第18話-4/6
ましてやここまで酔っている状態ではその勢いに任せてと言う可能性も大いにあった。
「この状況ではさすがに断るわけにも」
いつもらしからぬ月姫の答え。
彼女もそれを覚悟していることが分かる表情をしていた。
「そうそう、若気の至りは若い時にしとかないとねー主!」
月姫の声で月姫に激を送るキャスト。
すると二人が並んで座っているテーブルの前に方言が独特な彼女が登場した。
「ほら、あたいの背中に乗りな。白馬じゃないけどしっかり二人を部屋まで案内するよ」
いつか言っていた仲良くなれば背中に乗せてあげるの約束が叶えられる。
「お断りできなそうですね」
まんざらでもない様子の月姫。
「でも俺、乗馬なんかしたことないし…」
「ごちゃごちゃ言っとらんで、はよ乗り~な」
ぐずる蒼太に叱咤するマツリ。
他のキャストに促されながらマツリの背中に乗せられようとする蒼太だが、普段から鞍を付けているわけでもなければ鐙も付けられていない背中に乗るのは一筋縄ではない。
誰もが簡単に思われたそれも運動神経が良くない彼には難しかったようだ。
「…手伝う…」
遠くで見かねたツバキがホールの天井ギリギリを飛行すると、彼の両肩を大きな爪で掴み、数度羽ばたいた後にマツリの背中へと蒼太の身体を下ろした。
先に乗った蒼太は月姫をサポートすべく手を差し伸べながら彼女だけ聞こえるように小声で語り掛ける。
「そうだな、みんなの気持ちを受け取ろう。べ、別に何もしないから」
蒼太の手を取り、お尻を押し上げてもらい月姫も無事にマツリの背中に座ることが出来た。
「それ…何かする気持ちがある人の言い訳ですよ?」
こそっと耳打ちで蒼太に聞こえるように月姫は返事を返し、チロリと舌を出す。
二人して乗馬経験はなかったが、意外に座り心地は悪くないと思った。
マツリの背中に乗り、カッポ、カッポと音を立てて歩みが始まると同時にホール内にファンファーレが流れ始める。
トランペットを得意とするジュエルの生演奏だ。
結婚式場などでよく耳にするあのテーマ。
「お幸せに~!」
「おめでとう!おめでとう!」
様々なキャストが祝福のメッセージをホールの奥へと向かう二人の背中に送りながら見送っていた。
蒼太たちがエレベータに乗り終えてもまだ拍手は鳴りやまなかったという。
4階のアフタールームの前で二人を下ろすと、マツリは「明日の事はなんもきにせんでええで」と言い残してエレベータへと向かってしまった。
取り残された蒼太と月姫だが、その手にはロック解除用のキーカードが握られている。
ここまで来て入るのをためらっている蒼太は彼女に確認したいことがあった。
「かぐは知ってたの?」
あまりにも派手なお出迎えに自分が告白した後、閉店間際のアクセサリーショップへ寄ったり、バーで飲みなおしたりしていたのは時間調整だったのかと疑う蒼太。
とはいえバーに誘ったのは月姫でなく、蒼太の方だ。
「知りませんよ…ちょっと様子を見に来ただけですから…逆に私たちが来なかったらどうしたんでしょうね」
彼女は一瞬拗ねた風な表情を浮かべた後、再びはにかんでしまう自身の感情に従い笑顔になって蒼太に問いかけた。
蒼太もついつい口元が緩んでしまい、幸せな感情がこみあげて来る。
「あ~多分…練さん知ってたよね、こうなること。あの言いぶりなら」
カードキーをドアに差し込みながら蒼太は練のことについて言及する。
「そうですね、余計な詮索は辞めておきましょう」
月姫も蒼太も練が情報通な噂は耳にしない。
つまりは誰かの入れ知恵で…きっとその相手は二人が知る例のキャストだと容易にたどり着けてしまう答え。
いよいよ扉を開けて蒼太は部屋の中へと足を踏み入れた。
「あ、俺。ソファーで寝るし、ベッド使ってよ」
どのアフタールームにもあるダブルサイズのベッドと座り心地の良いソファー。
それを見据えて彼は月姫に言ったのだが、部屋に入った途端ここが他の部屋と明らかに違うのが分かった。
部屋の広さはそれほどでもないが、明らかに異質。
白を基調とした部屋、どこを見ても純白しか目に映らなかった。
寝具から家具、アメニティーの全てが白い。
「それにしてもすごい部屋だね、本当のチャペルみたい。本物を知らないけど…」
部屋の奥には数段の階段があり、祭壇が置かれている。
丁寧に扉からそこに向かって赤い絨毯が敷かれており、さながらプチ結婚式が出来そうな装いだ。
「階段とか、この絨毯も良質な奴だよね。ステンドグラス?高そう…」
ついつい部屋を物色したくなり、蒼太は初めて見る品々に目を奪われていた。
この部屋にもダブルベッドがあり、他の部屋では見受けられるソファは置かれていない。
彼の宣言していたソファーで寝ることはできないようだ。
その代わりに祭壇や長椅子などが場所を取っているのだろう。
蒼太はついついその祭壇に向かい、精巧な作りに首を傾げていた。
「なぁかぐ…っ!」
彼女になったばかりの月姫の名を呼び、そちらに視線をやった蒼太は思わず絶句してしまう。
「ちょっ!おまえ、なんて格好!ふ、服は?」
事もあろうか月姫は服を脱ぎ、一糸まとわぬ格好で扉の前に立っていた。
大事な部分を手で隠しながら…
「…私をそうちゃんのモノにして欲しい」
羞恥に染める顔で必死に紡ぎだす月姫。
大胆な行動に出た彼女に呆気に取られていた蒼太だが、その言葉を汲み取り彼女の間違った考えをただすことに努めた。
「も、モノとかそんなのじゃなくて…」
「だって、まだ不安なんだもん!」
言い終わるより先に月姫が食って掛かる。
彼女の想いはとても重いものだが、それを知った上で蒼太も交際を申し込んだのだから。
立ちすくむ彼女に歩み寄り、蒼太は今一度考えなおすように彼女の肩を掴み、説得を試みた。
「それがすべてじゃないし!そ、そんなことで、違うって…」
それでも月姫の決意は固く、拒もうとする蒼太の言葉を塞ぐように口づけをしようとした。
10cmも身長差がある相手にそれは容易ではなかったが、逃げることも躱すこともせず男はそれを受け止めた。
「その、俺、言葉とか…その言い方とか下手だし、でも、うん…かぐの気持ちは分かるから…」
そう言いながら蒼太は両腕を彼女の背中に回し、ぎゅっと抱きしめる。
自分の想いを伝えるように力を込めると、彼女の素肌の軟らかさが衣服越しに感じられた。
「…こんな形でごめんなさい」
俯く呟き落とす月姫の頭を蒼太の手が撫ぜた。
「もう謝らなくて良いよ、それに俺…俺も初めてだから、よく分からないけど…もし間違ってたらごめん」
「え?」
蒼太は抱擁を解くと、彼女の横に回り、膝の裏に腕を入れるともう片方を肩に回し、月姫の身体を担ぎ上げた。
俗に言うお姫様抱っこだが、突然それをされた月姫は驚き戸惑ってしまう。
「勇気を振り絞って、君を俺の宝物にする」
思った以上に彼の腕は逞しく、抱きかかえられた月姫はそれに不安を感じることはなかった。
彼女は一糸まとわぬ姿に羞恥心が高まり、大事な部分を両手を使ってなんとか隠していた。
「そうちゃ…」
「世界中の誰より君を大切にし、愛するよ」
歯の浮く台詞にお互いが恥ずかしくなり顔を合わせられない始末。
そのまま蒼太はこの部屋特性の天窓の付いた純白のベッドへと向かって歩みを進めていく。
「…」
ふかふかのベッドに彼女の身体をゆっくりと降ろした後、彼女には背を向けて自分の上着を脱衣していく彼。
その間にシーツを手に取り、自分の身体を覆い隠す月姫。
そしてベッドの上部に設置されている灯りの調整を弄って部屋全体を薄暗くしていく。
「後悔…するなよ」
「絶対にしません、そうちゃん…あなたとなら…」
長年思い続けた彼と一つになる瞬間が訪れたのだった…