第12話-5/8
両肩がずっしりと重く、膝にくる負担をこらえながらせしるの元へ歩み寄った。
そして彼女の肩に手を置きながらかろうじて直立状態を維持している。
「おい、いつまでばてておる?」
「結構きついんだよ?これ」
そう言ったものの、その感覚はセシルにもイマリにも伝わるものではないようだ。
かろうじてセシルはそうなるであろうと予想していたが実感しなければこの感覚は伝わらない。
「その内慣れるだろう、それよりスキリングを進めるぞ」
蒼太は人の気も知らないでと内心思ったものの、流れを任せておけば後はスマホを操作するだけなのでセシルに主導権を任せることにした。
「あたしはどうすればいいの?」
初体験のイマリは問う。
「スキルを使う時のイメージをして、それを相手に手渡しするのを想像してみればよい」
目を閉じ、両手を胸の前で合わせて意識を集中し始めるイマリ。
「こんな感じ?」
その集中に合わせて光を纏ったり、髪が逆立ったりすることはなくただ黙祷している彼女。
それを傍観していた蒼太にセシルが言葉を投げかける。
「蒼太も操作を進めて」
慌ててスマホのアプリを起動し、イマリを対象にスキルの共有を進めていく。
彼女のスキル名が英語で表示され、それを読み上げる蒼太。
「えっと…イマリさんのスキルは..これ?タイムストップ!?」
蒼太は自分の想像を超える強力なスキルに思わず大きな声を出した。
直訳してもその言葉の意味を分からない者は居ないぐらい単純明快なスキル名。
「そうよ、時間を止めることができるの」
自信たっぷりにイマリは胸を張って答えた。
「だから逃げられたり、目の前から姿を消したりできたのか」
鬼ごっこで起こった不思議な現象はこのスキルを持っていれば全て合点がいった。
彼女は一人、時間の止まった世界で蒼太から逃げ続けていたのだ。
「あら、秘密知られちゃったぁ」
恥ずかしがるように顔を手で覆うイマリ。
信じがたいことだが実際に使われた蒼太はそれを使ってみたい衝動に駆られてしまう。
「一度試してみてもいい?」
「体力は持つのか?」
忠告するセシルに蒼太は一気に不安に駆られた。
トランスポートの身体の負担を考えればどれほどの疲労が襲ってくるか想像すらできない。
ただ前例もなければ、ここで試しておかなければ宝の持ち腐れになりかねないだろう。
「うん、なんとか…かな?試してみたいし、セシルとしてもデータが必要なんだよね?」
もしものことがあるかもしれないが、さすがに命までは落すまいと蒼太はセシルの顔を見つめた。
だが彼の思惑とセシルの感じ取ったものは全く違っていた。
「よからぬことを考えてはおらんだろうな?」
時間を止められるということは抵抗も出来ない状態なのはセシルも百も承知だ。
ましてや相手があの蒼太と来ているから油断はできない。
「ま、まさか。そんなこと考えてはないってば」
動揺する蒼太。
それこそセシルに言われるまでこれっぽちも思っていなかったが、時間を止めるということは無抵抗な相手に一方的にやりたい放題やれるということだ。
「…どうだか」
不信感がぬぐえないセシルは目を細めて蒼太の思惑を勘繰っていた。
あまり話をこじれさせて千載一遇のチャンスを棒に振りたくない蒼太は急いでスキルの使用を考える。
「じゃ、スキリングでこの135~ってのがイマリさんだね、タップして、タイムストップを選択と」
流石に何度もやってきた彼は慣れた手つきで現在のスキル【トランスポート】からイマリのスキルである【タイムストップ】へと移管させる。
丁度蒼太がタップするタイミングで…
「はぅん♡」
イマリが艶っぽい声を漏らした。
「え?」
一瞬戸惑う蒼太だが、ユカの事を思い出しイマリも同種なのだと結論付ける。
「一度目は声我慢できたけど、絶妙に声が出ちゃう触り方してくるね、そうたってば」
「そ、それはこのアプリが…じゃあ試してみるね」
どこをどう触られているのか気に放ったが痴漢冤罪だけは勘弁してほしいと思いながら自身が触れているのではなくアプリの仕様とイマリには説明を入れておく。
【タイムストップ】
急ぎ気味に蒼太はアプリからスキルを起動させた。
と同時に使い方の詳細を聞くのを忘れてたと痛恨の極みを思い知る。
「本当に止まってる?」
空気の流れが止まり無音の中に蒼太は陥った。
誰もがマネキンのように身動き一つしていない。
周囲を見渡せば液体でさえも、躍動感を残しながらも静止している。
目の前のセシルもイマリでさえも動いている感じがしない。
「おーい、セシル?」
セシルの眼前に手を広げてそれを振ってみる。
普通なら反射で目を閉じてしまうところだが、本当に時が止まってしまったように彼女は身動きどころか瞬き一つしなかった。
隣のイマリも蒼太がスキルを使った瞬間の状態で止まっている。
「イマリさんも…」
やってはいけないことぐらい蒼太も分かっている。
分かっていながらも男の誰しも時が止まればやってみたいことは同じだろう。
蒼太はセシルと約束していたもののそれがばれることがないだろうと思い、欲望のままイマリの胸へと手を伸ばした。
彼の手には少し余るぐらいのふくよかな胸を鷲掴みにしようとしたところで手首を掴まれてしまう。
「ほら、やっぱり。男の人って絶対エッチなことするよね」
心臓が口から飛び出るほど驚いた蒼太は声の主を見つめた。
他でもないイマリだ。
「え?イマリさん!?どうして」
周囲は静かなままということは時間が動き出したわけではないことを悟る。
「だってあたしは時を司ってるし、あたしたちにそのスキルは利かないわよ?」
至極当たり前とイマリは鼻を鳴らす。
しかしながら先ほどまで彼女は身動き一つしていなかったことを蒼太は指摘する。
「さっきまで止まって…」
「た振りね、止まったふり。現に今はあたし達以外は時間が止まってるわよ」
しまったと思ったところで手遅れだった。
まさに今痴漢の現行犯逮捕の現場そのものだった。
だがまだ触れていないといえば触れていない。
未遂で書類送検程度で済むかもしれない…などとくだらない考えと共に蒼太はもう一度周囲を見渡した。
「確かに、止まってるみたいだ」
手首を掴まれたまま蒼太は小さく呟いた。
「みたいじゃなくて、止まってるの。だからこんなことも出来ちゃうわよ?」
そういうとイマリは蒼太の手を離し、傍に居たセシルに近づくと彼女の衣服を脱がし始めた。
止まっている彼女は抵抗できないままあっという間に上半身裸に剥かれてしまう。
彼女の突拍子もない行動に蒼太は戸惑うことしかできなかった。
セシルのちっぱいが眼前に晒されるのを目を覆ってみないふりを演出する彼。
「って何してるんですか!イマリさん」
「動けって念じたら動き出すわよ?」
イマリは蒼太に向き直ると悪戯っぽく笑って見せる。
彼女が何を考えているか分からなくなり、慌てて蒼太はセシルの衣服を直そうと彼女をどかしセシルのはだけた衣服を着せようとした。
「ちゃんと直してからでないと」
簡単に見えて案外着衣が難しいセシルの衣服。
手間取る蒼太の耳に突然店の喧騒が戻ってくる。
すなわちそれは時間が動き出したことを意味していた。
絶妙なタイミングと言えるだろう。
蒼太はセシルの衣服を着せていたつもりだが、突然動き出した彼女にとっては明らかに蒼太が衣服を脱がせようとしているようにしか見えない。
「ば、馬鹿者!」
開口一番セシルは目の前の彼に怒鳴りつけた。
彼女にしては珍しい大声で…
すぐさまセシルは彼に背を向けると乱れた着衣を整え、再度振り返って言い訳を並べようとする蒼太の心配した。
「ち、違くて、これはイマリさんの悪戯で」
「そんなことはもう良い、それより大丈夫か?」
何が大丈夫なのか分からない蒼太は首を傾げ眉を顰める。
「なに…が?あれ?」
一瞬だった。
蒼太は目の前が歪み回りだすと視界が暗闇に覆われ同時に意識を失い、その場に力無く倒れ込んでいった。
慌てて抱き留めるセシルの声だけが彼の耳に残っていた。
「おい、蒼太!蒼…」




