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33-1(アウレリア)




「……レオノーレ様、その、目は……」




 驚きに掠れた声で、アウレリアはそう、言葉を並べた。芸術品のような美しい容貌の中、その空洞はあまりに歪だった。


 女神は瞳のない目を撫でながら、悲しそうな表情を浮かべて俯く。〈これは、私自らが私に科した罰なのです〉と、彼女は静かに呟いた。




〈この世界を創り、この世界を愛し、……けれどこの世界を壊そうとする者を、自らの手で罰することが出来なかった。その罰。……今もまだ、自ら手を下すことの出来ないのだから〉




 深い後悔を含んだ声。それでいて、苦しい程の未練を纏った言葉。それだけで分かった。女神が今だ、男神を、魔王を愛しているのだと。


 〈その上〉と、女神はこちらに視線を向け、続けた。




〈私の罰だというのに、私の愛する子にまで苦しみを与えてしまっている。……アウレリア、私の愛おしい子。……本当に、ごめんなさい〉




 ぎゅっと、女神は両の目を閉じる。輝かんばかりの神々しさは、その瞳が姿を消しても変わることはなかった。


 アウレリアはただ、女神が自分に謝罪する様を呆然と見ていた。ただの人間である自分に、創生の女神が謝罪しているという現実が、上手く頭に入って来なかった。


 加えて、女神の言葉にも違和感があった。女神への罰だというのに、自分に苦しみを与えているという。女神の左の眼が失われたことが、なぜ自分の苦しみとなるのか。




「それは、……一体、どういう……」




 頭に言葉が浮かばぬ中、必死に疑問を口に出す。女神は今にも泣きそうな顔でこちらに手を差し出すと、アウレリアの頭に触れた。触れた、はずだった。


 その感覚が、ないだけで。




(……ああ、やっぱり降臨したわけではないのね)




 水に映る幻影か、光が作り出した幻想か。いずれにしろ、女神の肉体はそこにはなく、ただそこにあるように見えているだけのようだった。


 女神はアウレリアの頭を撫でるように、その手を動かしていた。




〈ここに、私の左目の欠片があります。あなたに宿ったそれは、これまでのどの愛しい子たちよりも大きい。それに耐え得る器だったのでしょう。現に、あなたは今、私の目の前にいる。……あなたが夢に見る未来の惨劇は、全て、あなたの頭にある私の左目の欠片が見せているのです〉




 〈本当に、ごめんなさい〉と、女神は言葉を重ねた。愛しい人間であり、愛しい子であるアウレリアを傷付けていることを悔い、心の底から、悲しそうな表情で。けれど。




「謝らないでください、レオノーレ様」




 そう、アウレリアは静かに呟いた。




「夢を見ることは、確かに苦しく、辛いです。幼い頃は特に、嫌で嫌で仕方がなかった。……でも、この夢のおかげで、私がこの国の民を救えたのもまた事実。この力は、私の誇りなのです」




 魔物の襲撃から、民を護る。そんなこと、本来であれば、アウレリアには出来るはずがない。剣を握ることも、魔法を使うことも出来ない自分は、ただただ周囲に護られることしか出来ない存在なのだ。


 けれど、夢を見るこの力があれば、民を救える。夢の中で何度も殺され、刻まれ、圧し潰されても、民を救うことの出来るこの力を捨てたいとは思わなかった。


 アウレリアは間違いなく、この国の王女なのだから。間違いなく、この国を愛していたから。


 眠ることが出来ず、痩せ細り、やつれていたままだったとしても、決して消し去りたいとは思わなかった。民を護るためならば、絶対に。


 女神は驚きにその目を大きく見開いた後、ふわりと笑った。〈やはり、私の愛しい子〉と、愛おしそうにこちらを見ながら。




〈だから私は、あなたを選んだ。私と同じくらい、人を愛してくれるあなたを。……ゲオルクに、逢いましょう。あなたのためにも、この世界のためにも。……嫌われてしまえばむしろ、良いかもしれないですしね〉




 嫌われれば、魔王は魔物を創り出すこともやめるだろうと、女神はつらそうな表情で言った。女神に興味がなければ、魔王がこの世界の人間を目の敵にする必要もないのだから。


 女神にも人間にも興味を失えば、きっと魔王はこの世界から消えてしまうだろう。神には戻れなかったとしても、その強さは神のそれと変わりないのだから。兄神たちの封印が解かれた今なら、尚更。


 けれど、とアウレリアは思う。おそらくは、そんなことにはならないだろう、と。




「……レオノーレ様。あなたはとても美しいです。左目を失っても、その神々しさが失われることはありませんもの」




 神殿の天井に描かれた女神の絵には、当然のように両の眼がある。


 けれど、それが片方失われたからと言って、女神の何が失われるというのだろう。その美しさも、神々しさも、優しさも、きっと変わっていないはず。


 だというのに、堕ちるまで女神を愛した魔王が、片目を失ったからと言って女神から興味を失くすだろうか。


 アウレリアには、とてもそんな風には思えなかった。

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