第13話-1/13
翌日、蒼太は清々しい朝を迎えることが出来た。
久しぶりのと言っても一日ぶりだが、十分な睡眠をとることで徹夜明けかつスキリングで疲弊しきった体には充分な英気が戻ってきたのだった。
支度を整えISKに向かうとゲートを通り、一目散にアレテイアへと向かう。
異住人が使えるスキルという特殊な技能を自身も使うことが出来たのが夢でなかったのがとてもうれしく、その足取りはとても軽く感じていた。
ゲートを抜けて扉を開ければそこはすでに異住人キャスト達の住んでいるアレテイアと呼ばれる居住区だ。
いつもなら一人で宅配物の転送業務をこなし、決められた仕事を順序通りに熟していくが、この日は少し違っていた。
前の日の約束通り彼女はすでにここに居た。
「おはようございます」
凛と咲く一輪の百合のように姿勢よく直立しているユカ。
彼女は蒼太の顔を見るなり柔らかな笑みを浮かべ、頭を下げる。
「おはようございます、早いですねユカさん」
待ち合わせの予定時間よりはかなり早い時間。
なぜなら蒼太は転送業務が終了するだろう午前9時頃に来てもらう様にユカには伝えていたが、今はまだ午前8時になったばかりだ。
約束の時間に遅れないように5分、10分早く来るのは分からないでもないが、さすがに1時間も前に待ち合わせ場所で待機するのは早すぎるだろう。
「えぇ、心待…殿方をお待たせするのは忍びないので」
笑顔と同じぐらい優しい声で呟くユカ。
「そんなかしこまらなくても、でもすみません、せっかく待っていただいたのに先に済ます仕事があって、そっちを片付けてからでも良いですか?」
他人行儀な彼女に蒼太は一礼すると、彼女の後方に山積みになっている宅配物の方へと歩いて行った。
昨日この仕事のことは伝えていなかった。
「もちろんです、そのお仕事もお手伝いいたしますよ」
横を通り過ぎた蒼太の後ろを付いて回るように彼女が協力を申し出、仕分け始めようとする蒼太に倣って荷物に目を通す。
「そこまでしてもらうと気を使うから、適当に休んでてくださいよ」
あくまで彼女にお願いしたのはスキリングを使う場面になってからで、これらの仕事はスキルも関係なければキャストに手伝ってもらうのは筋違いだとそれを丁重に断ろうとする蒼太。
「構いませんよ、それにわたくしはお手伝いするのが好きですから」
だがユカは蒼太の言葉に甘えることなく、山積みになって崩れている荷物から先に手に取り、転送装置の方へと運び出した。
蒼太からの指示が無くても勝手に作業を始めている所を見ればこれが初めてでないことが分かった。
「良いんですか?ではお願いしますね」
そこまでの相手にこれ以上助力を拒む必要も無いだろうと蒼太はユカの申し出を受け入れることにした。
「こちらこそ、いつもムーンさんや蒼太さんには感謝していますから、きっとここのみなさんも同じ気持ちですよ」
ユカは胸の前で手を合わせて、まるで拝んでいるかのように蒼太に微笑みながら言葉を落した。
「そう言ってもらえると俄然やる気がでますね」
普段耳にしない住人の声に蒼太は嬉しくなり、右腕でガッツポーズを作って見せた。
その様にユカはフフと軽く笑いを零し、微笑ましく見守った。
「いつもしてることですが、ここにある荷物を若い順にある程度並べて、同じ部屋番号はまとめて送るようにしています、二人で手分けしてやりましょうか」
アレテイアの居住区はA~Gまでの棟に分かれており、いつも番号の若い順から転送に移る様に作業を進めていた蒼太。
ユカにもその情報を共有しまずは100番台までの部屋の荷物から転送台の前に運ぶことにしていた。
その指示を受け、無差別に崩れた荷物や手前から荷物を運んでいたものを一度この場で整理し、番号を確認してから運ぶようにする。
勝手が分かれば人手が多い分、作業が早く進んでいった。
蒼太は気を使い極力彼女には軽い荷物を優先的に運んでもらい、転送時には部屋番号の確認をするのにダブルチェックを行う様にしていた。
その分時間を取ってはしまうが、間違いがないのが最良と言えるだろう。
普段と変わらない荷物の量だが、一人で作業するのとは違い話しながら進めているうちにいつの間にか終わっていた感覚を覚えた。
「思った以上に早く終わりました、ユカさんは手際良いですね」
掌を叩きながら蒼太は彼女に告げる。
「足手まといにならなくて良かったです」
ユカは謙虚にそう答えた。
「足手まといだなんて…ユカさんみたいな美人さんと一緒に仕事出来て嬉しい限りですよ」
雑談しながらと言っても騒がしかったりうるさかったりすることなく、蒼太の話を良く聞き入れ肯定的な意見で応えてくれるユカに饒舌になっていた彼。
ユカは聞き上手であり、お世辞など言うタイプではないが、人受けが良い印象を受けた。
「その台詞は危険ですよ?ムーンさんが聞いたら嫉妬しますし、翼姫さんが聞いたら好感度下がりますし…」
先ほどまで穏やかだった表情のユカが少し怒ったように蒼太の言葉に言い返してきた。
彼女は蒼太ににじり寄り、人差し指と立てて忠告とばかりにその指を振った。
「そ、そうですね。気をつけます」
悪乗りしてしまったかなと反省する蒼太だが、彼女の歩みは止まらない。
間近まで接近しながら彼女はその立てた人差し指を蒼太の鎖骨辺りにあてがい、もじもじとそこに円を描く。
「わたくしが聞いたら誘惑しちゃいますよ?」
「あはは、そうですね…ってユカさん本人が聞いてますよね?」
少し茶目っ気のある彼女の振る舞いに蒼太も合わせるように冗談で返す。
「うふふ♡」
人差し指が円を描く動きはいまだに止まらない。
不敵な笑みを浮かべつつ彼女の視線は蒼太を見つめていた。
「そこは冗談とかいうところですよ、あはは」
円運動を辞めさせるように蒼太の手が彼女の指を掴むと、今度はユカの左手が蒼太の手に添えられる。
彼女はそのまま腰をグイっと近づけ、二人の身体が密着した。
「うふふ♡」
ユカの虹彩がハートを描き、魅入るように蒼太を見つめて来る。
「も、もしかしてユカさん誘惑はじめちゃってます?」
慌てて蒼太も何か対処法を模索するが突然のことで気が動転して正常な判断が出来ずにいた。
「えぇ、そのつもりでしたが…お気に召されませんでした?」
尚も積極的にユカは蒼太に迫りつつあった。
いや、むしろ蒼太にとってはまたとないチャンスともいえる。
この時間帯にこの場所に他に来る人物などいないだろう。
柔らかいベッドも無ければムードの欠片もないこの場所だが情事に至ってしまっても誰に見つかることもないかもしれない。
「え?そ、その…誘いにのっちゃっても良いんですか?」
密着した状態で蒼太の言葉にユカは小さくコクリと頷いた。
その合図と同時に彼女の陶器のように白い肌を眺めていた蒼太の喉もごくりと上下に動いた。
そして彼女の腰に手を廻し抱き寄せると、男は唇を重ねようとゆっくりと顔を近づけた。
ユカも目を閉じ、それに応じようとあごを上げ、受け入れる体勢を整える。
「だめよ~まだおシゴトおわってないんですもの~」
唇が重なる直前で二人の側面から呆れた女性の声が聞こえてくる。
「げっ!サキさん!」
その姿を見なくとも声の主が誰か分かった蒼太。
いつものビキニのような衣装で彼女は足を組んで寛ぐような姿勢で空中に浮かびながら横になっていた。
二人の視線が自分に注がれると、上体を起こしその場で地面に着地する。
「ユカがオソわれるならまだワかるけど~、ユカがサソってどうするのよ~」
呆れかえったようにジェスチャーをしながら二人の元へと一歩、一歩、歩み寄ってくる。
「す、すみません…ちょっと…最近ご無沙汰で…」
照れるようにユカは俯き加減に視線を逸らしながら自ら蒼太の身体から離れていく。
「こーちゃんまたタイチョウワルいの?」
サキはユカのマイファナーの名前を出し、問いかける。
ユカのマイファナーも二桁は居るが、その中でも彼は特別な存在であることをサキも知っている。
この二人が親友になるきっかけになった人物でもあるからだ。
「今出張中なので…」
サキの言葉にユカは頭を左右に振り、否定をしながら本当のことを打ち明ける。
サキは軽くドンマイと言いながら彼女の肩に手を置き励ましていた。
そんな二人に放っておかれた蒼太が彼女の来訪に理由を求めた。
「サキさんどうしてここに?」
「え~キョウナニかをタメすから~ってキいてたし~、フタリだとアブないとオモってカンシにキたらアンのジョウなのよね~」
毛先を指でくるくると遊びながらサキが口を尖らせながら蒼太に応えた。




