第15話-2/8
突っかかるような物言いをするマサキに売り言葉に買い言葉でついつい返事も荒い物になってしまっていたが、出方によっては蒼太もそのような返しはしないだろう。
「マサキ次第じゃないかな?どちらかというと俺が嫌われている感じがするけど…」
「…うん、マサキも『オレはあいつが嫌いだ』って言ってたけど」
「だよね?俺を説得するよりマサキにお願いした方が良いんじゃない?俺はキャストとは揉めたくないし、話が合わないとかあっても嫌いにはならないよ」
マサキの態度を見ればはっきりと分かることだった。
何が原因でマサキに嫌われているのかは分からないが、初対面の時からすでに嫌悪感を露骨に出していた感じは否めなかった。
どこかの誰かが変な噂を流しているとしてもそれが誰なのか見当もつかない。
「そうよね~、何か良い方法はないかしら?」
やっぱり蒼太に頼むのは見当違いだったかとミアは首を傾げ、こめかみに指をあてて考えこんでしまった。
考えても考えても出てこない答えにしびれを切らした蒼太が彼女の気苦労を軽くするための言葉を選ぶことにした。
「すぐには無理だとしても俺も善処するし、時間をかけて仲良くなるようにはしてみるから」
「ありがと、そうちゃん」
ころりと笑ってミアは笑顔を零す。
胸の下で腕を組んでいた為、笑顔だけでなくたわわに実った胸も羽根の下着から零れ落ちそうになっている。
思わずそれに視線が釘付けになるが横から感じるルカの視線に慌てて明後日の方向に目線を逸らしてミアに問いかける。
「そのマサキは今日は…ホールかな?」
毎日の仕事でキャストの出勤には目を通している蒼太だが、個々の名前まで確認はしていなかった。
出勤チェックが漏れている場合はその相手と若干のやり取りはあるが、チェック漏れが発生するのは一部のキャストに限られつつあった。
連絡を入れるだけでメッセージを送ることも減り、ましてや部屋まで確認するようなことはツバキの一件を除いては皆無である。
注意深く出勤リストを確認すればマサキが今日出勤しているかどうかは把握しているはずだが…
「ううん、今日はお休み。早速気を遣おうとしてくれてありがとうね!それじゃ、みあはホールに戻るね」
軽く首を振ってマサキが居ないことを伝えると、ミアは踵を返して洗い場からホールへつながる扉へと向かって行った。
「頑張ってね!」「楽しんできてネー♪」
その背中にエールを送る蒼太とルカ。
ミアが居なくなった洗い場はまた静まり返ってしまったが、まだ時間が早いこともあって洗い物が新たに増えることもなかった。
ほどなくして暇を持て余したルカは隣に佇む蒼太に声をかける。
「そうちゃ、気を使わなくてもここもあたし一人で大丈夫ヨン」
「本当のことを言うと俺も仕事が無くて…あはは」
正直なところISKで蒼太を必要とする仕事はほとんどなかった。
エントランスでファナーの受付は月姫が、ステージのMCなど目立つ仕事は彼には向いていない。
配膳や音響などどれも人員的には足りており、油を売るのが関の山だろう。
「それなら部屋に帰って休めばいいのニ」
ごもっともなことを言うルカ。
だがそれもできない理由が蒼太にはあった。
自身が異住人と一緒に居たいという気持ちもあるが、今日に限っては他の事が優先されていた。
「セシルと約束があってさ、3日間は彼女の身の回りの世話っていうか近くにいるようにってことで」
「それならせしるちゃの近くに居なくてだいじょうブ?」
色々核心を突いてくる鋭いルカだが、蒼太を追っ払おうとしてるのではなく心配して言ってくれてることなのだ。
「そう、それなんだよ。セシルが急遽ホールに来るのをボイコットしちゃって…」
ここに居る一番の原因がそれだった。
本来なら昨日と同じようにアプリの実用化に向けてディスカッションをしたかったところだが、肝心の相手が来れなくなってしまったのだ。
「あらあら、踏んだり蹴ったりだネェ」
肩を落とす蒼太に、ルカが優しく手を置いてポンポンと叩きながら励ましの言葉をかけた。
かと言ってもいつまでもここで油を売っていても仕方ないと、蒼太はルカに別れを告げここを後にしようとしたとき、ホールへつながる扉が開かれ来訪者が現れる。
「蒼太さん、ここにいらしたのですね」
優しい物言いで入ってきたのは朝一緒にアレテイアの仕事を手伝ってくれたユカだ。
滅多と現れないキャストの来訪にルカのテンションが少し上がる。
「ゆかちゃ、今日は来客が多い日ネ」
名前を呼ばれた通り、彼女は蒼太を探していたのだろう。
とは言え蒼太はユカに何か用事を言われていたわけでもない。
「どうしたの?ユカさん」
彼女は腰のポーチからスマホを取り出し、言葉を続けた。
「星詩留さんからVINEでメッセージが届いているはずですが…それを見るように伝えて欲しいと連絡が入ったので」
コンセプトデーにちなんでユカもミアのように天使を彷彿とさせる衣装を身に着けていたが、比較的露出は少なくいつものドレスに装飾品が何点かつけられた簡易的なコスプレのようだった。
「え?あぁ、見てなかった。ごめん」
慌てて蒼太も仕事用のスマホを取り出しVINEを確認する。
ユカの言う通りセシルから新しいメッセージが届いているのが表示されている。
「…えっと、今日ユカに教わったようにISKでもマナを意識してスキルを使って疲労度合いを連絡したまえ…か」
未読状態だと分かるなら何か連絡くれれば良いのにと心の中で愚痴をこぼしながら、そのメッセージに対して了解とスタンプで返しておく。
「そうですね、今朝やったみたいに意識的にマナを取り込めばここでも少しは疲労度が軽減されると思います、やってみますか?」
同じ内容はユカも伝わっていたようで、既読にならなかったことに痺れを切らしセシルからの捜索を彼女が請け負ったのだろう。
蒼太は洗い場を見渡し広さを確認する。
狭いとも言わないが10畳程度のスペースに食器棚、シンクと圧迫している感じは否めない。
「邪魔にならないかな?」
洗い終えた食器はすでに棚に収まっており、多少の動いたところで壊れるようなものは周囲には散見できなかった。
「暴れたり走りまわったりしないなら大丈夫ヨン」
何が始まるのかと期待に胸を膨らますルカ。
今はここの主である彼女の承諾を得れたようなので蒼太は手に持っていたスマホを操作し始めることにした。
「そっか、お言葉に甘えて…アプリを起動と…」
スキリングを開き、今の状態を確認する。
「今はタイムストップだから…ユカさんのトランスポートの方が何度か試せるから良いよね?」
昨日の疲労度合いから考えた蒼太の提案。
実際には消去法としてトランスポート以外の選択肢はなかった。
スキルの使用に関して供給者との距離が一定以上離れるとスキリングは作動しないシステムになっている。
今この場に居ないセシルのアナライズもイマリのタイムストップも使いたくても使えない状態だ。
「わたくしに聞かれても…でもタイムストップだと悪戯されるのでトランスポートの方が安全だと思いまいます」
違う意味で自身のスキルであるトランスポートを勧めるユカ。
「あはは…反論できないや。でも止まってる間に悪戯したってばれるなら悪戯も出来ないよね」
「する必要はありません。むしろ悪戯しないで下さい」
あははと乾いた笑いを浮かべる蒼太にぴしゃりとユカは少し強めに忠告を飛ばした。
万が一備えてかユカは腕を組むのではなくまるで胸を隠すように手を交差して身構えていた。
「じゃあ、ユカさんの…」
蒼太は呟きながらスマホを操作して、使用スキルの変更を行っていく。
「はぅん♡」
突然艶めいた声を上げたユカに隣に居るルカが目を見開いて驚いた。
「どうしたノ?ゆかちゃ?」
「こほん…アプリの仕様で変な声を出さないといけないことになってぇ、ふわぁ♡」
咳ばらいをして、ユカは照れながらルカの質問に答えた直後、今度は身を捩らせながら色っぽい声を上げた。
その様子に蒼太はユカを一瞥しすぐさま謝罪の言葉を述べた。
「ご、ごめんなさい、なんか申し訳ないです。でもこれで設定完了したから」
画面表示は切り替えに成功し、現在セットされたスキルがトランスポートを表示をしている。
「では朝と同じイメージをしてみて下さい」
少し乱れた衣装を直しながらユカは冷静に蒼太に告げる。
ほのかに頬が赤いのはアプリの仕様による影響を受けたからだろう。
蒼太は少し大げさに深呼吸を始めた。
2度、3度繰り返し、目を瞑りながらアレテイアでのイメージを再び頭の中に思い描く。
今のところマナが体に満ちる様子を体感できていなかったが、その面影をおぼろげながらも想像することはできていた。
「…こうだね」
肺に十分すぎる程満ちた酸素をマナに置き換え、フッと勢いよく吐き出すと共にスキルの使用を試みた。
次の瞬間蒼太の身体が一瞬にして今まで居た場所から前方の壁間際まで移動する。




