第20話(第一部終章)-2/4
先ほどまでたっていた彼女はその場にしゃがみこみ、両手で顔を覆っていた。
傍から見ても分かるぐらい彼女は大粒の涙を流し、声を出さずにしゃくり泣いていた。
思わず彼女の肩に手を置き、蒼太も心配そうにその横にしゃがんだ。
「おいおい、どうした?」
何度か声を詰まらせた後、月姫は自分の心境をぽつりと語った。
「ご、ごめんなさい。嬉しくて…どうしよう、涙が止まらない…」
その言葉を聞いて安心したのか蒼太は彼女の横で感情が落ち着くのを待つことにした。
が、それを許さなかったのはミライマコンビだ。
「女性を泣かすなんてさいてー」
「ひどいお人どすなぁ、蒼太はんは…」
カコが言ってた通り本当は仲が良く息が合っていたのだろう。
月姫が落ち着くのを待ちたかった蒼太だが、外野が騒がしくなるとそちらに意識がとられてしまう。
黙れと口に出そうとした瞬間、蒼太ではなく別の人物が二人に忠告を投げかけた。
「そこ、無駄話するなら出ていくダナ!ノイズで仕事の能率が落ちるダナ」
「私も納夢と同意だ。騒ぐなら外でやってもらいたい」
電卓をたたきながら、アスカが騒がしい姉妹に苦情を発した。
同様に作業を手伝っているリチも邪魔者の退出を願った。
「ムードも大事!ちょっと待ってよ!もぉ!」
正論を言う二人に、イマリは腹立たし気に言い返すと、次の瞬間には蒼太には慣れたあの世界が広がっていた。
「ほら、外野は黙らせたから続き、続き!」
蒼太の耳に届くイマリの声。
静まり返った世界観は彼女がスキルを発動し、停止世界を展開させたことを悟るに容易かった。
「え?これって」
「仕方あらしまへんな、今日は伊鞠のわがままも多めにみるさかい。仕切り直しやね」
やれやれともろ手を挙げて、その手をひらひらと躍らせるミライ。
慣れない雰囲気に泣いていたはずの月姫も意識がそちらに向けられ、無音の世界、肌に感じる質感に戸惑いが勝ってしまう。
「え?どういうこと?」
涙目のまま蒼太を見つめると、彼はゆっくりと彼女の疑問に答えるように告げた。
「あぁ、かぐは初めてだったな。今世界の時間が止まってて、動けるのは俺達…俺と、かぐと…イマリとミライだけだから。…結構居るなぁ、ってか二人共向こう行っててくれない?」
イマリのファインプレーにありがとうと言いたかったが、話の腰を折ったり、茶々を入れられる存在である二人に退席を願ってしまう。
「いいじゃん、みたいもん」
「そやなぁ、減るもんちゃいはるし」
姉妹仲良く打ち合わせたかのような言いぶりに蒼太は観念しつつ、改めて月姫に交際を申し込むことにした。
「もぉ…分かったよ。改めて、かぐ…俺と付き合って欲しい、君と生涯を添い遂げたい」
言葉を付けたしたのは先ほど解釈されなかったことを思い出してのこと。
しかし一言にしては重い単語にすかさず外野からの野次が飛ぶ。
「生涯を添い遂げるって言いすぎ」
「茶化さないで!」
「ごめん…」
いつにもまして真剣な表情の蒼太にイマリは反射的に謝ってしまった。
二言返事で返すべき月姫だが、彼の突発的な行動がどうしても腑に落ちていなかった。
「でもどうして?急に?」
確認の意味を込めてそれを尋ねた。
今回の告白を決めたのは蒼太の意志だ。
誰に言われたでもなく、異住人達のスキルの影響を受けたわけでもない。
「けじめ付けようと思って。他に目移りしないようにと、責任を取りたいと思って」
日々誘惑にまみれた生活を送っている蒼太は防波堤が無いと歯止めが利かない寸前の精神状態に置かれて過ごしていると思っている。
実際に少し前に受けたマサキのスキルの影響下では誰彼構わず交わることを求めてしまいそうだった。
かろうじて理性を保てたのは月姫の顔を思い出したからだ。
「責任って…何か内緒で大きな過ちをしたとか?」
蒼太の言葉を拾い上げ、月姫が訪ねて来る。
人助けこそしたもののそれを過ちとは言われないだろう。
しかも性交に関しては実際にはありえない時間を戻すことでかろうじて未遂に終わっている。
「してない、してない!しないための契りとして、君と付き合おうと思って」
両手で否定のジェスチャーをしながら月姫の勘の鋭さに正直なところ驚いていた。
「結婚を前提にやろか?」
「け、けけけ、そこ茶化さないっていったでしょ!」
口を挟むミライに蒼太は戸惑いながらも怒鳴り返していた。
「堪忍なぁ」
「わ、私はそれでも良いけど?」
月姫もはまんざらでもない様子で照れながら聞き返してくる。
「そ、そこは許して…そこまで覚悟できてないから」
流石にまだ結婚までは蒼太の身には重かったようだ。
「まっ、交際スタートだね、おめでとう!さっすがあたしのそうた!」
両手を挙げて飛び跳ねながら喜ぶイマリ。
「だからイマリのじゃなくてかぐのだから」
すかさず蒼太は彼女の言葉の綾を正すことにする。
しれっと今までは誰のものでもないと言ってたところを月姫の名前が当てはまっていた。
「浮気は許しませんよ!」
自他ともに認める嫉妬深い蒼太の新しい彼女が激を飛ばす。
「これだもんなぁ」
先が思いやられると蒼太が呟いたのに対して、ミライがさらに追撃をかけた。
「大丈夫どすえ、うちが事前に予知してムーンはんに告げ口するさかい」
「なにその完璧な包囲網…ってか他の女性にはうつつを抜かさないってば!」
胸を張って蒼太は月姫に自信満々にアピールをする。
「そうちゃんにその気が無くてもあるでしょ?…紗希さんとか優雅さんとか弥紅さんとか…最近色目使いすぎだから、みんな…」
蒼太の手綱は締めていても周囲からの誘惑にはなす術がない。
「うちに任せときゃ大丈夫やよ、事前に教えたるさかい」
「みらいだってねらってるんでしょ、そうたのこと」
「しーっ!そら言うたらあかんやつやで」
「心蕾さんに伊鞠さんまで…そうちゃんには貞操帯でもしてもらおうかしら…」
すぐ直近に狙っている相手が居ることで月姫は物理的に彼を守ろうと口走った。
溜まらず蒼太はそれに反論を示す。
「なっ、俺を信じて!」
「冗談ですよ、蒼太さん」
そういうと月姫は甘えるように彼の肩に頭をのせて、信愛ぶりをアピールしていた。
初めて耳にする彼女の妙な呼び方に全身の毛が逆立つのを覚え、すぐさまそれを撤回するように伝えた。
「付き合ったぐらいで呼び方変えなくて良いから、俺もかぐのまま変えるつもりないし」
「うん、そうちゃん」
まるで二人っきりの甘々なムードに胸焼けするのを感じたイマリは、その元凶を視線から外すようにそっぽを向いた。
逆にミライは「あらあら、お熱いことやなぁ」と零しながらその様を眺めている。
「仕事を私たちが受け持つから邪魔者は出ていきたまえ」
突然の誰に言うとでもなくリチが強めに言い放った。
「はいはーい」
反省の色など全く見せずにイマリはリチの言葉に従うとばかりに我先にとこの部屋から出て行った。
「え?えぇ?」
いったい何がどうなっているのわからない月姫は戸惑うばかりだ。
「また急にイマリが時間を動かしたんだな…行こう、かぐ」
「う、うん」
気分屋のイマリらしいやり口に、蒼太は端的に月姫に説明をすると、その手を握り部屋を出るために引っ張ることにした。
いまいち頭で整理が出来ていなかったが、事情を知る蒼太に従うべきだと判断し、彼に身を委ね月姫も部屋を出ることにした。
最後に残されたミライはアスカとリチによろしゅうにと言葉を残して自らも妹の後を追っていく。




