第12話-2/8
そうすることで彼女の近くに表示されていたホログラム式のウィンドウが無くなり、彼女に関するデータが見れなくなってしまう。
「先ほども使っていたセシルさんが開発したアプリですよね」
月姫の問いかけに蒼太は彼女に向き直ると軽くうなずき、言葉を続けた。
「うん、でもアナライズはそこまでの疲労感は感じないな、リカバリーやトランスポートはどっと疲れる感じがするけど」
彼の視線から月姫も先ほどまで分析されたデータが表示していないことを悟る。
別のウィンドウが表示されていることでちらちらとそちらに視線が映り、会話をしていると違和感がしていたことを思い出す。
上手く使えばデータを把握しながら会話もすることはできるだろうが、その事実を伝えない方が良いと月姫は思った。
彼がアナライズのスキルを使っているかどうか判別するための手段として心にしまっておくことにする。
「でも今の覗きスキルは印象が悪いですよ?あまり乱用はしない方が良いと思います」
それでもあえて釘を刺しておくことを忘れない。
「そっか…まぁ利用価値の高いトランスポートを設定させてもらっておこうかな、これでよしっと」
言いながら蒼太はスマホを操作し始め、今までと同じようにセシルのスキルからユカのスキルへと設定を変更した。
「また優雅さんが身悶えして変な声出してないか気になりますが…」
この場には居合わせないユカがホールで先ほどの様な状況に陥っていることを予想しながら月姫は零した。
彼女の予想通り、ホールを闊歩していた優雅艶めいた声を突然出したことに周囲のものが驚いたことは二人の耳には届かなかった。
「あはは、どうだろうね、ユカさんは敏感なのかもしれないね」
と笑いながら答える蒼太に反射的に月姫が大きな声で彼の名を呼んだ。
頬はほんのり赤くなっているが、顔は怒っているようだ。
「そうちゃん!」
「かぐが振ってきた話題だろ?目くじら立てないでくれよ」
「にしても今日のそうちゃんは鼻の下伸ばしすぎです」
怒っていると言っても月姫の表情は本気のそれではないことに蒼太も軽い気持ちで受け答えしていた。
緊張感がない表情なのはいつものことだが彼女の指摘通り、蒼太の鼻の下はこれ状ない程たるんでいた。
頭の中ではユカの悶える姿を想像してしまっていたのだろう。
「仕方ないよ、こんなに綺麗な女性達に囲まれてるんだから、そこは許してくれよ」
ほとんどのキャストはホールに行ってしまったが、ここに残っている数名はコールが入っているようでファナーの来店を待っているようだった。
その中にはミアの姿もあり、名指しではなかったが蒼太が言った綺麗な女性は彼女のことをさしているのはすぐにわかる。
月姫と戯れているうちにどうやらセシルはコールを入れていたファナーと一緒にホールに入ってしまったようでここには彼女の姿はなかった。
「知りません!」
「此処も落ち着いただろうし、ホールを手伝ってくるよ」
そっぽを向いてしまった月姫の背中に、蒼太は居なくなったセシルを探しにホールへ向かうことを告げた。
そんな彼に慌てて振り向く月姫。
「星詩留さんの付き添いがあるからラストまで認めますが、無理だけはしないで下さいね」
ついつい彼の浮ついた発言に怒気を孕んでしまうが、心の中ではいつも彼の身体の事を気にかけている。
「うん、ユカさんのスキルで疲れもなくなったし大丈夫だよ!」
「なら良いのですが…」
元気に笑顔を作って答える蒼太だが、彼女の眼には心なしか疲れがとり切れていない様子に見えて仕方なかった。
そんな彼の後姿を見送っているうちに、新しいファナーが店を訪れそれにせわしなく対応することになる月姫だった。
いつものようにホールではキャスト達が恒例の挨拶廻りをしていた。
ボックス席を指定していたファナーを除いて、その数は12人程度。
コール、いわば指名をしていたファナーが4人程度、彼らの隣には指名されたキャストが腰を下ろし、それを邪魔するかのようにフリーのキャストが挨拶をする。
常連さん、初見さんに構わずキャストは平等に挨拶に回っていた。
仲には蒼太が初めてこの店に来た時のようにコールしていないキャストがテーブルに居座るパターンもある。
アプリに好みのタイプを登録していれば上位に来るキャストが必然的に居座ることになるが、このアプリを開発したのも他ではないセシルである。
そのセシルも言っていた通りコールとして特定のファナーのテーブルに腰を下ろしたまま会話を楽しんでいた。
蒼太には縁の無い話で盛り上がっているのだろう。
そのファナーはテーブルにノート型パソコンを置き、彼女との話題のアイテムに用いているようだった。
蒼太がいる位置からすれば少し離れてはいるが、セシルが居るテーブルにユカが足を運んだのが見て取れた。
少し笑みが零れる会話をした後、ハグの挨拶を交わしてそこを離れていった。
セシルが解放されるまでおおよそ40分程度の時間があった。
コールと言っても料金が発生することもなく、その拘束力も高いものではなかった。
今のようにそのキャストに次のコールが入らなければ時間としては平均的には30分程度とされているが無制限で、
別のコールが入ってもキャスト次第ではしばらくテーブルに居座ることも自由である。
キャストを独占するにはチケットを使い、彼女たちの独占時間を購入する必要があった。
話しを終えたセシルが徒歩で蒼太の元へ向かい、彼が手持ち無沙汰に構えていた車椅子へと腰を下ろす。
彼女が居ない間は車椅子を相棒に蒼太はホール内のキャストの動きを傍観していた。
「何を考えておる?」
一仕事終えたセシルが遠くを見ている蒼太の様子を見て問いかけた。
「うん、他にもう一人スキリングしてもらえる人物を選べるって言ってたから誰にしようかと思って」
蒼太もたださぼっているのではなく、しっかりとスキルについて考えていたことを述べる。
今日まで異住人ことここのキャストと接してスキルの存在は漠然と捉えていたが、誰がどのようなスキルを所持しているかは分かっておらず、
感覚的に想定は出来るが、サキュバスやエルフ、エレメンタルにナーガなど種族を特定してもその能力は断定できていない。
直接本人に聞いてみるのも一つだろうが、聞くだけ聞いてそれをランク付けしてしまうのは失礼な気がするのも事実だった。
「よく知った人物かスキル重視で人選するか、だな」
セシルも蒼太と同じようにホール内のキャストを物色し始める。
「誰がどんなスキルを所持しているか知らないし…」
もちろんそれを識別するためにアナライズというスキルがあったが、その使用に関して蒼太には抵抗があった。
先の月姫の忠告だ。
彼女に言われて確かにと彼も思ってしまう覗き見的なスキル。
セシルたちが居る異世界では当たり前のことなのかもしれないが、この世界ではあまり好ましく思われないものだろう。
現に月姫は嫌悪感を示し、蒼太も人道的に少し後ろめたさを感じてしまう。
そんなことを考えているところへセシルが助け舟を出した。
「強力なスキルで見ればあそこにいる伊鞠とか比類なきスキルの持ち主だな」
セシルが指を指した方向を見れば、フリーでホールをうろうろしているキャストだった。
「見たことはあるけど…彼女と話したことは一度もないな」
見覚えがないことはないが、会話はおろかろくに挨拶もした記憶がない。
何度かは接触はあるだろうが、名前すら分からなかった相手だ。
外見はミアに近く、脇ぐらいまである桃色の長い髪がふんわりとした印象を与え、白を基調としたワンピースに身を包んでいる女性。
清楚な雰囲気を持ちながらも活動的で元気に動き回っているかと思えば大人しく振舞うこともある女性。
「DTにはハードルが高いなら私が話をつけてやるぞ?」
「DTは関係ないでしょ、人見知りなだけだから…特に女性には」
セシルの申し出は願ったり叶ったりだが、余計な一言に蒼太は抵抗を示した。
それこそ女性経験が人生にどう変わると声を大にして言いたいぐらいの扱いだ。
「それをむっつりDTって言うんだ、卒業したら掌が変わるやつだな」
蔑みつつセシルはにんまりと笑った。
彼女たちが揶揄う蒼太のそれが数日後に消失することはこの段階では誰も予想していなかっただろう。
反論できない侮辱ぶりに蒼太は少し苛立ち、セシルの嘘を一つ暴くことにした。
「でも車椅子はもう必要ないでしょ?」
エントランスで確認した彼女の足が健全であることを叩きつける。
どうやらセシルもそれを感じていたようで、驚くそぶりもなく淡々と蒼太に言葉を返した。
「ふむ、先ほど一瞬感じたがアナライズを使ったな?」
「うん、使ったよ。こんな時の為のスキルだよね?お互い嘘なくフェアにいこうよ」
アナライズの発動を感じ取ることはできない。
それはスキル所持者であるセシルも分かっていた。
彼女がなぜそれを分かったのかは簡単な話だった。
敢えてスキリングに備え付けておいたスキルの換装時に対象となるスキル所持者に対する通知によってセシルは蒼太がスキルを取り換えたことを悟っていた。
ユカがその度に色っぽい声と反応を示してしまうそれがアナライズに切り替えた際にセシルも感じたからだ。
だがセシルも月姫同様その種明かしはせず、彼に自白を求める形でスキルの使用の確証を得ることにした。
「ほほう、分かった。ならお主も嘘を吐かぬようにな」
蒼太の申し出にセシルも快諾すると、彼にも足枷をつけることにした。




