38-3(アウレリア)
兄の言葉を有難く受け取り、アウレリアはディートリヒと共に会場を後にした。壇上で挨拶をしてそのままディートリヒと合流したため、自分が主役の夜会でありながら、何をする事もなかったけれど。夜通し禊を行った上に神々と言葉を交わし、今に至るので、正直疲れるなという方が無理というもの。惜しいと思うこともなく、アウレリアはディートリヒの腕を借りながら、自室へと戻ったのだった。
まあ、会場の方は、アウレリアはともかくとして、ディートリヒが帰るのを非常に残念そうに見送っていたようだが。
ディートリヒと部屋の前で別れ、侍女たちに手伝ってもらってドレスを脱ぐ。王族や貴族は普通、風呂の世話までメイドたちに頼むのだが、アウレリアは基本的に一人で浴室に入り、バスタブに張った湯に身を委ねていた。
(人の視線って、あんなに痛いものなんですね)
そう感心してしまう程度には、彼らの視線が随分と自分の背中に突き刺さっていたように思う。誰もが認める、美しい青年を連れ去ることへの恨みか。羨望の的である彼からエスコートを受けることへの妬みか。
どちらにしろ、良い意味での視線ではないことだけははっきりしていた。
(まあ、彼が皆さんに愛され過ぎていることは、以前から分かっていたことですしね。……ですが、前回彼と顔を出した際には、あのような視線など全く感じませんでした)
彼が体調を崩し、その容姿もまた美しさを失っていた時は見向きもせず。以前と同じ、下手すればそれ以上の美しさを取り戻した彼を見ては、彼の気持ちなど考えもせずに周囲を囲んで。
見た目だけが彼の価値だと、そう言われているようで、アウレリアは心の底から気分が悪く、そして悔しかった。彼の本当の良さは、そんなところにはないというのに。
ディートリヒ自身は、気にも留めていないようだったけれど。
(……彼が気にしていないのに、私が怒ってどうするのかしら)
きっと疲れているのだろう。そう結論付け、アウレリアは早々に眠るべく、湯船から身体を起こしたのだった。
侍女やメイドたちの手を借り、寝衣に着替えたアウレリアは、いつも通り共用の寝室へと向かった。
途中、侍女のパウラが真剣な顔で、「今日から殿下も成人されました。今まで以上に、お気を付けください」と言ってきたけれど。相変わらず心配性なのだなとベールの下で笑って、「分かっていますよ」と返しておいた。
「……分かってないことだけは分かりました」と呟く彼女の言葉を、アウレリアが聞くことはなかった。
寝室の扉を開けば、すでにそこにいたディートリヒが、ぱっとこちらを向いた。いつものようにベッドに腰かけているわけではなく、どこからか運んできたらしい小さめのテーブルと二つの椅子の傍らに立っている。テーブルの上には、うっすらとだが、湯気の立つティーポットと、ティーセットが二つ置かれていた。
「お疲れ様、アウレリア」と言って微笑み、歩み寄って来てくれた彼の手を取って、テーブルの方へと移動する。ティーポットからは、柔らかく、さわやかな香りが漂っていた。
「君のところの、……何ていう名前だったかな。侍女の子が持って来てくれたんだ。何とかっていうハーブのお茶って言ってた。君が疲れを癒せるように、淹れてあげて欲しいって」
「ごめん、お茶の名前とか本当に詳しくなくて……」と、申し訳なさそうにするディートリヒにふふと笑い、彼が引いてくれた椅子に腰かける。彼が手ずからティーポットから注いでくれたお茶のカップを手に取り、口許に寄せれば、それだけで心が落ち着くような気がした。
「カモミールティーですね。これを呑むと、ゆっくり眠れるのだとか。眠ることに縁がなかったので、口にするのは初めてです」
名前も効能も聞いたことがあるし、香りも知っている。母が良く口にし、稀に父と共に飲んでいたのを見ていたから。
しかし、ぐっすりと眠ることの出来なかった今までのアウレリアには、縁のないお茶だったのだ。顔につけていたベールをテーブルの上に置き、程よい温度になっていたカモミールティーに口を寄せる。「美味しい?」と聞きながら、正面の椅子に腰かけるディートリヒに頷き、「とても」とアウレリアは答えた。
それだけで、ディートリヒは心底嬉しそうに顔を綻ばせる。こちらに手を伸ばしてきた彼は、愛おしそうにアウレリアの頬に触れ、すり、と撫でた。その感触が心地よく、思わず目を閉じる。
「本当に、お疲れ様。アウレリア」と言う彼の声はとても甘く、優しくて。容姿しか彼のことを見ない人たちが信じられないような。それでいて、これからも彼のそんな魅力に気付かないままでいて欲しいような。そんな、自分でも良く分からない、複雑な感情に、アウレリアはこっそりと、首を捻るのだった。
諸事情で二日お休みしておりました。
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