第11話-8/12
自身のスマホとユカのスマホをケーブルでつなぎ、車椅子に積んであったミニキーボードを取り出し、目にもとまらぬ速さでタイピングを進めていく。
まるででたらめに打ち込んでいるようにも見えるが一文字も間違うことなく正確無比にコードを打ち込み、それらが実行されていく。
彼女のその様を見るのは初めてだったが明らかに異次元のレベルで作業が進んでいくのだった。
「これで大丈夫だ、蒼太はユカのブッチのシリアルNo.を調べてからアプリを起動し、モーションしてみろ」
そこからの過程は蒼太も一度やったことがあるため戸惑うことなくスムーズにモーションまでたどり着くことが出来た。
「ユカはもう少ししたらブッチに通知がとどくからその時までに自身の共有しても良いスキルをイメージして待機しておいてくれ」
「分かりました」
セシルの言葉に従って、ユカは目を閉じ頭の中で自身の分析と同時に伝えられたようにスキルを思い描き取捨選択を行っていく。
彼女にとっては初めてのことだが難しく考えず、イメージを具現化していく。
「あん♡ご、ごめんなさい!」
その最中、ユカの身体を優しく撫で上げるような感触を肌に感じ、思わず彼女は艶っぽい声を上げてしまい、即座に謝罪の言葉を発した。
場に似つかわしくない甘い声、何よりびっくりしたのはユカ本人のようだ。
「あら?ユカ、ナニかカンじちゃった?」
少し後ろで見守っていたサキがユカの反応に思わず口を挟んでくる。
明らかに何か色事を感じさせる声色にサキはにやつく笑みが零れてしまう。
「ちょっと一瞬ゾクっというか…な、なんでもありません」
こほんと一度咳払いをして頬をほのかに赤く染めながらユカは応えた。
彼女は再び目を閉じ、頭の中で雑念を取り払いイメージを濃くしていく。
すでに蒼太のスマホには彼女がイメージしたスキルは表示されていたが真面目なユカは声がかかるまで反復的にイメージを繰り返していた。
「えっと…ヒール、リフレッシュ、キュアディジーズ、リカバリー、リジェネレーション…どれがどういう効果かな?」
「みなまで開示、共有しなくても構わないぞ?」
未だ意識を集中しているユカにセシルが声をかける。
蒼太が声に出して読み上げた以外にもまだまだ多くのスキルの表示がされていた。
そのほとんどが治癒に関係するスキルでセシルもそのうちのいくつかは所持しているものが目に映った。
「えぇ、一部のつもりです。効果的には疲労回復のリカバリーとか状態異常改善のリフレッシュとかが良いかと思います」
血を流すような怪我を負う環境下でなければ傷口を塞いだり、受けたダメージを回復したりする必要はないとユカが言う。
今口にした二つのスキルも蒼太にとってはとても魅力的なものだ。
「確か1つだけだったよね?」
場面が進展していることでユカも集中を解き、覗き込むように蒼太のスマホを眺めていた。
蒼太の後ろには月姫も興味深くその様を見守っている。
「そうだ、どれかを選んでタップすれば相手にもそれが伝わるはずだ」
どちらかに決めあぐねていた蒼太はスマホ画面を上下にスライドさせ、何度も頭をひねっていた。
「こーちゃんにツカってたエナジーブーストとかのホウがイいんじゃないの~?」
サキが退屈そうに蒼太に助言をする。
新しいおもちゃを手に入れた蒼太はすぐさまその言葉にも反応してしまう。
「どんな効果です?」
「あ、あれは…だめですよ…」
スマホ画面とにらめっこをしてその単語を探すが、どうやらそこに表示されている中には見つけることが出来なかった。
ユカの言いぶりからして最初から彼女はそれをイメージしていなかったのだろう。
「セイリョクゾウチョウ、ゲンキヒャクバイってカンじらしいわよ~」
サキらしい答えに、蒼太は乾いた笑いを浮かべる。
「あはは…じゃあこのリカバリーで…タップと」
だが、その言葉がきっかけで迷っていた蒼太も最終決断を下し、ユカのスキルからリカバリーを選択することにした。
セシルの時には1つしかなかった項目だったがこうやってたくさんの中から選択させられるのは、違う意味で問題となってしまう。
「ぁん♡す、すみません!」
蒼太のタップしたタイミングに合わせて、ユカが色っぽい声を出し先ほどと同じようにすぐさま詫びを入れる形となった。
「なになに~?ユカ、ナニかカンじちゃうの~?」
「ちょっと言葉にしにくい何かがあります…きっと紗希さんも共有してみれば分かりますから…」
その手の声には耳聡いサキはすぐさまユカににじり寄った。
出した声を飲み込むことができない悔しさにユカは少し拗ねた様にサキに言葉を返すのだった。
「残念ながら一度に一人だけなのでな」
サキとユカの戯れにセシルが茶々を入れる。
「早速使ってみるってのはどうかな?かぐ、疲れてない?」
すぐさま後ろに向き直って月姫の顔を見つめた。
蒼太が状態異常を選ばず疲労回復を選んだのは彼女を想ってのことだった。
「私?疲れてなくはないですが…ぐったりとかそんな感じではないですよ?」
徹夜明けの疲労は若干残っているものの充分な睡眠をとり、これから仕事を始めようとしていた月姫は気にかけてもらうほど疲労感はない。
むしろこれで疲れているというなら日ごろからどんな生活をしているか問題視しなければならないだろう。
「それでも効果はあると思います、不必要に使うものではないですが試しになら良いかも知れませんね」
使用をためらう蒼太にユカが背中を押す。
その言葉に賛同してセシルも蒼太にスキルの使用を促した。
「やってみるべきだな、蒼太」
二人の後押しもあり、拒絶されたわけではない月姫に対し、蒼太はスキルの使用を決意しイメージを進めていく。
「うん、こうかな?」
アニメなどに倣い回復魔法を使うように月姫に手のひらをあてがい、意識を集中していく。
手に光がまとわりつき、血が滾り指先に向かってそれらが集約していく感覚を感じてスキル名を口にした。
【リカバリー】
蒼太の手に纏わりついていた光の粒子が月姫の身体に映り、キラキラと小さく輝きながら霧散していく。
月姫が体に異変を感じたのはその直後だった。
光が消えると同時に少し重く感じていた体がふわりと浮くように軽くなる。
その現象と共に気分も晴れる感覚を受けた。
「あ…すごい…分かりました。確かに疲労感が軽減というかなくなった気がします」
本当に魔法と言うものを感じた瞬間だった。
月姫もスキルと言う単語を聞いたことがないわけではなく、キャスト達の間で時折耳にすることはあったが深く追求したこともなかった。
これほど素晴らしい効果があるならもっと早くそのことについて見聞を広めるべきだったと後悔さえしてしまう。
「すごいね…これは成功ってことだよね?あれ?」
喜ぶ月姫に蒼太も嬉しくなりセシルたちに向き直った直後、不意に体が重くなるのを感じていた。
物理的にではないが10kg程度の重しを肩に乗せられたような疲労感。
その様子を見てセシルは興味深く蒼太の顔を覗き込んでいる。
「ふむ、成功はした。…が、蒼太の感じはどうだ?」
彼女がここに居る理由の一つがそれだ。
このアプリによって被る蒼太の身体への影響がどれほどのものか調査しなければならない。
セシルの部屋では感じなかった感覚に蒼太は驚きを隠せなかった。
「け、倦怠感っていうのかな、すごい…だるい…」
言葉では説明できなかったが、今蒼太の両肩には重しが乗り、普通に立っているのが難しいぐらいの重圧を感じていた。
その様子にサキが一つの答えを導き出した。
「リカバリーって、ムーンのツカれがそうちゃんにウツっちゃうスキルなの~?」
「そんなはずはないと思うのですが…わたくしの場合は」
すぐさまスキルの反作用を否定するユカ。
「それはこのアプリの欠点だな、この辺りにはマナが少ないため使用者の体力をごっそり奪ってスキルを発動させている仕様だ」
セシルの言葉になるほどとユカとサキが一緒にうなずいていた。
当事者たる蒼太はテーブルにもたれかかり、全体重を預けるように疲労の度合いを色濃く表していた。
「息は乱れないけど、全力ダッシュ5本したぐらいの疲労感を感じるよ」
彼の言う様に呼吸に乱れは感じないものの、体を襲う疲れは尋常ではなさそうだ。
「それなら…」
その様を見かねたユカが先ほどの蒼太と同じように彼に手をかざし、その腕に光がまとわりつくとそれが彼の身体に移って消えた。
【リカバリー】
本家とも言うべきユカが先ほど蒼太が使ったリカバリーを彼に使用する。
「あれ?疲れが…なくなった?」
不思議な感覚だった。
それは先ほど月姫も経験した疲労回復の効果。
今まで両肩に乗っていた重たい荷物が無くなり、まるで何事もなかったように爽やかな感じさえする今の蒼太。




