表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

86/111

34-1(ディートリヒ)

 それは、もはや痛みにすら近い感覚だった。




「……っつ、う……っ!」




 急に頭に響いてきた声に、ディートリヒは思わず額に手をやり、目を閉じる。アウレリアが儀式を行っている、泉のある部屋の扉の前。両開きの扉のそれぞれの前に立っていたため、数歩分の間を空けて立っていたクラウスが、急に呻きだしたディートリヒに驚いたような顔を向ける。「ディートリヒ卿? どうしました?」と、彼は顔だけをこちらに向けて訊ねてきたのだが、その言葉の意味がディートリヒに届くことはなかった。


 何か話しているクラウスに、ろくに返事をする事も出来ず、今度は両の手で自らの頭を押さえた。響き渡る声が、どんどん大きくなっていく。アウレリアの髪を持っているというのに、何も携えていない時よりもなお、大きく響き渡る声。それはまるで、誰かを呼んでいるかのように、叫んでいた。




「……まさ、か……」




 頭に浮かんだ考えに思わず呟けば、クラウスが不可解そうな表情で「卿?」と声を上げていたのだが、相変わらずその意味が伝わることはなく。それに構わず、ディートリヒはよろよろと、扉の方を振り返った。


 アウレリアが部屋に入る時は何ともなかった。つい先程まで、アウレリアが儀式を行っている部屋を護るという仕事を、何事もなく続けていた。だというのに、急に頭の中に声が響きだしたのだ。これまでに聞いた、どの声よりも大きな声で。




〈レオノーレ〉




 声が、初めてそう、意味を持って聞こえた気がした。




(本気にして、なかったんだけど。……本当だったんだ)




 脳裏に響き渡る声が、如実に教えてくれている。その、事実を。


 今、この扉の向こうに、魔王が望むただ一つの存在が、この世界の創生の女神が、在ることを。




「……卿、何をしているんです?」




 片方の手で頭を押さえたまま、扉に手を触れたディートリヒに、クラウスがそう静かに問いかけてくる。断片的に聞こえてくる言葉は相変わらず意味を為さず、ただその視線を、扉に触れた手の方に感じた。扉を開けようとしているように見えたのかもしれない。


 ディートリヒは、そのような意図はないと伝わるように、さっと扉から手を放し、一歩距離を取る。それにしても、だ。


 うるさくて、うるさくて、仕方がなかった。


 頭の中、女神を呼ぶ声を遮るように、ディートリヒは心の中でアウレリアを呼ぶ。助けて欲しいと、ただそれだけを願いながら、眉間に皺を寄せ、ぎゅっと目を閉じて。


 その時だった。




「ここを開けてくれませんか? ディートリヒ卿、クラウス卿」




 そう、扉の向こうから聞こえて来たのは。





「……あ、……王女殿下」




 アウレリア、と呼び掛けそうになり、口を噤んですぐにそう呼びなおす。彼女の声が聞こえた途端、頭の中に響いていた声が止んだ。それも、アウレリアに触れている時と同じくらい、完璧に。


 もしかしたら、魔王も聞いていたのかもしれない。扉を開けて欲しいと言う、彼女の言葉を。


 扉の向こうには、きっと。そう思って。




「少々お待ちください、殿下。ディートリヒ卿、大丈夫ですか? 問題ないのでしたら、そちらを」




 クラウスがこちらを窺うようにして、そう指示してくる。それに頷いて、ディートリヒは、自らが前に立っていた方の扉の取っ手に触れた。重々しいそれを、力を入れて開いていく。


 人一人が通れそうなほど開いたところで、アウレリアが「そこで、止まってください」と呟いた。




「クラウス卿は、このまま護衛をお願いします。ディートリヒ卿は、中へ」




「……! 殿下、それは……」




 告げられた言葉に、クラウスが驚いたように声を上げる。本来ならば、儀式の最中に、『女神の愛し子』以外の存在が入ることなど許されていない部屋。クラウスの静止の意味を正確に受け取り、しかしアウレリアはそれに首を横に振る。「大丈夫ですよ、クラウス卿」と、彼女は更に応えた。


 「全ては、レオノーレ女神様のご意思です」と。


 その言葉に、クラウスはそれでも納得出来ない様子だったけれど。数度、口を開閉させた後、「……分かりました」と言って、頭を下げた。


 アウレリアはそんな彼に、「よろしくお願いしますね、クラウス卿」と囁く。とても優しく、穏やかな、信頼に満ちた声音で。それだけで、クラウスは表情を僅かに明るくしていた。


 二人の様子を眺めていたディートリヒは、なぜか胸の中にもやもやとしたものが燻るような、そんな心地だった。




「では、行きましょう。ディートリヒ卿」




 こちらを振り返ったアウレリアが言うのを聞き、「仰せのままに、殿下」と、今度はディートリヒはその表情を明るくする。何にせよ、彼女の傍にいるのは自分なのだからと、なぜか唐突に、そんなことが頭を過ぎった。

 ブクマありがとうございます!

 とても励みになります!


 気に入って頂けたら、下の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて頂けたら大変喜びます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ