第16話-6/11
結局、午後から蒼太は今日の昼から時間を持て余すため日頃から世話になっているサキに付き合わされる羽目になってしまった。
しかもアレテイアではなく、ISKでもなく、Jホールでの待ち合わせを指示されるのだった。
蒼太にとっても屋外でISKのキャスト達と逢うのは初めてのことだ。
お店のシステムでプロローグと呼ばれる同伴出勤のシステムもあるようだが、内容は知っていても利用したことは一度もない。
プロローグは店外でのデートと食事を済ませ、ISKまでキャストと一緒に来店するまでの擬似デートプランのことである。
場合によってはボックス席を予約したり、そのままアフタールームまで確約でき、ほぼ半日以上一緒に過ごすことができるVIPプランだ。
練の受け売りで蒼太はキャストと深い関係を築かないためにもマイファナーという推しのキャストを作らないようにしていた。
それが却って自らの首を絞めてしまっているのだが…
サキと待ち合わせ場所は一般的に使われる時計台の下で午後2時からとなっていた。
10分前から待機していた蒼太はブッチの時間を何度も何度も見直し、待ち合わせ時刻を過ぎたころに遠くからサキらしき人物が歩いてくるのが目に映った。
さすがに度の過ぎた露出はなかったが、ノースリーブショートのトップスにローライズパンツの出で立ちに彼女から無意識に漂うフェロモンが男性の視線を集めてしまってる。
そのパンツからのぞき見える下腹部の淫紋と呼ばれる紋章は完全に隠してほしかったと蒼太は心の中でつぶやいた。
「おまたせ~マったぁ~」
周囲の視線を集めながらサキは蒼太に手を振って呼びかける。
この場所に来たのは彼女一人ではなかったようだ。
隣にはフリフリのアイドル衣装の様な服装に身を纏った猫娘、ミオもいる。
更にその隣にも連れ立って歩いている女性が居るが、ミオより少し背格好が小さくショートヘアーにいかにも不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「えっと、さ、サキさん。に…ミオと…だれ?」
「ミーの姿にそうニャンはもっと喜ぶべきだニャ!」
三人目の女性の詳細が分からず蒼太は難しそうな表情をしていた。
それにミオが不満をあらわにして蒼太に牙を向けていた。
「ミオさんは前にも見たことあるし…」
蒼太はそんなミオを軽くあしらう様に彼女の頭に手を置いて優しく撫ぜた。
彼の中で学んだこと、犬系・猫系と分類している種族の大半は頭を撫ぜると怒りは消え歓びの成分が分泌され事なきを得ることが多い。
ミオを筆頭にイチコやクールで尖っているルリハさえも思わず喉を鳴らして喜んでしまうのを目の当たりにしていた。
今回も目論見通り先ほどまで牙をむいていたミオも目を細めてゴロゴロと喉を鳴らして悦に浸ってしまっている。
「俺を忘れるとは良い度胸してるじゃないか!」
見た目とは裏腹に荒々しい言葉遣いでその女性は蒼太に文句を言い始めた。
蒼太が着目したのは彼女の胸の大きさだった。
推定Eカップ以上、大きさの知識は蒼太にはなかったが隣に居るサキと同レベル、身の丈のギャップがあって特段胸が強調されている感じがしていた。
彼は自分の性質上、巨乳と呼ばれる類に入るキャストは知らず知らずにチェックしていた。
目の前のサキも当然のことながら、シノやミア、ツバキなど会話する中ではないがルタやマナカ、マミといったキャストは彼の脳内リストに保管されていた。
それでも目の前のキャストらしい相手はリストの中に登録されていない。
「キャスト…だよね?」
好戦的な態度の相手に恐る恐る蒼太は確認をする。
「せっかくだから~そうちゃんがハジめておミセにキたトキのサンニンで~ショッピングしようかな~って~」
「心外だな、俺のことを忘れるなんて。思い出せないなら喰っちまおうか?ノノだ、ノノ」
サキがいつもの間延びした語りで蒼太に助け舟を出した。…つもりだったが蒼太が答えにたどり着くより先にしびれを切らしたノノが自らを名乗ってしまう。
名前と姿が合致しない蒼太は彼女の言葉を復唱する。
「ノノって…あのノノ?」
その名前を思い浮かべるのは一人しかいなかった。
巨漢で獰猛で横暴な半獣半人の化身、希乃だ。
「どのノノだ、あのノノって…俺は一人しかいないし、ノノって名前のキャストは他に居ないだろうが!」
確かに彼女言動や仕草を見れば蒼太の知るノノに見えなくもない。
「えっと、これってアプリで姿を変えてるんだよね?ミオさんは見たことあるし、サキさんも見た目も変わらないし」
「そうよ~」
蒼太はミオの頭を撫でるのをやめ、今一度サキとミオを見比べ、最後にノノの姿を頭の上からつま先まで舐めるように見渡した。
「なんだよ、その目は。俺も俺っぽくなりたかったての!」
文句を言いながら口を尖らせるノノだが、蒼太の知る彼女とは似ても似つかないものだった。
背丈は蒼太の肩ぐらいまでしかなく、筋骨隆々の体つきもやや肉付きの良い女性へと変貌しにらみを利かせて来る威圧感大の吊り目も緊張感のないたぬきのような表情でずんぐり眼で垂れ目がちな目をしていた。
「どう見てもあのノノじゃないよね、ちっこいし…なんか可愛いし…」
おそらくいつものような態度で強がっているのだろうが外見が全く伴わず、思ったままの言葉を彼は口にしていた。
実はノノ自身もアプリで人化するのは今日で二度目である。
キャストの中でも人気が低い方である彼女はプロローグ=同伴出勤の経験は一度もなかった。
普段もアレテイアでの生活がメインで人里にでることはほぼほぼ皆無である。
今日は無理矢理サキに誘われやってきたものの、やはり来るべきではなかったと後悔していた。
「だ、黙れ!あ、あ、あれだ、きっとセシルが意地悪してるんだ。くっそ!今度会ったら文句言ってやらないと」
滅多と耳にしない単語を自身が言われたと知り動揺しまくるノノ。
蒼太の言葉にノノは怒った時でも真っ赤にならない耳が先端まで真紅に染まっていた。
「カワイいってイわれてテれてるのよね~でもそうちゃんのかわいいはムネのオオきさでイってるのよ~カンチガいしないでね~」
有頂天になりかけていたノノに冷水を浴びせるようサキが呟く。
「あん!?」
「そ、そんなことないって。ホントに可愛いよ、言葉遣いがあれだけど」
緊張感のない顔ですごんでいるノノをなだめるように蒼太が可愛いのおかわりを彼女に投げつけた。
これほどまでに言葉の力は過ぎるのかと改めて思い知るぐらいに如実に顔に出るノノの反応。
「うニャー、柄にもニャくノノが照れてるニャ~ニャハハ」
ピョコピョコと跳ねながらミオがノノを揶揄い始めた。
普段ならその体躯を生かしてすぐさま捕まえてしまうだろうが今のノノではミオの素早さに太刀打ちできるものではなさそうだ。
なにかしらの制限でもかかっているかと思うぐらいにノノの動きは鈍重だった。
「だ、だまれ!それ以上笑うとひしゃげるぞ!」
素早く距離を開けるミオに追いつけないノノ。
往来の注目を集める状態になり蒼太は気恥ずかしくなり二人の仲裁に入ることにした。
「喧嘩するなって!」
「お前が原因だろうがっ!このぉ」
雄たけびと同時にノノの重い一撃が蒼太の脇腹めがけて放たれていた。
力に関してはたとえ姿が変わっていてもなまくらにはなっていなかった。
【タイムストップ】
咄嗟の判断で蒼太はセットしていたスキルを使用してしまった。
何度も経験したことのある空気の停滞感が漂うと同時に、先ほどまでの喧騒が途切れこの世界が独占状態に入ったことを認知する。
まさに紙一重でノノの拳が服の表面に触れる直前で止まっている。
「やばっ…思わず使ってしまったけど…これってイマリやミライに怒られるやつかも…後のことは後に考えるか」
もし彼女たちが何か慣性が働く動きや乗り物に乗っていた場合を考えると、冷や汗が湧き出るのを感じてしまった。
イマリも恐れていた姉の存在、特にタイムストップを使用するのはISKが営業中と限られていると聞かされているだけに蒼太の心配は膨らむばかりだ。
極力停止時間を短くするために彼はノノから少し離れたところに移動してスキルによる停止を終わらせることにする。
【動け】
蒼太が念じた次の瞬間再び時間が流れ出し、ノノの拳が空を切った。
「んがっ!?」
対象物が無くなったことで本来ならそこで止まるべき拳が流れてしまいノノはバランスを崩しながらその場で尻餅をついてしまう。
本来のノノからは想像できない程今の彼女のドジっぷりに噴出して笑いそうになる蒼太は大きな口を開けて必死にそれをこらえることにした。
「悪気があってじゃないから許してくれよ」
笑いの波が治まると同時にノノに謝罪の言葉を告げる。
いったい何が起こったか分からないノノは蒼太を睨みつけながら首を傾げていた。
「な、なんだこいつ?」
理解不能に陥ってるノノに先が助け舟を出す。
「そうちゃんはイロんなスキルツカえるのよ~きっとジカンをトめたのね~イマちゃんのやつで~」
「そんニャことできるニャ?」
ミオもそれは初耳だったらしく、目を真ん丸にしてキラキラと好奇心を前面に打ち出しながら蒼太を見つめていた。
「う、うん。出来るようになったし…疲れも大丈夫だな」
アレテイアでもなくISKでもなく外でスキルを行使したのは初めての事。




