第11話-11/12
「怒ってる?」
「お、怒ってはいませんが…平常心が保てなくなってしまいそうですから…」
蒼太の言葉にまんざらでもないようにユカは応えた。
すぐさま踵を返すと再び自分が先ほどまで並べていた椅子の方へと向かって歩いていく。
ユカの行動をきっかけにサキも月姫も自分の持ち場の準備を進めるべく蒼太の元から離れていった。
「セシル、このアプリって特殊な何かが働いてる?」
「それは分からない、まだ試作段階といっただろう」
蒼太の問いにセシルは不明瞭な答えを返した。
彼女がアプリの開発者だがプログラムの組み合わせが上手くいかない部分もあり、イレギュラーなエラーが生じていることも否めない。
しかしユカが感じている症状については自身にも思い当たる節があるためそれをエラーとは思っていないようだった。
「あんまり変なことには巻き込まないようにしてくれよ?」
まるでユカにお叱りを受けたのはアプリのせいだとでも言いたげな蒼太だが、明らかにそれは責任転嫁でしかない。
「蒼太が面白がって使ったからだろう、私が悪いわけではない」
と縦になったセシルはさらに言葉を続ける。
「アプリで遊ぶより、お店の手伝いをすべきでは?」
車椅子に座っている彼女はお手伝いをできる状態ではないと両手でアピールをし、蒼太に仕事をするよう促した。
「言われなくても…」
大きなため息を一つ吐き出し掃除用具を取りに向かう蒼太。
床にはゴミ一つ落ちてはいないが隅の方に溜まってしまう埃を取るのが彼の日課でもある。
彼は箒と塵取りを手にいつものように業務に勤しむことにした。
あらかた隅の掃除が終わり、掃除用具を直しに収納スペースへと向かっている彼にキャストの一人が声をかけて来る。
陽奏と共にファナーとして来店した際にボックスのリザーブに付き合ってくれたミアだ。
今日は彼女の自前である下半身は蛇の形体ではなく、蒼太たちと同じ二本足歩行でスリットから肉付きの良い太もものぞかせていた。
「いつも頑張ってるわね~」
今日の彼女はドレス姿でぎりぎり肌が透けて見えないぐらいの薄い生地に胸元は大きく開いたものを着用していた。
その気になればすぐにでも胸を露呈させることができるぐらい胸の形が露わになっているドレス。
「あ、ミアさん。この前はすみませんでした」
すぐさま蒼太の視線はその豊満な胸に注がれるが気取られないように頭を下げて丁寧なあいさつを返す。
「うんうん、大丈夫よ~、あの後オーバーヒート気味でお肌ツヤツヤになっちゃったけど~。分かる~?」
頭を上げた蒼太に顔を近づけ頬をアピールするミア。
下から見上げて来るミアに対し、上からのぞけば乳房の谷間どころかドレスの隙間から先端のぽっちりまで覗けてしまいそうだ。
「う、うん。ほんと綺麗な肌してますね」
これ以上伸びない程に鼻の下を伸ばしながら蒼太はなんとかそのぽっちりを覗き込もうと角度を調整しながら彼女の胸元を見続けた。
もう少しで見えそうな角度にありつくところでタイミング悪くミアが体を起こしてしまった。
「ありがと♡それに今日は嬉しいことがあるんだぁ」
いつも以上の上機嫌なミアに先ほどまでの挙動がばれないように慌てて取り繕う蒼太。
ミアの瞳が嬉しそうに真ん丸になり、その中に縦長の蛇を連想させる虹彩がぎゅっと細くなるのが見えた。
「え?何があるんです?ショーケースでなにかやるんですか?」
仕事中にはあまりステージを見ることはできない蒼太だが、誰もが好んで特技を披露しているのは知っていた。
敢えて強制するのではなく出たいキャストが周期を決めてステージに立っていた。
彼女の特技はポールダンスだが、自在に変化する体に人間では到底できない技を繰り広げ注目を浴びている。
その時の彼女の笑顔はとても楽しそうな印象だったのを覚えていた。
「ううん、パートナーが今日から復帰…」
言いかけたミアを邪魔するようにマサキが彼女の背中越しに首へ腕を絡めた。
「遅かったな」
「えっと、パートナーって…マサキ?」
今朝の挨拶といい、先ほどホールで会った時のサキとのやり取りといい、蒼太は彼…彼女には良いイメージを抱いていなかった。
言動や振る舞いが蒼太としては苦手な部類のタイプである。
「あら?もうお友達?さすがまさき、手が早いのね~」
首に絡められた腕に手を添えながらミアが揶揄う様に言った。
それに反応するようにマサキはふんと鼻であしらうと、彼女の肩越しに蒼太を睨みつけるように見つめて来る。
「ミアとソウタは仲が良いのか?」
明らかに敵意をむき出しにしたそれに蒼太はしり込みしながら反論する。
「良いってわけ…」
「良いわよ~まさきが居ない間に浮気しちゃいかけたぐらいだから~」
蒼太の言葉の途中でかすめ取るようにミアが顔を横に向けマサキに意地悪な笑みを浮かべながら煽り始める。
「へっ、こんな奴のどこが良いんだか…オレの女に手を出すなら容赦はしないぞ?」
どうやら蒼太がマサキを嫌っているように、マサキも蒼太を快く思っていないことが分かる。
二人の視線が交錯し、空気の張りを感じたところでミアが軽く手を叩き、仲を取り持つことにした。
「嘘よ嘘、でもそうちゃんも良い男ですよ?二人共仲良くしてね♡」
首に絡められた腕の中で器用にくるりと反転するとマサキの顔を見つめて、その頬に軽く口づけを落した。
マサキもそれ以上蒼太に突っかかるのをやめ、眉の上を爪で掻きながら小さな溜息をつく。
「オマエがこじれさせようとしてるんだろ」
「えへへ~」
独特の雰囲気で殺伐とした雰囲気を取り払ったミアは屈託なく笑顔を零して見せた。
普段から笑顔の絶えないミアだが、それ以上に今日の彼女は明るいと蒼太は思う。
「浮かれてますよね、ミアさん」
「少しね♡」
よほどマサキと一緒にホールに入るのが楽しみだったのか、浮ついている彼女をみてそれもわるくないなと蒼太は心の中で呟いていた。
すでにホールの準備は済んでいるようで、他のキャストも各々自由に行動をしている様が見て取れる。
蒼太の視線に気づいたマサキが同様に周囲に気を配るが自身の出番がないことを悟るとこの場での会話を続けることを選んだ。
「そういえば治ったのか?」
それはミアに言った言葉。
「もう、こんなところで…治ってないわよ」
「何がです?」
少しでも親睦を深めようと主語のない会話の内容を蒼太は自身も分かるようにと二人の仲に入ろうとする。
「ん?こいつ不感症だから」
マサキがミアを親指で刺しながら言った。
それに対してミアは口を尖らせ拗ねた様に言葉を続ける。
「もぉ、秘密にしてたのに~」
「わりぃ、わりぃ、でも隠していてもいつかバレるだろ?」
全く悪いと思っていない素振りでマサキは言いながら、ミアの胸元の開いたドレスの間に手を滑り込ませ彼女の豊満な胸を鷲掴みにする。
もちろん掴んだだけではなく指を動かし揉み始めているのがドレス越しでも充分分かった。
「でもこの手は、メッ!です」
胸を揉むだけでは飽き足らず敏感なところを指でつまむマサキの手をミアが軽く指で抓った。
「良いだろ?オレ達の仲なんだし、オマエは触られたところで感じないし」
多少の抵抗などもろともせずマサキの手はその動きを止めなかった。
女性同士と言え目の前で行われる猥褻行為に蒼太は口を挟めずにいた。
「そうちゃんが興奮しちゃうでしょ?ね、そうちゃん?」
その様を見てミアが蒼太を仲間に入れようと声をかけた。
マサキの手の動きに全く無反応な彼女を見ていると不感症と言った言葉はあながち嘘ではないと思えるのだった。
「は、はい…それにホールでそんな行為をしてると『ここはそんなことをするところではない』ってあの方が来ますよ?」
滅多と物真似などしないが蒼太はエルナのイントネーションに似せて、少し高い声で初めてする彼女の物真似を披露した。
口調こそ似ているが声は蒼太のままである。
そこにまさに神出鬼没の言葉が似合うその当人が蒼太の後ろから声をかけて来る。
「ほほぉ、ルール違反者に叱責するとは良い心がけだ、そうくん。だが似ていない物真似はいただけないな」
「え~わりと似てますよ~?」
突然現れたエルナににじり寄るようにミアは歩みを進めた。




