第13話-12/13
スキルは個人を特定し仕掛けることが多い。
蒼太はまだ詳しい説明を受けていなかったがそのタイミングで抵抗の意志を表示すれば相手の力量によっては差が生じ効果を無効化することが出来る。
回復スキルや回復魔法と言われる被験者にとってマイナスが無いものもあるが、睡眠を与えたり、魅了したりする類のスキルは被験者にとってマイナスを生じることが多い。
これらは生まれ持った体質的な問題で抵抗反応を示すことで効果を無効化する場面が多く存在する。
病気にかかりやすい、かかりにくいに近いものがありこれらをスキルや魔法全般に対しての抵抗と総称していた。
「どういう状態?」
話がかみ合わないユカをよそに、蒼太はセシルに問いかけることにした。
彼女ならまだまともな回答をしてくれるだろうと期待して…
「アナライズで見てみれば分かるだろう」
セシルはセシルで彼には優しくなかった。
それでも方向を指し示してくれるのは助かるものだ。
「言われなくても…」
蒼太は言われてすぐに手に持っていたスマホを再び操作し、セシルのスキル【アナライズ】に切り替えることにした。
「そういえばセシルはユカさんみたいにアプリの影響で変な声を出したりしないよね」
スキルを切り替えながら画面をタップしたタイミングで蒼太はセシルに問いかけた。
「うむ、かなり我慢しておる。どこかのお嬢様と違って濫りに喘ぎ声を漏らしたりは…な?」
どうやら開発した本人の特権で~と言うわけではなく、彼女もユカと変わらずその影響は受けているようだった。
おそらくユカと比べると敏感ではないのだろう。
「えっと、アナライズを…」
【アナライズ】➡セシル
幸いにもセシルは先ほどユカが行ったように抵抗の意志は示さなかった。
アナライズは昨日も何度か使ったことがあり調査するにはとても有用性の高いものだった。
決まった項目だけチェックするのではなく使用者が気になるものを確実に調べてくれる。
(俺への印象…)
蒼太は何が起こっているのか、彼女の心象がどうなっているのかを調べる対象に選びそれを行使する。
セシルの蒼太への印象:寵愛➡嫉妬
「いや…おかしいって、これはスキリングをすぐにやめて他のアプローチを考えた方が良いんじゃないか?」
ただならぬ表示に蒼太は根を上げるように言った。
変化前の寵愛という感情も気になったが、嫉妬という感情が芽生えているのがすでにおかしいとしか思えない。
「アプリが影響しているかも知れない可能性があるとは言ったが必ずしもではない、データを取るべきだと思うが」
いつも通りにセシルは告げる。
確かに彼女の感情を覗いていなければ外面では分からないが、何を思っているか知ってしまってはその言葉にも重みが感じ取れなかった。
「今の状態ではアプリなのか唾液なのか判別できてませんからね、明日ムーンさんもアプリを使ってみればわたくしたちの心象の変化で答えは出るかもしれませんよ」
とセシルの言葉に続くユカ。
蒼太の意見は全く聞き入れられず二人は結論に結び付けた。
「ということで明日まではこの状態をキープということだな、良いな、蒼太」
「良くも悪くも、いや悪いけどさ。三人がそう言ってるなら…くれぐれも俺やかぐに危害を加えないようにしてくれよ?」
これ以上抗ったとて状況の改善が見られる様子もなくしぶしぶ妥協せざるを得ず蒼太は保険を掛ける。
自分だけならまだしも今の状態では月姫にも迷惑が掛かってしまう可能性が高いと判断したようだ。
丁度会話が途切れたタイミングで頃合い良しと思ったイマリがその場で立ち上がり開手を打った。
「じゃあ難しい話はおしまいね!また明日だね、そうた行こう♪」
「ちょっ、本当にこれで良いの?まじで!」
やや強引すぎる展開に蒼太は眉をしかめながらイマリを見上げた。…はずだったが、その彼女は今は目の前に居る。
「移動に時間をかけるのはもったいないからね♪行こう、そうた」
屈託のない笑顔を浮かべると彼女は蒼太の手を引き、立ち上がらせる。
再三経験した蒼太は空気の質感、耳に感じる音、独特の肌に伝わる感覚から停止世界の中に居ると勘づいた。
案の定、セシルとユカは流れない時間の中に身を置いている様子で呼吸すらしていないのが見て取れた。
「行くってどこに?」
言って聞かない相手に何度言葉を巧みに説得したところで無駄だと蒼太はあきらめ彼女の行動に従うことにする。
玄関で靴を履き、イマリに手を繋がれたまま蒼太はその後を追う形で速度を合わせながら着いていく。
「むぅんの所、シットの解消とげーいんついきゅー」
二人は廊下を駆け、階段をゆっくりと下りていく。
階段を降りきったところで蒼太は保険を掛けるために彼女に一言申し出た。
「…事を荒立てないで下さいよ、イマリさんってつかみどころないんですから」
すると前を歩いていたイマリの足が何の前触れもなく止まり、勢いづいていた蒼太は彼女の背中にぶつかってしまった。
「そのイマリさんって何とかならない?あたしはそうたって呼んでるのに、さんがつくと他人行儀だからさっ」
蒼太は性格柄、相手に敬称を付けて呼ぶ癖は着いていない。
目上や年上、それなりの風格を持った相手には敬称を付けるのが常と思ってはいる。
明らかに年下の相手であったり、外見上比較的背の低い相手には最初から呼び捨てで呼ぶことの方が多い。
慣れ親しんだ相手も同様に呼び捨てに変わることが多いが、いまだにサキやユカにはさん付けで呼ぶ癖がついてしまっている。
タイミングこそ分からないが相手がそれを望んでいるなら応じる方が楽だと思ってはいた。
「分かった、今からイマリって呼ぶよ」
「良い心がけ」
蒼太の返事にイマリは軽くステップを踏むと上機嫌に戻り、再び廊下を闊歩し始める。
手は繋がれたまま蒼太もそれに倣う。
「それよりイマリ。タイムストップって止めた人が動けと念じなければ時間は止まったまま?」
シェアしてもらっているスキルに言及する蒼太。
詳細を確認しておかなければ先ほどの様な緊急事態が起きた時に対処が出来なくなってしまう。
イマリが時間を止めた世界で万が一彼女が命を落とすことがあればこの世界は止まったままになってしまう。
もしかすれば彼女が絶命することでスキルの効果が切れ、動き出す可能性もあるがただの空想でしか過ぎない危険すぎる方法だ。
「そんなことないよ?魔力が関係するとは思うけど」
「魔力?」
聞き慣れない単語を反芻する蒼太。
「うん、あたしが時間を止めると、かこは動かせないけど、みらいは動かせるから」
その意味を知っている前提でイマリがなぞかけの様な台詞を発した。
時間停止の話をしているのに過去や未来の関係が分からない。
「過去?未来?どういうこと?」
首を捻る蒼太にイマリは歩くスピードを落とすと、彼に振り返り分かりやすく説明するために足を止めた。
「ううん、花恋が妹で、心蕾は姉。あたし達三姉妹…三つ子だから」
言われて蒼太は昨日のISKでやった鬼ごっこの事を思い出す。
「あぁ、昨日そっくりな子を間違って捕まえてしまったよ…それでか」
後ろから見て似ていたというものではなく、正面を見てもイマリとしか見えなかった接客をしていた女性。
姉か妹かさえ覚えていなかったが確かに酷似した姉妹のどちらかがいたことは間違いなかった。
その時に名前を名乗ってはいたが当然蒼太が覚えていることはない。
「滅多と一緒にほぉるには居ないけど、昨日はかこが居たからね、絶対間違うと思ってたもん」
その通りまんまとその罠にかかった蒼太。
「イマリも結構意地悪だね」
マウントを取ってくるような彼女の言いぶりに蒼太は少し皮肉を込めて言い返す。
「そんなことないよ?わがままなだけ」
あえて否定しながらイマリは自身の事をわがままと表現した。
確かに蒼太が知るキャストの中でもイマリはその部類に入るだろう。
扱いにくい、付き合いづらい相手だが、なぜかイマリは他のキャストと比べ押しが強すぎるぐらい蒼太に関与してこようとする。
彼女なりの愛情表現だったが、拒絶しない蒼太に徐々にその行為もエスカレートしていくようだった。
「じゃあ俺が止めた時間はイマリが動かせて、イマリが止めた時間を俺が動かせなかったのは俺の方が魔力ってのが低かったってこと?」
「よくできました。きっとあたしの方がそうたより魔力が高いんだね」
魔力が根本なんなのか分かっていないが、彼女たちの言うマナと同様何等かの具体的な指数があるのだろうと蒼太は考えを巡らせた。
ただ知的なセシルにはまだしも、どうしても利口に見えないイマリに劣っているのがあるのが腑に落ちなかった。




