37-3(ディートリヒ)
「王女殿下、こちらはいかがしましょうか」
ふと、アウレリアの背後からかけられた声に、ディートリヒはベールから、そして彼女の肩から手を離し、姿勢を正してそちらに顔を向ける。アウレリアもまた、身体ごとそちらを向いていた。
アウレリアに声をかけて来た侍女は、その手で更に自分の後ろを示していた。正確には後ろに控えていた二人の別の侍女が持つ、二種類のアクセサリーのセットを。
片方は、夜空を思い起こさせる、輝く青の宝石がそれぞれにあしらわれたもの。色味に合わせてか、植物をモチーフにしたとても落ち着いたデザインである。
もう片方は、血のように深い赤に染まった、透き通るような赤の宝石がそれぞれにあしらわれたもの。滴る水を連想させる、幻想的なデザインである。
アウレリアはアクセサリーを持つ二人に「こちらへ」と声をかける。二人の侍女がこちらへと歩み寄ると同時に、彼女はこちらを見上げてきた。「卿は、どちらが良いと思いますか?」と問いながら。
(青い宝石と、赤い宝石、ね。……どちらであっても、俺は嬉しいんだけどな)
青と赤。おそらくそれは、元々のディートリヒの目の色と、今のこの目の色を現しているのだろう。愛しい恋人の瞳の色を模したアクセサリーを身につけるのは、社交界では恒例行事のようなものだから。
逆を言えば、周囲に二人の関係を見せつけるためのものでもある。ディートリヒとしては、どちらであろうと、アウレリアが自分の色の宝石を身に着けてくれようとしていることこそが、嬉しくて仕方ないのだけど。
もし、自分が選ぶならば。
「……俺は、こっちが良いな。君につけてもらえるなら、こっちが良い」
言って示したのは、真っ赤に輝く宝石のアクセサリーの一式。あえて言葉にする必要もないだろう、ディートリヒの今の瞳の色にそっくりな宝石だった。
アウレリアは、「そちらですか」と言って頷き、侍女を呼ぶ。最初に声をかけて来た侍女が、宝石を手に取ろうとするのに、「俺がやっても良いかな?」と訊ねれば、彼女は嬉しそうな顔で「ぜひ」と言い、一歩後ろに下がった。
真っ赤な宝石が目に眩しく、それでいて華美過ぎない、秀麗なデザインのネックレス。傷でもついたらと少々緊張しながらも、ディートリヒはそれをアウレリアの細い首元に飾った。細かな細工が黒地のドレスに映え、彼女の繊細な雰囲気とよく似合っている。
「……なぜ、こちらを? この色は、卿の望んだ色ではなかったでしょうに」
ネックレスを着け終え、今度は耳元にイヤリングを飾り始めたディートリヒに、ふとアウレリアがそう問いかけてくる。ディートリヒはその手を止めることなく、「確かに、望んでこの色になったわけじゃないけどね」と、応えた。
「でも、君の傍にいたのは、青い目の俺じゃなくて、赤い目の俺だったから。青い目のままじゃ、君をこうして飾ることも出来なかっただろうしね。望んではいなかったけれど、髪と言い、瞳と言い、この色になって良かったと思っているのも、本心だから」
自分の精神を弱らせ、乗っ取るつもりだったと男神は言っていた。この色はきっと、男神の影響を受けた証拠だろう。魔王に堕ちた男神は、今のディートリヒと同じ色を身に宿していたから。
最初こそ、気味の悪い色だと思っていた。白い髪はともかく、赤い目の人間なんて見たことがなかったから。でも、今では。
「君が見ている俺の色はきっと、こっちの色だから。俺は君が、俺を思い起こす色を身に着けてくれる方が嬉しいなって、思っただけだよ」
言って、今度は反対側のイヤリングを着ける。「王女殿下は?」と、指先に集中しながら、ディートリヒは訊ねた。
アウレリアはどう思っていたのだろう。やはり、元の青い目の自分の方が良かっただろうか。青い色の宝石を望んでいただろうか。
思い、少しだけ表情を硬くしながらアウレリアの言葉を待つ。彼女は軽く首を傾げると、「そうですね」と呟いた。
「私も、こちらの色が良いと思っていた、と言ったら、わざとらしいかしら? ……でも、本当にそうなんです。私にとって、私を見つめてくれる卿の瞳はいつも、この色でしたから。私にとっての愛しい色は、この血のようにも見える、美しい赤なのです」
耳元のイヤリングに触れながら、彼女はこちらを振り返る。ベールがひらりと舞って、その柔らかに微笑む口許が僅かにディートリヒの目に映って。
胸の奥が痛いほどに疼くのを感じながら、ディートリヒは我知らず相好を崩す。人外染みたこんな瞳を、愛しい、だなんて。
「……じゃあ、ずっと君のことを見つめていてあげないと」
君が他の誰かに、目移りしないように。自分だけを見つめてくれるように。
この赤をずっと、愛しいと思ってくれるように。
呟いた言葉に、ふふ、とアウレリアは微笑んで。「ぜひ、そうしてください。ディートリヒ」と、嬉しそうに告げるのだった。
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