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35-2(ディートリヒ)




「男神様の望みが、女神様の傍にいることだとしたら、大丈夫です。……どちらに転んでも」




 言い、アウレリアはその顔を女神の方へと向ける。何かを確信したように、真っ直ぐに。


 ディートリヒには、何をもって大丈夫なのか分からなかったけれど。アウレリアが言うことだから、信じようと、そう思った。




〈あなたの望みは分かりました、ゲオルク。けれどあなたは、……私のこの姿を見てもなお、そう望むでしょうか〉




 言って、女神が自らの顔に触れた。何だろうと不思議に思いながらその様子を見ていたディートリヒは、女神がその髪を掻き上げ、左目を晒した瞬間、思わず目を瞠っていた。


 そしてそれは、女神のすぐ前に立つ、男神もまた同じだった。男神はぴくりとも動かず、女神を凝視している。


 〈これが、今の私です〉と、女神は悲しそうに呟いていた。




〈私の左目は、とうの昔に失われました。愛しい子たちを護る、干渉の媒体として〉




 その言葉の意味を、ディートリヒはよく理解できなかったけれど。女神の前に立つ男神には、十分に伝わったようだった。女神の左目へと手を伸ばそうとし、やめる。


 そのまま、男神はこちらを、いや、アウレリアを真っ直ぐに見る。〈……あれか〉と呟いた男神の声は、酷く苛立って聞こえた。


 びくり、と肩を揺らすアウレリアを背に庇う。すぐにでも逃げ出せるようにと、指先で魔法陣を描き始めるけれど。


 〈正解であり、間違いです〉という女神の声に、男神の視線が再び取られた。




〈最も愛しい子の中にも、私の左目が宿っています。けれど、それは本当に、小さな欠片でしかありません。千々に砕かれた私の左目は、あらゆる人間の中に宿っています。命を落とした者の中にあった欠片は、とうに消えてしまいました。……もう、私の左目が戻ることはないのです〉




 左の頬に触れながら、女神は俯き、悲しそうに言う。〈だから、もうあなたの望みを叶えることは出来ないのです〉と。


 けれど。




〈……なぜだ?〉





 そう、今度は男神が静かに問いかけた。〈なぜ、望みが叶えられないのだ?〉と。




〈確かに我らにとって、完全でない姿はとても半端な存在だ。其方もそう思っているのだろう。……しかし、我は、其方の傍にいたいと言っている。それと、其方の左目が失われたことと、何の関係があるのだ? 我にとっては、其方が半端であろうと完全であろうと、其方であることに変わりなどないというのに〉




 心底不思議そうに言う男神に、女神は言葉を詰まらせた。〈それは……〉と、口を開こうとし、また閉じて。


 〈それに〉と、重ねて言ったのは、男神だった。




〈其方の左目が失われたのは、……我の行動がゆえだろう。其方が、その身を削ってまで、人間を護ろうとするとは思わなかった。早く人間から興味を失い、我の方を見てくれればと、そう思っただけで……。であれば、其方の左目を奪ったのは、……我であろう。……すまなかった、レオノーレ〉




 それは、先程までの悠然とした声とは違い、深い後悔に満ちたそれに聞こえた。取り返しのつかないことをしてしまったことに対する、痛々しいまでの悔恨。次いで、男神は自らの左目へとその手を伸ばして。


 はっとして、ディートリヒはアウレリアの身体を、覆うようにして抱き寄せた。「わぷっ!?」と、胸元でアウレリアが驚いたような声を上げる。


 聞こえたのは、あまりに耳に不快な音と、女神の小さな悲鳴だった。




〈其方の美しい蒼銀の瞳とは比べ物にもならない上、我は今、堕ちた身だ。浄化し、使えるようになるまで時間がかかるかもしれないが〉




 「先程の悲鳴は何です、ディートリヒ?」と、慌てた様子で訊ねてくるアウレリアの背を撫でてあやしつつ、顔だけを後ろへと向けて神々の様子を窺う。


 案の定と言うべきか、男神の左手の上には、つい今まで男神の左の瞼の下に埋まっていたはずのものが転がっていた。それを差し出し、男神は更に請う。〈……我の後悔と謝罪と思い、受け取ってくれ。レオノーレ〉と。


 女神は泣きそうな顔になった後、〈なぜ、そのようなことを……〉と、苦しそうに言うけれど。男神はふるりと首を横に振り、〈言ったであろう。後悔と、謝罪だと〉と、小さく呟いていた。


 人間であっても、自分の行いのせいで愛する者の身体が欠落したとしたら、後悔し、絶望するだろう。相手が自らを悪く言わなければ、なおのこと。


 男神はそのまま、女神の横をすり抜けて、真っ直ぐに泉の真ん中へと歩み寄る。何もないそこは、ディートリヒは知らなかったが、いつも水が湧き出しているその場所だった。


 男神は〈ここか〉と小さく呟き、その手にあるものを泉の中へと落とした。水面に立つ神々と違い、それは小さな水しぶきを上げて、水の中へと潜る。〈これで、其方の元に届くであろう〉と男神は言うと、再び女神の方へと振り返っていた。

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