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welcome to CLUB『ISK』へ  作者: れいと
第一部 刻まれた未来
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第18話-1/6

翌日8月18日は蒼太にとって特別な日となった。


今年まではそれほど大切な日ではなかったが、関係の深い人物の記念日。


ここ数年は思い出したことがなかったが、朝起きた時にふと見たカレンダーと共に脳裏に過ぎったイベント。


身近にいるからかも知れないが、今日は月姫の誕生日だった。


金曜日と言うこともあり、蒼太が休日にあたる日だった。


いつもの癖で朝早く起きてしまったものの、アレテイアに行く必要もなくプレゼントを買いに行くなら都合が良いと言える。


一瞬月姫のお手伝いも考えたが、彼女もスキリングの練習を兼ねて成長した方が良いと思い実行に移さなかった。


朝の段取りが終わり昼前にはJホールで彼女のプレゼントとなるものを散策しながら、物色することにする。


彼に女性が喜ぶものなど思いつくわけもなく、ネットを頼りに無難なスイーツを選択し、手短に買えるもので間に合わせることにした。


こんな時にキャストに頼るのも一つだと思ったものの、先日サキ・ミオ・ノノと一緒に出掛けた苦い思い出があるため二の足を踏んでしまった。


最近親密になりつつユカでも昨日のサキの話しが本当なら少し距離を置いた方が良いと安全をみて連絡を入れてはいない。


数件店舗を回った後自分の感性に頼り、月姫のプレゼントを購入するのだった。


昼を過ぎた1時頃、食欲を満たしながら月姫のVINEへそれとなくメッセージを送ってみる。


「突然だけど、今日ISKが始まる前に時間作れないか?ちょっと会って話したいことがあって…」と内容こそ秘密にしながら彼女からの返事を待った。


数秒ほどで月姫からの返事が返ってくると何度かメッセージのやり取りを進め、月姫が蒼太が居るJホールまで会いに来ることとなった。


連絡をしてから約1時間程度、2時頃にいつもの待ち合わせ場所で合流する手はずでVINEのやり取りを終える。


彼女とは決まった場所での待ち合わせ、時間をつぶすために散策するのも気が進まず蒼太は食事を終えるとそのまま待ち合わせ場所へと向かった。


そこでスマホで流れて来る動画を見ながら彼女の登場を待つことにする。


蒼太が着いてから30分程度過ぎたころに遠くから月姫が小走りに姿を現した。


「お待たせっ!」


彼女らしい地雷系ファッション。


いつもの見慣れたメイド服とは違うことに新鮮味を覚えてしまう。


「そんなに待ってないよ…悪い、急に誘いかけちゃって」


蒼太の言葉に月姫はそんなことないと言いながら荒い息を整えていた。


「時間が作れてよかったよ」


「本当ならお仕事優先なんですが…萌乃ものさんから急遽明日の出勤を今日に変えて欲しいとお願いされて」


月姫にしては珍しく今日は大丈夫との返事が来た時からおかしいと思っていたが、どうやら彼女も今日は非番になったことを明かされる。


蒼太にとっては願ったり叶ったりだ。


「良いんじゃない?今日は特別な日なんだし」


「え?」


蒼太の言葉に月姫が目を真ん丸にして見つめ返す。


「ほら、お誕生日おめでとう、そのありきたりでなんだけど…」


後ろ手に隠していた紙袋を彼女の前に差し出し、お祝いの言葉を告げた。


紙袋の中に入っているのは先ほど彼が迷って選んだ女子に人気のあるらしいスイーツだ。


「お、覚えていてくれてたんですね。私の…」


嬉しそうにそれを受け取りながら月姫は言葉を詰まらせた。


本当のことを言えば覚えていたいたではなく、今朝たまたま思い出したに過ぎない。


「そりゃ、昔の記憶?ってのはなかなか忘れないし、よく誕生パーティーしてたしな…」


彼女の勘違いを正すことなく回顧しながら蒼太は懐かしそうに遠くを見た。


もう一度月姫に視線を戻すと彼女はハンカチで目を覆いながら小さく震えているのが分かった。


「おいおい、泣くほどの事か?」


慌てて周囲を見渡すが二人の様子を気にしてみている人物はいない。


「嬉しくて…ごめんなさい」


嗚咽を交えながら彼女は蒼太の言葉に気持ちを伝えた。


よほど嬉しかったのか彼女にしては珍しくこみ上げてくる感情を抑えきれない様子が続いていた。


「謝ることじゃないし、いつもの感謝の気持ちだから」


その姿を見ながら蒼太も少し嬉しい気持ちが自身の中で増幅していくのだった。






楽しい時間は過ぎるのも早く、二人はさながらデートのように街をうろつき、夜食を共にしていた。


すでに時計は21時を過ぎ、街の雰囲気も変わりつつあった。


いつものようにノープランな蒼太はこの後の展開は全く考えていなかった。


元々彼女の仕事があると思っていた為、プレゼントを渡したら終わりと思っていた今日の予定は成り行きに任せるしかない。


これが月姫プロデュースなら最後の最後まで決めていただろう。


現に先日、月姫は蒼太と朝を迎える覚悟をしてホテルの部屋まで予約していたことは記憶に新しい。


二人はJホールの際にある少し高台になった丘の上で夜景を眺めながら恋人ムードに浸っていた。


普段ならそんな雰囲気をすぐに絶ってしまう蒼太だが、この日の彼は心が寛容だったのか、月姫の記念日だからと容認していたのか分からないが口癖である妹みたいなという言葉は封印されていた。


「今日は楽しかった」


隣同士で芝生に腰を下ろしていた月姫が感慨に耽って言葉にすると、彼の肩に頭を預けた。


少しばかり嗜んだお酒の力が彼女に積極的にさせる原動力となっていた。


雰囲気だけで見れば恋人同士に思えるだろう。


「この後はどうする?」


彼女を受け容れたままノープラン蒼太は月姫に下駄を預けようとする。


「そうちゃん次第ですよ、夜風も冷たい時期ではないですし、まだまだ夜は長いですし…なんてね」


よっぽど楽しいのか月姫は自然と溢れ出る笑みを浮かべながら高揚した雰囲気に彼女らしからぬ冗談が飛び出してくる。


ストレートな感情表現に蒼太は思わずくすりと微笑し、この時を記録にとどめておきたいと彼女に一つ提案をした。


「写真1枚良いかな?」


返事を聞くまでもなく彼はスマホを持った手を伸ばし、二人が映るように自撮りの構えをする。


「こんな感じで」


二人が映るには充分余裕があった画角だが、月姫は彼との距離を詰め密着した状態で写真に納まろうとした。


「撮るよ…はいっ!」


良い掛け声が思い浮かばずありきたりの言葉でシャッターを押す。


不慣れな片手操作と、撮り慣れていないこともあって、タイミングは少しずれたものの上手く写真に収めることが出来た。


「どう?うまく撮れた?」


蒼太が今の画像をスマホで確認しているのを横から覗き込むように月姫が迫ってくる。


「こんな感じで」


すると蒼太は一緒にみるのではなく彼女にスマホを手渡し、譲ってあげることにする。


そこは一緒に観て欲しいのにと心の中で思いながらも月姫は上手く映ったそれに感動する声を上げた。


「最近のスマホは夜でもすご…」


言い終える直前に背後からの力強い抱擁。


突然の出来事に落としそうになった蒼太のスマホを大事そうに胸に抱える彼女。


「かぐ…月姫かぐや


耳元で聞こえる名前を呼ぶ声。


吐く息が聞こえる程近く、彼の顔が間近にあった。


「ど、どど、どうしたの?そうちゃん?酔ってる?」


高鳴る鼓動に言葉も上手く発することが出来ない月姫。


振り向くに振り向けない月姫はそのままの姿勢で問いかけた。


「少し飲んだぐらいでは酔わないよ、君の気持が今も変わらないなら…」


普段の蒼太から想像できない彼の言動に一瞬彼が本物ではないのかと思ってしまう。


まさに今ISKのエントランスで受付をしているのがそれらを得意とするモノそしてその姉妹に当たるジュナとトリがいるが、彼女たちの変身も見た目こそ完璧でも言動や振る舞いは必ずしもオリジナルに忠実ではないことを月姫は知っていた。


モノに至っては異性に変身できないことも知っている。


「…」


万が一彼女たちが蒼太の姿を真似していたとしても数時間も一緒に居ればすぐに気が付くし、ドッキリでも敢行しない限りその可能性も0に近い。


もしこれがドッキリ…なんてことがあろうものならその仕返しに彼に与えた出入り禁止の処置を延長するなど考えを巡らせた。



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