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愛しさと悲しさと。

愛しさと悲しさと。









幼馴染から連絡が来た。







それというのも、買い換えて一ヶ月のケータイが,

なんか甘ったるい声で色恋について歌ってる曲をスピーカーから耳障りにも垂れ流しながら,沖縄の人間を水着で北海道の雪野原に捨て置いた時のような必至さで震えるのである。


この着信音は一人にしか設定されていない。


というか,そもそも、俺は音楽が苦手なのだから,こいつ以外からの電話もメールも全てバイブに設定してある。


別にあの腐れ縁の幼馴染を贔屓しているだとか、そういうコトではない。

別に恋人でもないし。


ならばなぜなのかというと、とある休日の、過去ばなしなのであるが。(一ヶ月前でも過去は過去だ。うん、間違ってない)


大学生の兄貴が、デート中にデブのおっさんのボディプレス食らったせいで入院中の彼女のところへ見舞いに行くと言ったのを見送った後のことだった。


平和に平穏に二度寝という至極有意義な行為に勤しもうとベッドの上で布団に包まれ、落ちて行く意識を気持ち良く感じる頃合にいた俺を、勝手に入って来た幼馴染……そろそろ名前を明かしておこう。


奴の名は榊森(さかきもり) (かえで)

名前の中に木がいっぱいの,ECOな奴だ。きっと特技は光合成とかなんだろう、それすると人間じゃないが。


話を無理矢理戻すと、その楓嬢が、いつも学校とかじゃニコニコ愛想振りまいてる顔を冷徹さを感じさせる無表情に一変させ、気持ち良く寝ている俺のわき腹につま先でケリを入れやがったのである。

激痛と呼吸困難の同時攻撃に苛まれた俺が見たのは、おぞましいまでの覇気を身にまとった,魔王の姿であった。

で、魔王に、当時買い換えたばかりだったこのケータイを有無を言わさず取り上げられ、了解もなしに設定をいじくりまわされたわけで今があるのである。


アマぁ,そんなこんなな事情がある訳で,とりあえず幼馴染から連絡が来た,という話だった。


ところでその届いたメール

の内容だが、たった一文で簡潔に要件を述べたものだった、もったいぶる必要もない。


いますぐうちに来て、とのコトだった。


絵文字も使わずに、色気もくそもない。


しかしまぁ、あいつが俺に色気を見せるはずもないな。

うん、見せて来たら普通に気持ち悪い。

余程の高熱で脳がやられたか,変なクスリでもやってハイな気分にでもなってない限りそれはない,なぜか断言できるきがするぞ。


家に来て、というのも俺とあいつの間柄ではそう珍しくもない。

よくなくしものをするあいつに強制されて探し物をさせられるコトなんてざらだ。

どうせ今日も、何か大切なものを無くして、それを探させられるハメになるだろう。めんどくせぇ。


「一度きちんと整理整頓しやがればいいんだ」とでも言ってやろうか。

いや,「じゃああんたがやれ」と返されて終わりだな。



ケータイを閉じて、青いデスクに向き直った。

落ち着く色合いの机の上には、広げられたB4サイズの課題が鎮座していた。

それも俺の苦手科目、数学の。


別に成績が悪い訳じゃない。他の教科は、常に平均点よりも7〜8点ほど高い数値をマークしている。

しかしなんというか,人には得手不得手があるのだ。


プリントに書かれているのは無機質なインク文字のみで、亜鉛の筆跡は全くない。

しょうがないではないか。ぜんぜんわからんのだ。


まぁいい。放置だ。


きていたチェックシャツの上にカーディガンを羽織る。

淡いブルーのデニムのバックポケットに財布を入れて,その左隣にケータイを入れる。


少し背筋が曲がっている気がして、両手を頭の腕で交差して伸びをする。欠伸が出た。

少しふらついた後、部屋を出た。

階段を降りると、リビングから、テレビでもみているかのような喧騒。

親父も母さんも、二ヶ月前から福引で当てた世界旅行に出かけてるし、

兄貴は病院にいちゃつきに行ったし、

とすれば妹か。

午前中はいつも部活のはずだがサボったのかね。

階段を降りてまっすぐの洗面所へ。

鏡には、あいも変わらない俺の顔が映っている。

整髪料を手にとる。

蓋を開けて、少量を髪に揉み込む作業を三度繰り返して終了。テキトーで良いのだ。

手を洗って,歯を磨く。

玄関で茶色のワークブーツを履いて、扉を開く。

キシリトールが多分に配合されたガムを、口に放って噛む。







つーん、ときた。





○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○






四十メートルほど隣にあるだけの幼馴染の家。

その玄関にいて、チャイムボタンを押したのはもちろん俺なのである。


「はい」


インターホンから、無理矢理に可愛らしく作ったキモい声が聞こえて来た。


「俺だよ」


「最近のオレオレ詐欺は、家まで押しかけてくるんでしょうかね?」

うわ、俺だとわかった瞬間に声音変えやがったよ。

しかしこんな冗談に付き合うのもほとほと疲れる。


「帰るわ」


「あ!  ちょっ…まちなさいよこら!」すっげー慌てた声、ざまねぇな。


家の中から、どたばたとうるさい音が聞こえ始め、それはどんどん大きくなる。

そして玄関が開かれた。


まぁ,開けたのは当然幼馴染で。

その幼馴染の容姿を数学の解けない脳味噌で評価するなら、


薄いピンクの唇をへの字に曲げ,毛先を内側に巻いた形のカールボブは、全体的に茶色く、その髪が生えている頭と合体してやがるやたらと小さい顔に不相応なでっかい眼の中でも,髪と同じように茶色い瞳は、本当にでかい。


まぁ,そんな綺麗どころでないこともない幼馴染は、相変わらず俺にだけ見せる不機嫌そうな顔。全く嬉しくない特別だな。自分から呼んでおいて不機嫌な顔をお披露目するなど、全く意味がわからん。


ピンクのパーカーを押し上げる大きすぎないが決して小さくはない胸だとか、黒いホットパンツからすらりと伸びる脚だとかも合わさって、なるほど学校じゃあ結構人気あるのが不服だ。


この二重人格野郎が。という心の声は喉から発生せずに耐えた。女だから女郎かもしれんが、発音しないんだからどっちでもいい。



異常にギラギラと輝く瞳が、下から見上げてくる。


「はぁ………」

何とこいつため息までつきやがった。顔が良いからってふざけんなボケかす。


「なんだそのため息は、帰るぞ」


「あーもー!  はいはいすいませんでしたー」

全然謝罪の念が見えねぇが,まぁいいだろ。めんどくせぇ。


「で、なんのようだこら?」


「あ、……あたしの部屋、上がってて」


「は?」


なぜいきなり俯いてぼそぼそと喋り出すのだ。


「……? 

耳ってか,顔が赤いぞ。風邪でもひいてんのか」


「!! 違うしうるさいからさっさと上がれ! 

ばかボケアホおたんこなす!」


手をつかまれ、無理矢理中に連れ込まれた。


スゲー稚拙な罵倒を食らったんだが、全く意味わからん。


あれ、俺一応心配してやったんだよな? やはり意味わからんが、まぁいい。


ぞんざいに靴を脱ぐ。しかし一応自分の家じゃないから並べはする。うん、完璧。


階段を上がって一番手前への楓の部屋に入る。いつもどおりに、すっげ~女の子な匂いがした。甘いというか,ほわほわしているというか。


フローリングの上には、ふわふわと起毛した大きな白いマットがしかれ、部屋の中央には小さなガラステーブルがある。

部屋の隅にはなぜかダブルサイズのベッドがあるし、この部屋の至る所にぬいぐるみだとかが溢れている。


しかしなんのようなんだろうな。部屋で待っておけ,と言われたが、別に,珍しく片付けられているし。

あー、まぁいいや。


考えるのも億劫で、マットに寝転がった。

なんか眠くなって来た。

この部屋にくるといつもこうだ,なんか安心できるというか。

精神安定剤とか睡眠薬を気化させて振りまいてたりしてなー。なんて、くだらないコトを、眼を瞑って考えていたら,いつのまにか、意識が消え行っていた。















白い、部屋だった。



床も、

壁も、

天井も、

ベッドも、

シーツも椅子も、



眠っている楓の肌も、白かった。



純粋に,綺麗だと思った。



その眠った幼馴染の傍には俺がいて,



さっき洗面所の鏡で見たままの俺が居て,


笑うっていうより、微笑んでいた。


俺ってあんな顔をするんだなー,と思った。


その俺が、眠っている楓に語りかけていた。


身振り手振りも交えながら、自分で自分の話を笑いながら。


なんか必死に,

眼も覚ましてない幼馴染に伝えようとしていた。


まるで怖いものなんかないような風に,


人生に心配なんてない風に,


ちゃんと生きていけている風に、


なんか道化みたいに,必死さを隠して笑っていた。




やがて、俺は動きを止めて、顔から笑みを取り払った。




ああ、ーーーーーーー虚勢だったんだな。



俺はそこにいる自分のコトを理解した。


眠った楓を眺めながら、俺が涙を流した。

一筋じゃあなかった。

すっげー溢れ出してた。


やがて、ぐちゃぐちゃに顔を歪ませた俺が,叫び出して。

わめき散らして。

暴れ出した。


医者とか看護士とかが発狂したような俺を抑えてなだめて,部屋から強制退出させた。


部屋から出て行っても、相変わらず俺の声は聞こえた。


病院中に響くような、


地球中に響かせるような、


そんな、必至で悲痛でひたむきな叫びだった。


楓は、そんな騒音を聞いても眼を覚まさなかった。



眼をさませなかった。





哀しいと、そう思った。





そして、叫ぶ俺の声が遠のくように,この俺の意識も。



この風景から、



この光景から、



この世界からーーーーーーーーーーーーーーーーーー遠のいた。
















「おいこら!ーーーーー起きろボケナス!」


「ぐほぉぇっ!?」


鋭い角度で放たれたけりが、凄まじい速度をそのまま威力に加算して俺のわき腹に衝撃を与えたコトで、俺は夢から覚めることができた。


「いっ、つぅ………あ……………夢……………」


わき腹の痛みなど気にならない位に、俺の意識はどこともしれぬ場所に浮遊していた。


「………ちょっと、大丈夫?」


呆然としていた俺を心配して覗き込んで来たのは、幼馴染だった。


眠ったままの


眼を覚まさない,

あの世界の幼馴染と同じ顔で,


笑うし


泣くし


怒る、


不機嫌な顔の,ーーーーーーーーーーーーこっちの幼馴染。



考えるよりも早く体が動いて、俺は幼馴染を抱きしめていた。


「…あ、ちょ、ちょっと………」


戸惑っていながらも、抵抗をしない幼馴染の体を、強く、強く、抱きしめる。


か細い女の体は、すぐに壊れそうで危なかっしい。


幼馴染も、俺の首に腕を回す。

密着した相手の体温が暖かくて心地良い。

すぐ横にある頭からの甘い香りが、頭をぼーっとさせる。







愛しい(かなしい)と、そう思った。







心臓の動悸が相手に伝わりそうで、そんな感覚がさらに動悸を早めて。


俺はずっと抱きしめていたし、楓もそれに応えるように,身を寄せて来ていた。






まぁーーーーしかし、俺らは思春期真っ盛りな高校生な訳で。


頭に登った血がクールダウンしてくると同時に、気恥ずかしさがこみ上げて来て。

それが頂点に達したところで、俺は細い体に回していた手を解いた。


しかし、その幼馴染といえば,未だ性懲りもなく俺の首に手を回して密着状態を保とうとしている。



「おい……はなせ」



「やだ。あんたが抱きしめて来た」



「胸……当たってんだけど」

なんかスゲー柔らかくてあったかいふたつの感触が体に押し付けられて変形しててだから何かっていうとそれが堪らなく気持ち良くてじゃなくて、さっきからすっげー吐息の音とか聞こえてきていて俺も男なのだからまずいのでともかくこの状況をどうにかしなければいけないのである!!



「当ててんのよ…ばーか」

無理、かわいい。もうこのままでいいかもしれん。


「……襲うぞ」


「……いいよ」

いかん!いかん!いかん!

顔!顔あっつい!


「解放しろ、なんでもいうコト聞くから」


「じゃあキスして」


「…………わかった」

いや、別に俺がしたかったわけじゃねぇぞ。しないと解放してもらえないからするんだ,そこんところしっかりと理解しとけよ。


顔を真っ赤にした幼馴染と,至近距離で見つめあう。



やばい、可愛すぎる。



「早く」

そう言って眼を瞑り、顔を寄せてくる。


ええい!もう!

どうにでもなればいい!


と勢いをつけすぎて,歯が当たった。超いてぇ。


ファーストキスは、血の味だった。しかも痛み付き。

ロマンチックのカケラもねぇな、とか思っていると、幼馴染が俺の口の中に舌を入れて来て歯をなぞられて中の粘膜から娶られて唾液を交換して来たからこっちも応戦しないとっとってめちゃくちゃ気持ち良いんですけどなんでなんでしょうか神様。俺無神論者なんですけど。


ぷふぁ、と糸をひいて離れるけど、近くによって来て、額を合わせて見つめあって。


もう頭が全然働かん。


「なんか、………硬いものが当たってるんですけど」


……………………………殺されるかもしれん。


だとか,不安でいっぱいだった俺にかけられた言葉は予想外すぎるもので。


「……………しちゃおっか?」


「ざけろ、まじでざっけーろ」


ふざけんなよ!そりゃあ俺だってお前みたいな可愛い女の子だったら「大丈夫だよ。ゴム,あるし」……………………。



「でも初めてだから、優しくしてよ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこれからずっとお世話してあげるんだから」


とんでもないコトを、天使の笑顔で言われた。





その日俺は、いろいろをうしなってしまったけれど、その代わりにいろいろなコトを経験して。


その日から、無愛想な顔をした幼馴染は、登下校時に手を繋いで来たり昼食時には一緒に食べようとか言ってきたり

しょっちゅう俺の部屋に来たり逆に部屋に呼んだりすきあらばキスしようとして来たりチャンスがあれば愛の営みをしようとか言って来たり、アマぁ,そんな風に恋人っぽいコトをするようになって来たのだけれど。





あの時見た夢。


パラレルワールドとか並行世界とか、そんなん信じてなかった俺だったけれど、もしかしたらそんなんもあるのかもしれないと、そう思ったりもしてしまった。


枝分かれする可能生を考え始めたらキリがないんだけどさ,ーーーーーーーーーーーーやっぱり俺がいるのは、この世界でよかったんだと思う。



誰だって、絶望したり希望したり、そんな起伏のある人生おくってんだろうけど。


一人一人その絶望や希望は違って,



だったらさーーーーーーー



最期の時、絶望に負けない位の希望が、一つでもあればいいんじゃないかって、



そう思うようになった。






「なぁおい、楓」






隣を歩く,無愛想な顔の幼馴染に声をかけた。





見上げてくる瞳を見つめ返して、繋いだ手をしっかりと強く握った。




「喜べ。俺はお前が好きだ」



顔を真っ赤にしてうつむく幼馴染は、なんともいえぬいじりがいがある。



「知ってる」と、瞳を潤ませて抱きついて来た女は、この瞬間幼馴染から恋人に変わった。






季節は冬。

そろそろ雪もふってくるコトだろう。




なんにせよ今恋人と過ごせている日々が,最後の時に、絶望に負けない希望であるコトを,信じてもいない神に祈りながら、





思いっきり、あくびをした。






抱きついてきているECOなヤツに、空気が読めないとしかられた。抱きしめたら機嫌を直した。単純なヤツだ。




希望と絶望を重ねた世界で、今日もちっぽけな俺たちは生きている。



愛しさと悲しさを兼ね備えた人生を嘆きながら、笑いながら、苦しみながら、楽しみながら、生きている。




なんにせよ俺は、彼女と一緒に眠っている時が一番幸せだった。





わーっははははははは。

なかなかパラレルワールドを信じるか信じないかでは、すごい論理戦繰り広げられだりするんですけども。

僕はあってもなくても変わらないと思うんですよね、あまり。


まぁよの中、二元論じゃあ片付けられない問題もある訳ですし、予想も予測も、突飛な結果によって覆されたりしますしね。


ともあれ、どくりょうおつかれさまでした。


ほんの少し、微積分程度でもあなたの希望の手助けになれればと、これからも頑張って行きます。

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