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37-1(ディートリヒ)





「……まるで、蟻になった気分でした。それとも、蜂でしょうか」




 呟いたアウレリアの方を見れば、ベールでその表情こそ見えなかったけれど、どこか諦念のようなものが顔に浮かんでいる気がした。


 それは、彼女の父親である国王と兄である王太子との話を終え、書斎を出て、彼女の私室へと戻る時のことだった。エスコートをするディートリヒにしか聞こえないであろう、小さな声で、彼女がそう呟いたのである。


 何の話だろうと思ったのは、ほんの一瞬のこと。すぐにその言葉の意味が理解出来たのは、自分が彼女以外で唯一、あの空間にいたからだろう。他の誰であっても分からないはずだ。形容しがたい、あの空気。二柱の持つ雰囲気と神々しさ。そして。


 あくまでも、神は神であるという、その事実。




「いくら愛していると言っても、女神様は一言も仰いませんでしたからね。……魔物のせいで、命を失った人間のことなんて」




 ディートリヒもまた、小さく呟く。アウレリアは何も言わず、静かに頷いていた。


 それは、その時はとても、とても小さな違和感だった。会話をする二柱の神。片や人間を愛し、片やもう一方に愛される人間を憎む。


 彼らが人間だったなら、あんな風に和解出来るはずがない。いくら互いに愛し合っていたとしても、大事にしていた人間たちを殺した者を、あのように簡単に許せるはずがないだろう。


 それが馬や犬、鳥などの、別の生き物でもそう。少なくとももっと声を上げて非難し、一度で良いから大事にしていた生き物のことを口にしたはずだ。なぜ殺したのかと。返してくれと。




「……複雑な巣を作る蟻や蜂を、遠くから観察しているような感覚なのでしょう。その内の数匹が殺されても、巣作りは止まらず、いずれ完成します」




 だから、心を痛める必要はない。少しは悲しんだとしても、愛した相手を許せなくなるほどではないのだ。


 アウレリアの言葉に、ひどく共感する。神々にとっての人間とは、本当にその程度の存在なのだろう、と。


 蟻が巣を作るのを眺めるのに、女神が夢中になりすぎたため、男神がそれに水をかけて殺してしまおうとしたのだ。自分の方を見ないという、ただそれだけの理由で。


 そこまで考えて、「いや……」とディートリヒは小さく呟く。「少なくとも、えさを与えるくらいには可愛がっていたのでしょう」、と。




「男神の作り出した魔物に対応し得る力を与えるために、女神は自らの目を差し出していますからね。……その考え自体が、俺たち人間とはかけ離れていますが」




 しかも、それは自分のせいだからと、自らの目をその場で与える始末である。さも当然のように。とてもじゃないが、考えられない所業だった。




(そもそも、他人の目を使うなんて無理だろうからね。……いや、光魔法使いが治癒を同時にかけたりすればいけるのかな。成功率は低そうだけど。……どちらにしろ、人間には受け入れにくい考えなのは確かだよね)




 その場の光景を見ていないアウレリアに、わざわざその内容を知らせる必要などないだろうと、ディートリヒはそう、心の中で思うに留めた。


 何にせよ、今回対面したことで、自分たちと神という存在は、その見た目こそ似てはいるけれど、全くの別のものだということだけは分かった。


 神が本当の意味で人間を助けることはなく、また干渉することが出来ないということも。




「……一体、誰が何のためにドラゴンを襲うのでしょうか」




 神々のことを考えていたために、思い出したのだろう。男神の言葉を。アウレリアが言うのに、ディートリヒもまた、「本当に」と同調するしかなかった。


 アウレリアの私室についたディートリヒは、彼女を部屋の中まで送り届けると、護衛をクラウスに任せて自らの私室へと向かった。これから、アウレリアの生誕日を祝う夜会が行われるのである。彼女の婚約者である自分は、それに相応しい格好をして彼女をエスコートする役目を与えられていた。


 それでなくても、ブロムベルク辺境伯爵という大層な名前をもらっているため、おかしな格好をしていては、周囲が黙っていないだろうけれど。




(……体調が戻って、容姿が戻って。人前に出るのは今回が初めてになる。……何事もなければ良いんだけど)




 王族の護衛が主な仕事である白騎士の中でも、アウレリア付きのディートリヒたちは、基本的に城の外に出ることがない。夜会も、アウレリアが、王城で開かれるもの以外は参加しないため、本当に人前に出るのは久々なのである。


 それでなくとも、ディートリヒの容姿が戻ったことについて、王城内には国王の命により箝口令が敷かれていた。知られれば、また以前のように自分との未来を望む者が現れるかもしれないためである。すでに婚約を発表しているといっても、あくまで仮。『女神の愛し子』は、十九の歳を迎えて初めて、婚約が確定するのだから。


 その前に他の者が邪魔をしては面倒だと、国王は早々に城内の者に口を閉ざすことを命じたのだった。婚約者の父に気に入られているようで、ディートリヒとしては何よりだった。


 そんな理由から、婚約式は別に予定してあるとしても、今日からは正式に婚約者となれるわけで。誰に言われずとも、絶対におかしな格好はしたくなかった。




(そもそも、アウレリアにとっても特別な日だから。……白騎士の制服という手もあるけど、彼女が自慢できる婚約者になりたいからね)




 クローゼットに並ぶ、設えられたばかりの衣装に目を通しながら、ディートリヒは事前に聞いていたアウレリアのドレスに合わせた礼服を選び、手に取った。

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