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38-2(アウレリア)

 国王の祝いの言葉とアウレリアの定型的な挨拶を終え、夜会は本格的に始まった。人々は楽しげに言葉を交わし合い、時に腹の内を探り合いながら笑みを浮かべる。メルテンス王国が始めって以来、片手で数えることが出来るほどにしか開催されていない、『女神の愛し子』の成人を祝う夜会といえど、本質は通常の夜会のそれとそう変わりなかった。


 一段高い位置から会場内を見渡していたアウレリアは、ふと異様な人だかりが出来ているのに気付き、ベールの下で瞬きをする。背の高い婚約者は、貴族やその夫人たちに囲まれながらもその穏やかな表情を崩していなかったけれど。アウレリアの目には、どうにもその口許が引き攣っているように見えた。




「父様、母様、兄様。私もそろそろ、会場へ降りてもよろしいでしょうか? 居心地が悪そうな方がいらっしゃるので」




 壇上に上がる前、彼は自分を呼んでくれ、と言っていたけれど。あの状態であれば、抜け出すのは難しいだろう。声もきっと、聞こえないに違いない。


 彼の容貌が元の美しさを取り戻してから、人前に出るのはこれが初めてのこと。興味本位か、それとも本当に彼が元に戻ったのかと間近で確かめたいのか。いずれにしろ、群がる、という表現が正しいようなその状況に、ただただ彼の心境が心配だった。


 とても美しい人であり、その美しさゆえに起こることに慣れている人でもある。けれど、慣れているのと、平気であるというのは話が違う。アウレリアもまた、それを良く知っていたから。


 主役といえど、この場ですべきことは終わったはず。思い、言えば、父はちらりとアウレリアが先程見ていた方向へと視線を向ける。ふっと笑って、「ああ、構わない」と頷いてくれた。




「お前が真に安らげる時間を創れる、唯一の存在だ。早く行って、助けてあげなさい。……彼は本当に、顔が良すぎるのが少々困りものだな。それにむやみやたら群がる者たちも、褒められたものではない」




「イグナーツ、アウレリアをエスコートしてあげて。彼のおかげでとても体調が良いけれど、過信し過ぎるのはよくないわ。彼の元に行くなら、あなたが道を開いてあげて」




 父と母がそれぞれ言い、母から頼まれた兄が笑って、「もちろんです、母上」と応じる。それほど心配しなくても大丈夫だと思うのだけれど、生まれてこの方、不調な期間が長すぎたため、仕方のないことだろう。当たり前のようにエスコートに応じた兄も含め、皆自分を心配してのことなので、アウレリアは有難く厚意を受け取ることにした。


 「では行こうか、アウレリア」と兄が言い、その腕を差し出してくる。添えるようにそこに手を載せて、「はい、兄様」とアウレリアもまた頷いた。


 広い会場に、高位貴族の夫婦だけの招待客といえど、それなりに人は多い。王太子である兄と、王女であり、『女神の愛し子』である自分が会場に降りれば、当然のように人々が挨拶をしようと足をこちらへ向ける。


 そんな貴族たちの挨拶を簡単に応じながら、しかし足を止めずに進めば、すぐに例の人だかりまでたどり着いた。壇上からは見えていた彼の顔も、ここからではよく見えなかった。




「……相変わらずというべきか、さすがディートリヒ卿だな。私の方を見もしない」




 面白そうに笑いながら、彼に群がる人々の背中を眺め、兄は笑う。「彼の傍にいれば、私も周りの相手をせずに楽できそうだね」と楽しそうに言う兄からは、彼の姿が見えているのだろう。もう少し自分も身長が高ければと、そんなことを思いながら、「兄様、大丈夫でしょうか。ディートリヒ卿は」と、兄に問いかけた時だった。




「アウレリア、……王女殿下?」




 ふと、聞こえてきた声。同時に、目の前にいた人々がぱっとこちらを振り返り、慌てた様子で頭を下げながら、人垣が割れていく。「おお」と、思わずというように兄が声を漏らすのを聞きながら、アウレリアはベールの下でまたぱちぱちと瞬きをしていた。




「わざわざ俺のところに来てくださったのですか? 呼んでくだされば良かったのに」




 割れた人垣の間を、真っ直ぐにこちらを見ながら、彼は早足で歩み寄ってくる。その表情は先程とは打って変わって明るく、華やかなそれで。人垣の中、腰を抜かしたようにふらつく数人の夫人たちが見えた気がした。


 「会いたかったのですが、大変そうに見えたものですから、来てしまいました」と素直に答えれば、ディートリヒは嬉しそうに相好を緩める。しかし口から出た言葉は、「俺を殺す気ですか」だったので、アウレリアは再び瞬きを繰り返し、首を傾げるしかなかった。




「そこまでにしなさい、ディートリヒ卿。妹は今日一日気を張っていて疲れているからね。送り届けて欲しいが、構わないか?」




 くすくすと、面白そうに笑いながら声を上げた兄に、ディートリヒは視線を向けた後、はっとした様子で頭を下げる。「王太子殿下にご挨拶を」と慌てたように言う様子から、どうやら彼の目に兄の姿は映っていなかったらしいと分かった。


 ディートリヒ程ではないにせよ、兄もまたかなりの美丈夫である。そんな兄が目に入らないなんてとアウレリアは密かに驚いていたのだが、兄はディートリヒの挨拶を「もはや、さすがだな」と言って、面白そうな表情で応じるだけだった。

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