第18話-2/6
妙な方向へ考え巡らせたおかげで思考のリソースを裂いた分、彼からの言葉には何も返せていなかった月姫。
「頼りなくて、こんな俺だけど…交際申し込めないかな?」
さらに追い打ちをかけるように蒼太の口から出てくる言葉。
「それって…こく…はく?」
夢にも思っていなかった彼の申し出にその真意を確かめるために月姫はあえて聞き返してみる。
「そう、真剣に君と付き合いたいと思っている。今まで君の気持ちを知っておきながらあやふやな感じで接していたけど、今日、ここではっきりと言っておきたくて」
彼らしくないはっきりとした物言いに、再び月姫の中で猜疑心が鎌首をもたげる。
「冗談とかじゃないよね?」
「今一度聞くけど、俺と付き合って欲しい」
怪しむ彼女に、蒼太はその肩を掴んで自身に正面で向き合う様に体の向きを変えさせた。
真っ直ぐに見つめて来る彼の視線を、月姫も照れることなく双眸で受け止める。
そこから溢れ出て来る涙…
「う…嬉しい…」
その涙を止めることができず月姫は感情を言葉に出していた。
「返事は?」
再三にして月姫に交際についての可否を問う彼。
彼女からはっきりした返事はもらえていない。
月姫はハンカチで涙を拭きつつ、彼をまっすぐに見据えて返事を返すことにした。
「こんな私だけど、お願いします」
「…やった!」
直後に蒼太はやや横を向き、ガッツポーズを浮かべ喜びを表現する。
彼なりに告白するのに大人びて決め込んだつもりだが、ここにきてようやく素の彼が現れた。
彼にしてはかなり頑張ってかっこいい男を演じたつもりだ。
らしさを取り戻した彼の挙動を見ながら月姫もそれを感じ思わず苦笑してしまう。
そして彼女が次に求めたのは…
「そうちゃん…」
交際が始まって初めて彼氏の名を呼ぶ月姫。
呼ばれた蒼太ははしゃぐ気持ちを抑え、彼女の方へと向き直った。
そこには目を閉じ、あごを出し、唇を尖らせる月姫が居た。
そのしぐさが何を求めているか説明の必要はない。
どれだけ鈍い蒼太でもさすがに彼女の意図したことは分かるようで、緊張しながら彼女の正面に立ち、両肩を掴んで慎重に顔を近づけていく。
何度かキスした経験がある蒼太はぷっくりとした月姫の唇に自分の唇を重ねた。
月姫にとってはファーストキス。
先日仕事部屋でも口づけはしてしまっているが都合よくそれは彼女の中ではカウントされていなかった。
自分の誕生日が彼女にとっては忘れられない記念日となったようだ。
程なくして唇は離れ、急にこみ上げる恥ずかしさに蒼太はそっぽを向いてしまう。
そんな彼に月姫は自ら腕を組み、自身の性格を吐露していく。
「私こそ、きっとそうちゃんに色々わがまま言ったり、嫉妬したり…それでも良いの?」
「あぁ、それが無いと他の娘に目移りしちゃうかもだから」
異住人達に誘惑された時に月姫の顔が思い浮かび急ブレーキをかけたことは何度かあった。
「浮気は極刑ですよ?」
彼女の嫉妬深さは折り紙付きなのは蒼太も知っている。
流石に他の女性と話をするぐらいならそこまで怒りの色を露わにしないが、職場が職場ゆえに会話で終わることはありえない。
「手厳しいな…」
苦笑いを浮かべる蒼太。
しかしISK内では彼女はエントランスが持ち場の為ホール内での多少の破廉恥行為は彼女の目に届くことはない。
今は出入り禁止とされているファナーとしての活動もその期間が過ぎれば羽を伸ばすことだって考えられる。
「それとISKへはファナーとして生涯出禁ですから」
彼の思惑を見抜いてか、月姫が一言付け加えた。
「いやいや、それはないって」
「あと唾を飲ませるのも駄目ですし、キャストの部屋に上がるのもダメ、不必要な関与は認めませんから」
彼のげんなりしている顔を見ながら矢継ぎ早に月姫は追加で制限をかけ始めていく。
「それはひどすぎるって!」
流石に蒼太は彼女の暴挙ともとれる制約に不服の声を漏らした。
月姫もそれは本気ではなかったようで、笑いをこらえきれずにぶふっと空気を吹き出しながら彼の悲痛な叫びに応えるのだった。
「…嘘、嘘です。そんな厳しい事言いませんよ。…でも私以外に気持ちが移ろうのは嫌です」
「かぐしか見ないって…とそれは無理かもしれないけど、誘惑には負けないように善処するよ」
すぐさま調子に乗ってしまう蒼太。
軽はずみな彼の言葉を拾ってそれを月姫が復唱する。
「善処?」
「誓います、誓います!この鍵主蒼太、異住人の誘惑には負けません!」
お酒の力もあり、少しどころか大いに調子に乗ってしまう彼氏。
それに合わせるように月姫も言葉を継ぎ足していく。
「蒼太君は私に誘惑されましたとさ♪」
にっこりと微笑み返す月姫に蒼太は冗談を重ねていく。
「もしかしてサキさんのスキル使った?」
あながち冗談ではなくサキの所有スキル【セクシャリティ】の効果が及んでいるのではと勘繰る蒼太。
シェアすべき相手が近くに居なくてもスキリングによってスキルが使用できることは公表されている話しだ。
「つ、使ってませんよ!あ、あれはあの時だけです!」
経験したことのある蒼太は月姫への感情がそのスキルの影響ではないことぐらい分かっていた。
【セクシャリティ】によって感じた魅力はもっと性的な欲求を含むものだったからだ。
「ならさ…今使ってみてよ。もっとかぐのことが魅力的に見えるかも?」
逆に今の状態でサキやユキが使用した魅了を彼女に受けてみたいと口走る。
「…使いませんよ、使わなくても私は充分自分自身を魅力的だと思ってますから…スキルを使っての好意は意味がないですから」
「そっか…そうだよね、でもかぐへの気持ちが昨日から一気に昂ってきたから…少し疑ってた、ごめん」
一瞬言葉を詰まらせたものの、月姫は胸の前で腕を組み、口をへの字に曲げて抵抗の意志を示した。
そんな彼女に蒼太は頭を掻きながら謝罪の言葉を並べる。
その台詞の中にあった彼女への気持ちへの昂りは嘘ではない。
だからこそこうして告白し、一緒に居たいと公言したのだから…
「そんなことしませんよ、子供じゃないんだし…」
言いながらも先ほどの態度が子供っぽく思えた彼女はツンとした態度をやめ、再び蒼太の腕にしがみつくことにした。
蒼太は浮かれている月姫を目を細めてみやり、彼女の頭を撫ぜる。
思春期に抱いた月姫の感情を、妹と言う位置付けにして抑えつけていた感情へ別れを告げ、彼女のあごに指をあてがうと意思を汲み取った彼女も応じるように蒼太に顔を向けた。
蒼太の欲求に応え、先ほどより長く…深く…恋人たちは口付けを交わした。
二度…三度…言葉の代わりに…
「もう一度飲みなおそうか、かぐの誕生日も後少し時間残ってるし。今度は恋人同士として」
「はい…」
蒼太の提案に彼女は二言返事を返すと、彼の胸の中で抱きしめられるのだった。