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38-1(アウレリア)

 アウレリアにとって、誕生日は特別な日だった。今年もまた無事に生き延びることが出来たと、両親や兄たちを笑顔にできたと、そう心から思う日だから。


 歴代の『女神の愛し子』たちが命を落とした年が、すぐそこに近付く恐怖を何度も経験してきた。その度に、次に目を閉じたら、目覚めることはないのではないかと恐ろしい想像が頭を過ぎり、しかし夢を見てはまた目覚めるの繰り返し。


 怖くて怖くて、けれど誕生日だけは、それが少しだけ和らぐのだ。自分と過去の『女神の愛し子』は確かに同じ役割を担っているけれど、全く同じ人間ではない。だから同じように生き、同じように死ぬわけではないのだと、彼女たちの歳を追い越すことが出来たのだと、そう思えたから。


 そして今回の誕生日は、これまでの誕生日のどれよりも、特別な日だった。




「……予想はしていましたが。招待客を伯爵位以上の貴族家の当主と、その夫人、そして後継者に限っておいて良かったです」




 アウレリアの生誕を祝うための夜会が開かれている会場。主役として、最後の最後に会場入りしたアウレリアは、一段高い位置に立ったまま、思わず呟いていた。その、あまりの視線の多さに。


 隣に立つディートリヒは、穏やかな笑みを浮かべたまま、しかし器用に、声だけはうんざりとした調子で、「否定の言葉もないよね」と呟いていた。




「でも、君が隣にいてくれるから、随分とマシだよ。近寄ってべたべた触られないし、擦り寄って来ないし、身体押し付けてこないし。あ、アウレリアが相手なら歓迎するからね。もっと近づいて、擦り寄ってくれて良いよ」




 その顔に嬉しそうな表情を載せながら、そう楽しそうに続ける。言葉の通り、僅かにこちらに身を寄せたディートリヒは、人々の視線を一身に集めたまま、エスコートするアウレリアの指先に唇を落とした。


 途端、会場の空気が驚愕のそれに代わった気がした。アウレリアはよく知らなかったのだが、ディートリヒがこのような夜会の場で女性をエスコートするのはもちろんのこと、指先であっても口付けなど、考えられないことなのである。そもそも夜会の場でなくとも、基本的に他人とは距離を置いているわけだが。


 ベールを身に着けているにもかかわらず、真っ直ぐにその赤い瞳がアウレリアの目を見ているようで、少しだけ居たたまれなくなって目を逸らす。うっそりと細められた目があまりに蠱惑的で、アウレリアは軽く咳払いをして、「卿、冗談はここまでですよ」と、やっとのことで呟いた。




「少し、挨拶しなければなりませんから。……居心地が悪いかもしれませんが、少しだけ会場の方で待っていてもらえますか?」




 王族である自分が、主役としての挨拶を、誰かに支えてもらいながらするわけにはいかない。それが婚約者であるとしても、だ。


 その間、彼には会場で待機してもらうことになる。高位貴族たちばかりであり、ディートリヒも今は最高位の貴族であるため、おかしなことをする者はさすがにいないだろうけれど。




「……君が言うなら、もちろん。でも、早く俺を呼んでね」




 明らかにしゅんとした表情になった彼は、同じく落ち込んだ声音でそう言う。その様子が、まるで悲しそうに尾を下げた犬や馬のように見え、思わず「ええ、すぐに」と言って、アウレリアは微笑んだ。少しでも早く、彼の傍に戻らなければと、そう思いながら。


 手を放し、一段低い位置へと降りたディートリヒは、他の貴族たちと同じように少しだけアウレリアたち王族がいる位置から距離を取る。同時に、背後に立っていた父と母、そして兄がアウレリアの横に並び、控えていた大臣の一人が、「静粛に」と低い声で会場を鎮めた。




「今日は皆、我が娘の生誕の日を祝うためによく来てくれた。歓迎しよう」




 国王である父がそう、静かに口を開く。張り上げたわけでもないのに、よく響く声音。


 途端、縫い留められたようにディートリヒの方から視線を動かせなくなっていた招待客たちが、はっとした様子でこちらを振り返る。それぞれの顔を鷹揚に眺め、父はアウレリアの方を示し、「アウレリア」と名を呼んだ。




「今代の『女神の愛し子』である娘の、十九の生誕の日である。この年まで生きてくれたことを嬉しく思う。……苦しく、辛い日々を民を思う心だけを支えに、よくぞ生き抜いた。我が娘よ。お前は、私の誇りだ」




 若い頃はさぞやという整った顔を綻ばせ、父はそう言ってアウレリアを抱きしめた。目の奥がつんと痛み、アウレリアもまたぎゅっとその身体を抱きしめ返す。


 誰も思っていなかった。思うことすらできなかったのだ。アウレリアが、十九という年を迎える、なんて。成人することが出来る、なんて。


 本当に、今日は特別な日なのだ。自分にとっても、家族にとっても。


 父に抱きしめられながら、視線をずらした先に、ディートリヒの姿を見つける。まるで自分のことのように嬉しそうに笑うその顔は、花が咲いたように美しく咲き誇っていた。

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