36-2(アウレリア)
それも、魔物の蠢く、黒の森の中で。
「一頭ではなく、集団で襲ったのか? ……いや、それでも、相手はあのドラゴンだ。対複数ならば、それに対応してくるだろう。他の魔物とは比べ物にならないほど、頭が良いからな」
静かに話を聞いていた兄、王太子イグナーツが、そうぼそりと呟く。それに対して、ディートリヒが頷いたのを見ると、おそらく黒の森の中を進んだ経験からの話なのだろう。
そして、その経験が言っているのだ。魔物では有り得ない、と。
「……他に何か言っていなかったか?」
父がそう、問いかけてくる。その視線はディートリヒから、アウレリアの方へと動いた。
アウレリアは一度、ディートリヒと顔を見合わせる。彼が頷いたのを見て、アウレリアもまた頷き返し、父に向き直った。
それは、考えてみれば分かる話。しかし、そこが黒の森であるという先入観から、頭に浮かばなかっただけの考え。
「……これまでに、何者が一番、魔物を葬ってきたと思っているんだ、……そう、男神様は仰っていました」
途端、ゆっくりと父と兄の目が見開いていく。「ああ、そういうことか……」と、父が呟いた。誰もが分かっていることだ。魔物が最も毛嫌いしており、襲い、襲われる者は何か。
人間である。
「……何者かがドラゴンを傷付け、そのまま放置したということか。それほどまでに力を持つ人間がいる、と」
「単独ではないでしょう。あれは、勇者や、そこにいるディートリヒ卿の手にも余る存在だった。……もちろん、魔法を使うカロリーネ卿でも不可能です。複数の人間が、黒の森に入り、魔物を襲っている。……いつから、何のために……」
父の言葉に続いた兄の最後の呟きは、自分への問いかけのようだった。それでいれ、その場にいた他の三人の持っていた疑問でもあった。
それが単純な討伐ならば問題ない。人々を襲う魔物を倒してくれるならば、むしろ有難いと思うだろう。
だが、ドラゴンは傷ついた状態で黒の森を飛び出し、人々が住む町へと現れた。夢の中のアウレリアは、黒の森から出てくるドラゴンを見ていたのだが、後を追う者など誰もいなかった。
そういえば、とふと思う。夢に見た、あのドラゴンは。
「……翼の根元ばかりが、負傷していました」
まるで、その翼を捥ぎ取ろうとでもするように。
目を閉じ、思い返してみてもそうだ。他の場所にももちろん怪我はあったけれど、翼の根元にだけ執拗に攻撃をした後があったように思う。逃がさぬために、というならば理解も出来るが、そうであれば、逃げ出したドラゴンを追ってこない理由が分からない。
傍らのディートリヒの方を見れば、彼は心底不審そうな顔をしていた。「ドラゴンを倒すことが目的でないのならば、翼を、何かに使うつもりだった……?」と、呟く彼の言葉に、しかし誰も何も返すことはなかった。
「何にせよ、警戒すべきか。人里へ追い立てたわけではないとしても、結果として被害が出るのならば同じこと。イグナーツ。黒の森の調査を早めねばなるまい」
父の言葉に、兄は「早急に」と短く応える。元々、調査の予定はあったため、それが早まるだけだ。『ドラゴンを襲う魔物の調査』から、『ドラゴンを襲う人間の調査』に変わりはしたが。
兄の言葉に頷き、父は更に続けた。
「以前立てた仮説が正しければ、おおよそ半月後には、黒の森の魔物を狩る者が現れるということだ。そちらはまだ、人間か魔物かは分からぬまま。アウレリアの夢の通り、魔物が減るのは望む所。だがそれと、ドラゴンを狩ろうとする者の関係性が掴めぬ間は、手放しで喜ぶことも出来ぬからな」
ドラゴンよりも恐ろしい魔物が現れたことにより、他の魔物の数を減らしているという仮説。人間がそれを行っているのならば、魔物の討伐であり、悪いことではない。
だが、もしそれがドラゴンを襲った者と同一人物だったとすれば。相手はドラゴンの翼を何らかの目的で捥ぎ取ろうとした人間である。他の魔物を狩ることに対しても、何か目的があるのかもしれない。そう疑念を持たずにはいられなかった。
そうなると、父の言う通り、手放しで喜んでばかりはいられない。傷ついたドラゴンが放置され、町を破壊したように、傷付けられたまま放置された他の魔物が、民に何らかの被害が与えないとも限らないのだから。
(その辺りは、明日からまた夢に見るでしょうね。それぞれが別の存在であれば良いのだけれど……)
魔物を倒す者は、魔物を倒し。傷付け、放置する者には、民に被害が出る前に何らかの手を打つ。
そうなれば、何も心配せずに、夢の通り魔物の襲撃も減っていくことを喜び。ドラゴンを襲う者の動向にだけ注意しておけば、それで良いのに。
今後の調査について、父と兄、そしてディートリヒが話し合いを始める中、アウレリアは密かに、そう祈った。
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