33-2(アウレリア)
「レオノーレ様は、魔王、……いえ、魔王となった男神様が、レオノーレ様の容貌だけを好んで、ここまで、堕ちるまでレオノーレ様を愛したのだと、そうお思いですか?」
アウレリアは、ただ静かに問うた。アウレリアの目に映る女神はあまりに美しく、そのようなことは絶対にないとは言えなかったから。
もし、男神が女神の容貌だけを好んでいたとしたら、女神から興味を失うこともあるだろう。
しかし女神は、アウレリアの言葉に、ゆるく首を横に振った。〈それは、有り得ません〉と言いながら。
〈私たちにとって、容貌とは幻のような物。その時の気分によって変えることすら出来る物です。今のこの容貌が気に入っているからこそこの容貌のまま永く在りますが、変えようと思えば一瞬で変わります〉
〈ほら〉と言って、女神はその手で自らの顔を撫でる。穏やかで優しそうな容貌は、一瞬にして吊り上がった目を持つ、苛烈な美女のそれへと変わった。そしてもう一度それを繰り返せば、今度はふっくらとした優しそうな老婆へと変わる。
数度繰り返した後、女神は元の容貌へとその顔を戻した。驚きに目を瞠っていたアウレリアは、ただ瞬きを重ねることしか出来なかった。
けれどそうして容貌を変える女神を見ていて、一つだけ分かったことがある。
その左目だけは、何度顔を変えても、戻りはしないのだ、と。
〈私が言う、以前の私ではないというのは、容貌のことではありません。……私たちは、全てが揃って初めて、存在し得るのです。あって当然の物は、なければならない。……この左目も、私が私として在るからには、なくてはならなかった〉
〈今の私は、私という存在としても、半端なのです〉と、そう続けた女神の表情は暗い。神にとって、完璧ではない状態というのは、とてもつらいことなのかもしれなかった。世界を創り、その容貌すら自在に操る存在である。在るはずの物がないという事実は、自分たち人間には分かり得ないのかもしれない。
それでも、である。
「では、レオノーレ様の兄神様たちは、両の親神さまたちは、レオノーレ様が左目を失ったことで、レオノーレ様を厭うようになられましたか?」
静かに、そう問いを重ねる。女神はまたゆっくりと、その首を横に振った。〈兄たちは皆、そのような物がなくても、私は私だ、と〉と言って。
当然だろう。女神を厭うたならば、魔王を封じるための聖槍など、『女神の愛し子』が現れた時点で存在しなくなっていたはずだ。その時にはすでに、女神の左目は失われていたのだろうから。
けれど、聖槍は今もなお現れる。それは兄神たちが変わらず女神を愛しているからだろう。
では、男神は。兄神たちでさえ愛情を失わなかったというのに、魔王にまで堕ちた男神が、女神を厭うだろうか。
どう考えても、アウレリアにはそうは思えなかった。
「男神様もきっと、兄神様たちと同じだと、私は思います。……もし、左目を失ったくらいで、レオノーレ様から興味を失くすのならば、むしろレオノーレ様からお別れすべきですわ。願い下げだ、と言って」
最後だけは、冗談交じりに付け加える。冗談交じりだが、本気の言葉だった。こうして話していれば分かる。神であろうと、心がある存在だ。欠けてしまったからといって厭う位ならば、離れた方が女神のためだろう。美しいからと言って、女神は宝石や花ではないのだから。
女神はアウレリアの言葉に驚いたようにきょとんとした顔になった後、ふわりと、楽しそうに笑った。〈愛しい子の言う通りですね〉と、囁くように言う。
〈始まりは、私が愛しい子らにばかり構い、ゲオルクを蔑ろにしたがゆえ。あれから、永く、永く、時を置きました。愛しい子たちを巻き込むのは、おしまいにしましょう。どのような、結果となったとしても。……呼んでください、アウレリア。ゲオルクを封じているという子を〉
静かな決意を込めて、女神はそうアウレリアに告げた。永い永い時。それは、人間でしかないアウレリアにとってはあまりに果てしない時。その永い時を得て、やっと女神は決めたのだろう。愛する男神に、厭われる覚悟を。
アウレリアは「もちろんです、レオノーレ様」と答え、深く頭を下げる。顔を覆うベールが、ひらりと揺れた。
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