を吐く。



「そうなんだね、でも安心した」



「なにが?」



「かぐもしっかり休めてるんだなって思って。あいつ無理しすぎるところあるからさ」



蒼太は今日のデートを思い出し、月姫の屈託のない笑顔が脳裏に浮かんだ。


同時に別れ際の寂しそうな顔も…


彼が安堵している様子にモノは少し月姫の事を羨ましいと思ってしまう。



あるじからは私たちのことは秘密にしといてと言われてたから…蒼ちゃんって本当に主のこと好きなんだね」



彼女が言う主とは月姫の事だとすぐに結びついたが、あらぬ誤解をしていることにすぐさま蒼太は訂正の言葉を発していた。



「そ、そんなんじゃないって!」



ただでさえ勘違いの噂に尾ひれも背びれもついてしまっている現状にこれ以上間違った情報は広めてほしくないと蒼太は声を荒げて否定した。


そうなのと首を傾げるモノに再度念を押して月姫との関係を湾曲してしまわないように釘を刺した。



「でも羨ましいな~、私も恋愛したいって!」



そういって地団太を踏んでいるモノを見ながら、蒼太は彼女の肩を叩いた。


蒼太の体質もあってか普段異住人からは性的な印象でしか異性を見ていないと思っていた蒼太は恋愛と言うフレーズに新鮮さを感じていた。


ましてや見た目が月姫そっくりのモノなら応援したい気持ちが溢れて来る。



「頑張れ頑張れ!…そういえばモノってかぐと同じ身長だよね?中身も一緒?」



彼女の肩に手を置きながら不意に湧いた小さな疑問。


見るからに今目の前に居る人物は性格が若干違えど月姫当人にしか見えない。



「中身って性格ってこと?」



問われたモノは不思議そうに蒼太の顔を見つめた。


時折破綻するが性格は月姫に似せるようにモノも努めていた。



「ううん性格が違うのは話してたら分かるけど、その…胸の大きさとか、色々」



少し言い難そうに蒼太は言った。


それに対しモノは意地悪そうな笑みを浮かべて目を細め、彼ににじり寄ると肘でおなか付近をつつきながら揶揄う様に言葉を続けた。



「さっすが!噂通りの超ド級ムッツリスケベの蒼ちゃん。そこ、気になる~?」



「そんな呼ばれ方してるの?俺って…」



彼も強く否定はできなかったが、異住人達の噂好きにはほとほと閉口してしまう。


もちろん噂の根本には彼の行いが元凶となっているのは確かだ。


モノはキョトンとした顔で目を真ん丸にして驚いたものの、またしても性悪な笑顔で楽しそうに彼の話をする。



「え?知らなかったの?他にもDTの癖にフルタイム欲情中でイカ…」



「ストップ!ストップストップ!もうそれ以上はだめ」



続く言葉を遮るように蒼太は彼女の口を手で塞いだ。


見てくれは月姫だが性格の悪さは彼女とは大違いだと心の中で彼は呟いた。


口をふさがれたモノは首を横に振って、目で「もう言わない」と彼に訴えかけた。


蒼太が「本当に?」と聞くとモノは首を縦に振って誓いを立てる。


そこまでしてようやく蒼太は彼女の口を塞いでいた手を外した。



「自分で聞きたいって言ったのに…」



不服そうに口を尖らせるモノ。



「俺、ハート弱めだから…ちょっと」



「へ~よわよわなんだ~、ざこっちぃの」



今度はすぐに口を塞がれないようにと少し距離を取って彼女は蒼太を馬鹿にする。


月姫からはまったく想像できない言葉遣いに蒼太はモノの存在をはっきりと認識することにした。



「モノ、言いすぎ…ひょっとして性格悪いのか?」



彼女の本当の姿は知らないが、蒼太の頭の中でこの手の話し方をするキャスト2名と姿が重なる。


チビーズのリリとアルカだ。



「そんなことないよ?ムーンと胸の大きさも一緒だし、あそこの毛の生え具合とか、全部ムーンそのものだからね」



モノはそういうと胸を強調するように自身の胸を鷲掴みにして、蒼太に迫った。


突然の行為に動転する蒼太。



「へ?」



「さっき聞いてきたでしょ?サービスで見せてあげても良いけど?」



そういうとモノはメイド服のコルセットをはずしだそうとモーションを起こす。


彼女にとって自身の身体でなく月姫の身体を大衆の前でさらけ出したとしても恥ずかしくもなんともないようだ。



「ちょい待ち!」



蒼太は彼女を止めるのではなく、咄嗟に自身の目を両手で覆って彼女の身体を見ないように努めた。


といっても彼女の服がそんなに簡単に脱衣できるほどのものでもない。


目を塞ぐ蒼太にモノは再び近づくと彼の耳元で囁くように止めの一言を発した。



「それに性感帯とかも全部一緒だから…練習させてあげても良いよ?」



「…」



その台詞に蒼太はグロッキーしたとばかりにその場で膝から崩れ落ちてしまった。


文字通りKO負けを期したのだ。


跪き、四つん這いに床に突っ伏す蒼太。



「蒼ちゃんって、んっとに打たれ弱いのね、ほんとに雑魚っぽ…」



その姿をあざ笑うモノだったが、蒼太に起死回生の作戦が浮かび上がった。


そうモノは外見は月姫であるが、月姫本人ではないこと…


姿形が同じだったがために、直接月姫を相手に話していたと思い込んでいた彼の反撃。


ふふふと不気味な笑い声と共にゆっくりと立ち上がる蒼太。



「そうかそうか、今モノが言ってたことを全部かぐに報告しても良いんだ?」



好き放題言っていた相手を見下ろすと蒼太は低い声で彼女を脅した。


優等生で通っている彼女は月姫からの評価は下げたくなかった。


予想通りの反応に蒼太は勝利を確信する。



「ちょっと、蒼ちゃんの方こそ性格悪いじゃん!」



必死に抗議する彼女もほどほどに留めて置けばよかったが、調子に乗りすぎたことに自ら悔いた。



「お互いさまってことで今日のことは内緒ね、分かった?」



蒼太が妥協案として和解を求め、右手を差し出し握手を求めた。


圧倒的優位に立っていたと思っていたモノは奥歯を噛みしめ悔しさを前面に押し出している。



「…ぬぬぬ」



「これをきっかけに仲良くしてよね、モノ」



しぶしぶ蒼太の握手に応じるモノ。



「わ、分かったよ、もぉ…。変な気持ちにさせておいてずるいなぁ」



握手している方とは逆の手の人差し指で蒼太の胸をつつく彼女。


ある意味月姫もこれぐらいの積極性があれば良いのだが、引っ込み思案な彼女には土台無理な話だ。



「ご、ごめん、それはよく言われる。不可抗力なんだけど」



モノが言った変な気持ちの意味を理解しながら蒼太は頭を掻きつつ答えた。


異住人との接触は極力控えようと考えながら蒼太は彼女との握手を離す。



「んで、今日は帰るの?」



フランクな物言いでモノは彼に問うた。


これが彼女の素なのだろう。


エントランスの扉一枚隔ててホールから洩れる喧騒に蒼太は後ろ髪を引かれながらも今日は岐路につくことを選んだ。



「そう、モノみたいな犠牲者増やしたくないし…」



「どういう意味?」



「こっちのこと、じゃあまたね」



いまいち彼女自身理解していなかったが、性的欲求が高まっている状態なのは蒼太の目にはっきりと分かっていた。


頬の赤らみや瞳に携えた熱っぽさ、ねだるような視線に吐息の温かさ、どれも発情時に見られる諸症状だ。


蒼太はそれを説明せず今日はこの場を去ることにした。


家に帰ると酒が回ったのかその日はいつもより蒼太は早く眠りの世界に落ちていくのだった。



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