第12話-4/8
彼女が嘘を言っている様子はなさそうだ。
「え…あ、ごめん、そんな感じ。その…お姉さんを見なかった?」
やはり人違いだったかと蒼太はすぐさま謝罪し、対戦相手のイマリの居場所を尋ねることにした。
話口調や雰囲気が全く違うことにカコとイマリが全くの別人であることに結論付ける蒼太。
だが見れば見るほど彼女はイマリそのものである。
「ご、ごめん。それとファナーさん、すみません。お楽しみの所申し訳なかったです」
蒼太は束縛していた腕を解くと、すぐさまぺこりと頭を下げ、その隣に座っていた中年のファナーにも頭を下げた。
「いやいや、かまわんよ。かこちゃんが私にハグしてくれれば…ね」
ファナーの男性が蒼太の無礼は咎めず、その見返りにカコに対してサービスを求めた。
「もぉ、浩二さんったらぁ」
嫌らしい意味はなく、カコも蒼太を責めることなく浩二と呼んだ相手にハグをし、何事もなかったように席に戻って話を続けることにした。
「し、失礼します!」
蒼太は深く一礼すると早々にそのテーブルを離れることにした。
確かに姉妹と聞いて連想するユカとユキの顔や雰囲気も似ていたことを思い出す。
慌てていたことと暗いこともありイマリとカコもそっくりに見えたが落ち着いてみればそれほど似ていないのかもしれないと思いながら
蒼太は引き続き周囲の捜索に取り掛かることにした。
ホールではイマリの姿は見当たらない。
5分と限られた時間の中、先ほどのタイムロスを惜しみながら早足で厨房、ステージの袖、そしてイベントの合間の控えで準備をしている
練を見つけ彼に問いかけたり、何人かのキャストにもイマリの居場所を尋ねたりと、なりふり構わず彼女を探し続けた。
練には「おにごっこ?あの伊まっちと?無理無理捕まえられるわけないじゃないか」と言われる始末。
「どこにいった?後頼りになるのは…、かぐに聞いてみるか…」
彼女がどんなスキルを使っているか分かっていれば少しは対策や居場所の予想をつけれたかもしれないがと悔やんだところでどうしようもなく、
蒼太は最後の頼みの綱である月姫に助力を求めるべくエントランスへと向かった。
ホールとエントランスを繋ぐ扉を開けると、そこには月姫の他に目的であるイマリの姿があった。
「あっ!イマリさん!」
「うふふ♡よく分かったわね、でも残念ね~」
一瞬ほくそえむイマリ。
だがここまでくれば逃げ場所もない袋小路だ。
蒼太は追い詰めたことを確信し、一歩、また一歩とイマリとの間合いを詰めていく。
頭に残っている背後からという約束は最悪捕まえた後で彼女の背中に回れば言い逃れできるだろうと対策を練っていた。
「捕まえっ!」
後二歩というところまで近づいたところで、彼女の身体を捕縛しようと飛び掛かった。
「って、あれ?」
次の瞬間、腕の中に捉えているはずのイマリの姿が無かった。
いや、確かに今までそこに居たはずだと蒼太は辺りを見渡すが彼女の姿が見つけられない。
「なにしてるの?」
色んな意味を含め、月姫は彼に問いかけた。
「あ、ごめん、仕事中に…おにごっこを」
幸いエントランス内にファナーの姿はなく、月姫は腰に手を当ててやれやれと短い溜息を吐き出した。
「多少大目に見ますけど…ファナーさんやキャストさんに迷惑かけないで下さいね」
「もう遅いかも…」
一言だが余計なことを言ってしまう蒼太。
素直といえば聞こえは良いが言わなければ済む言葉を言ってしまうことで災いを招いてしまう彼のこれも悪い癖。
「え?」
反射的に蒼太の言葉に説明を求めてしまう月姫。
そんな彼女の気持ちを知ってか、蒼太はすぐさま踵を返すと再びホールに戻るべく駆けだした。
「ごめん、時間がないから。また後で怒られる時間作るから!」
言い訳にもならない言葉を残し彼はエントランスを出て行こうとする。
「そうちゃん!」
すぐその背中に月姫が名前を呼ぶ声がするが振り返ることなく蒼太はホールへと飛び込んだ。
左手のブッチを見やれば5分あったタイマーがすでに30秒を切ってしまっている。
「後30秒…どこだ?」
ホール内を見渡し、白いワンピースのキャストを見つけるため必死に目を凝らした。
先程イマリと間違えたカコも同じファナーの相手をしていることを視界にとらえることが出来た。
ここに来て入れ替わっていることなどないよなと一抹の不安を覚えたものの、それを試す時間の余裕は残っていない。
「…あそこか?」
ホールの隅で蒼太の姿を眺めているイマリが居た。
この際それがカコと入れ替わっていてもどうしようもないと思い蒼太はスマホを取り出し最終確認を行った。
「えっと、今のスキルは…」
今から走ったとしてもまた逃げられるし、すでに10秒を切った残り時間にあれこれ考えている暇はなかった。
「よし、イチかバチかだ!」
スキリングではユカのトランスポートが設定されており、距離、イメージ、全てクリアーして彼は瞬きをする。
一瞬の出来事だった。
「よし、つかま…」
イマリの真横、背後というには少し違ったが、それでも彼女の虚を突きその腕の中に彼女の身体を捉えることが出来た。
残りは3秒程度だろうと体内時計で判断する蒼太。
勝利を確信したのも一瞬、次の瞬間には腕の中にとらえていた筈のイマリの姿が無くなっていた。
「え?居ない!?」
間違いなく彼の腕には一瞬だが温かいものに触れた感触があった。
そう確かに感触はあったが、一瞬過ぎて余韻も残っていない。
それと同時にタイムリミットを告げるタイマーの終了を告げる電子音がブッチからなり始めた。
イマリの姿は周囲になく、彼女とゲームを始めた場所…セシルのすぐ隣にイマリの姿が見えた。
しぶしぶなり続けるタイマーの音を止め、蒼太は二人の元へと向かった。
声が届く範囲に来たところでイマリが悪戯っぽくそして挑発的に蒼太に勝利宣言を告げる。
「残念でした~あたしの勝ちだわね」
納得いかない彼女の発言に蒼太は食い下がることにした。
「確かに今捕まえたよね?俺の勝ちにはならない?」
かすったというレベルではなく、確かに彼女の肌を捉えた感覚はあった。
「あれ?あたし、捕まってないよ?」
彼女の言い分も間違いではないのだろう。
だからこうして彼女はここに居るのだから…
「イマリの負けじゃないかい、私も蒼太が一瞬捕まえたのを目にしたが」
唯一の味方であるセシルが彼女の勝利宣言に異を唱えた。
セシルが蒼太の肩を持ったのではなく彼女の目からしても明らかにその様子が見て取れたからだ。
「え~負けじゃないもん!」
駄々をこねるイマリに苦々しくセシルが告げる。
「お主のスキルなら捕まえたところで逃げられるだろう、それは卑怯というものだぞ」
「せしるも分かってて勝負させたんでしょ?」
未だに彼女のスキルが何か分からない蒼太は口を挟むのをためらった。
目の前から姿を消す=瞬間移動でだけではなく、透明になることだって考えられる。
しかし捕まえたはずのイマリが手ごたえなく消えてしまったのには合点がいかなかった。
透明になったとしても抵抗を感じたり、霧や水になってしまったとしてもその経過が見れそうなものだが、蒼太は皆目見当もつかない状態だった。
何より今蒼太が抱えるべき問題はそれだけでなく摩訶不思議な勢いで増幅する疲労感だった。
思わず近くの柱にもたれかかり対策として編み出した深呼吸を繰り返す。
そうすることで血液に酸素が回り、少しでも疲労を軽減できると思ったからだ。
「まぁな、それもそうだが、もちろん分かった上でそこでバテている蒼太に協力してやって欲しい、延いては私への協力にもなるのでな」
「仕方ないなぁ」
しぶしぶとばかりにイマリはセシルに同意を示す。
「そんなに大変なものじゃない、共有してもらうスキルは一つで構わない、少し体を触られる感じがするぐらいだから」
スキリングの共有方法を細かくイマリにレクチャーしながら、何度も深呼吸を続ける蒼太手招きをする。




