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35-1(ディートリヒ)




〈その人間の影に入ったのもそう。丁度良い機会だと思ったのだ。あのような辺鄙な場所では意味がない。人間の影に入れば、そなたの愛する人間たちが集まる場所へと連れて行ってくれると思った〉




 だから大人しく、影の中へ封じられたのだと言う。その言葉に、ディートリヒは素直に納得していた。魔王を、ただ魔王と見ていた時とは違い、元は女神の兄神と同じくらい力のある神だと知った今では、違和感を覚えずにはいられなかったから。


 いくら自分が闇魔法使いとして優れていたとしても、神を捕らえるほどのものだろうか、と。




〈そこの人間の精神を壊して、乗っ取るつもりだったのだが。……其方であろう? そちらの人間を介して干渉し、我を眠らせたのは〉




 ちらり、と男神がアウレリアの方を振り返るのを見て、自然、ディートリヒはその視線を遮るように足を進める。アウレリアのすぐ前に立ち、男神を見れば、少しだけ楽しそうな様子で鼻を鳴らしていた。


 女神がそれにゆったりと頷いて見せる。〈あなたの言う通りです。ゲオルク〉と応えながら。




〈眠っていてもなお、愛する子たちを壊そうとするあなたから護るために、最も愛しい子を介して、あなたに干渉いたしました。本来ならば、創り上げた世界に干渉することは許されていないのですが、そこにあなたが関わっていれば、例外ですから〉




 〈魔物も、あなたも、この世界の物ではありませんので〉と、女神が笑みを深くする。


 男神もまた、それに納得したように頷き、〈で、あろうな〉と呟いていた。




〈おかげで少しずつそこの人間は回復してしまった。……人間の姿で人間を壊しつくした方が、其方も人間を厭い、この世界を諦めるかと思ったのだが、失敗だったな〉




 〈だからそろそろ、我が自ら、人間を壊そうと思っていたのだが〉と、男神は続けた。




〈まさか其方の方から我を呼んでくれるとは。これほど嬉しいことはない。其方が再び我を見てくれることを、どれほど望んだか。……レオノーレ。其方がまた我と共にいてくれるのならば、……我を愛しているという言葉の通り、我をその視界に入れてくれるならば、もう二度と、人間を壊そうとはしないと誓おう〉




 一歩、男神は女神の方へと近付く。〈我の傍にいてくれ〉と続いたその声は、あまりにも切実なそれで、ディートリヒは昨夜、王太子イグナーツから聞かされた話を思い出していた。


 女神を愛する男神。その想いゆえに、女神が創り、女神が愛したこの世界の人間に嫉妬し、壊そうとしたがゆえに堕ちた神。


 男神の言葉が本当ならば、女神は男神に想いを寄せていながら、この世界にばかり目を向け、男神を顧みなかったのかもしれない。それこそ、男神が堕ちるまで。


 だからと言って、自らの愛する女神が愛している人間を壊す、という発想になるのは理解できなかったが。それが、人間と神の違いだと言われれば、ディートリヒには何も言えなかった。


 ただ自分が思っていたよりも、神の愛情というのは重いものなのかもしれない。片や愛する相手を堕とすほどに世界を創り、その世界の住人に夢中になり、片や愛する相手の視線を得るために、相手の愛する世界の住人を壊そうとするのだから。




(こういう言い方して良いか分からないんだけど、……完全に、痴話喧嘩に巻き込まれた感じだよね。俺たち人間は)




 イグナーツの話を聞いた時にも密かに思ったのだが、まさかそれが本当だったとは。


 思わず半眼になったディートリヒは、ちらりと後ろのアウレリアの様子を窺う。ベール越しではあるが、彼女もまた少し困惑しているような、そんな雰囲気だった。


 男神の言葉は、明らかな脅しではある。女神が男神を厭っているならば。けれど、女神の目を見る限り、ディートリヒには女神が男神を嫌っているようには見えなかった。そう、信じたいだけかもしれないが。


 ここでもし、女神が男神を拒否したならば。この場はどうにかなったとしても、確実に人間は追い詰められるだろう。ドラゴンよりも恐ろしい魔物も、必ず現れるはず。


 静かに二柱の様子を見ていたディートリヒは、とん、と自分の手に何かが触れたのを感じて、ぱっとそちらを振り返った。


 アウレリアはこちらに顔を向け、背伸びするようにディートリヒの耳元へと近付くと、「大丈夫です、ディートリヒ」と、囁いた。

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