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言いつけは守ったよ(2)

 勝負がついたら、順番を変えて紙を並べ直す。

 裏に新しい指令を書くことで、レパートリーを増やしながら、わたしとエヴァンは繰り返し遊んだ。


「クリスッ!!」

「あっ、おかあさま」


 外が騒がしいな、と思ったらセバスさんに連れられて母がやってきた。


「なにしてるの! 部屋で遊ぶって言ってたでしょ!」

「え? ずっとエヴァンと、おへやであそんでたよ」

「ああもう、この子ったら……!」


 取り乱していた母は、眩暈を耐えるように手を額に当てた。


「お昼になっても下りてこないから、子供部屋に行ってみればいないし……勝手に外に出ちゃいけません、って言ってるでしょ」


 朝ちゃんと宣言したのに、なかったことにされるなんて心外だ。


「エヴァンとおうちでお絵かきするって言ったよ」


 わたしは頬を膨らませて抗議した。


「ああ、そう。あれは、そういうことだったのね……」


 母はため息をつくと「ご飯準備できたからお暇するわよ」と告げた。


「……ほんとうにわかんないんだ」

「え?」


 わたしたちの会話を眺めていたエヴァンが呟いた。


「おなじ家にいても、どこにいるかわからないことってあるんだね」

「そうだよ」



 何を言っても無駄だと気づいたのか、母は「お隣のご迷惑にならないようにしなさい」と言った。つまり迷惑じゃなければ、エヴァンのところに遊びに行っていいということだ。


 初日のように全身洗われるようなことはなかったけれど、それでも家に帰ると念入りに手洗いと歯磨き、着替えをさせられた。

 いつもなら洗濯物はためておいて、週末にまとめて洗う。

 だが脱いだばかりの服を、どういうわけか母はその場で洗った。



 翌日。今日も今日とてわたしはお隣に突撃をかました。

 連日の訪問でわたしのことを覚えていた門番のおじさんは、すぐに人を呼んできてくれた。

 その日出迎えてくれたのはセバスさんではなく、昨日賽子を持ってきてくれたメイドさんだった。


「エヴァンおはよう! 今日はかくれんぼしよう!」

「いいの?」

「なにが?」

「……ぼくとあそぶの。おうちのひと、反対しなかったの?」

「なんで?」

「……」


 黙り込んだエヴァンに、わたしは首をかしげた。


「あ! めいわくだったらダメって言われた! エヴァンは、わたしがおうちに行くのめいわく?」

「ううん。来てくれてうれしい」


 白い頬が赤く染まるが、初日のように危険な感じはしない。


「よかった! そうそう。今日は二人でエヴァンのおかあさまをさがそう!」


 広い屋敷なので探し甲斐がある。鼻息荒くわたしは提案した。



「どこに行かれるんですか?」


 廊下に出ると、昨日と同じように扉の外にメイドさんが待機していた。

 ただし昨日とは違い、わたしたちを前にしても狼狽えたりはしない。


「かくれんぼ中なの!」

「おふたりで?」

「そう!」


 不思議そうな顔をしたが、子供のすることに理屈を求めても無駄だと思ったのか、それ以上質問することはなかった。


「エヴァン。どっちからいく?」


 右にも左にも廊下が広がっている。


「えっと、こっちはたぶん違うから。あっち」


 右を指さしたので、手を繋いで歩く。


「もしお客さんがいたら叱られるから、そーっとドアを開けようね」

「う、うん」

「しーっだよ」


 エヴァンの部屋は中央にある階段の左側、端から二番目だった。

 わたしたちは右に移動するたびに、こっそり部屋をあけて中に人がいないか確認した。


 どの部屋も上品で豪華な内装だった。

 客間のようなものから、何に使うのかわからない部屋まで、扉を開けるたびに何が出てくるのかわからないのが楽しい。


「エヴァンはぜんぶのおへや見たことがあるの?」

「ううん……。ぼくの部屋だけ」

「すごいおやしきに住んでるんだから、たんけんしないともったいないよ!」


 二階の突き当たりに到達したので、引き返して三階に上がる。


「またあっちから見る?」

「うん――!」


 下の階と同様に、右側に進むと奥の扉からセバスさんが出てきた。


「あっ、セバスさんだ!」

「おや。お二人ともこんなところまで、どうなさったんですか?」


 距離をあけてわたしたちの後をついてきていた、メイドさんにちらりと目配せする。


「かくれんぼしてます!」

「どちらが鬼か存じませんが、見つかったのであればお部屋にお戻りください。歩き回ってお疲れでしょう、ジュースをお持ちしましょう」

「まだ見つかってないです」


 わたしのことばに、エヴァンもうんうんと頷いた。


「はて、誰を探されているので?」

「エヴァンのおかあさま!」

「――――!」


 わたしの言葉に、大人二人が息をのんだ。


「……坊ちゃま、クリスティナ様。奥様のお部屋は三階にございますが、頭が痛くて寝ていらっしゃるのです」

「それ知ってる! 『へんずつう』って言うんでしょ。おばあさまといっしょ!」


 眉間に皺を寄せて痛みに耐えていた祖母の姿が思い浮かんだ。


「すごくしんどい、って言ってた。……こっそり見るのもだめ?」


 落ちこんだように顔を伏せるエヴァンを見て、わたしは一目見るくらいは許されるのでは、とセバスさんに聞いた。


「申し訳ございません。奥様は敏感な方なので」


 残念ながら、わたしたちの探検――もとい、かくれんぼはここまでのようだ。

 セバスさんが持ってきてくれたりんごジュースは、甘いのになぜかあまり美味しくなかった。

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