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32-3(アウレリア)

 夢に見た未来もそうだが、ただ魔物が人々を襲っているという状況ではない。どのような状況なのかは把握できていないが、少なくとも魔物の襲撃は減り、その危険性も以前と比べて格段に落ちていく。これから先は、更に。人の手でも対応できる程度に落ち着いていくのである。


 そこで問題なのが、例の、ドラゴンよりも強いであろう、魔物の存在だった。




(過去の事例を見ても、女神が全ての魔物から世界を護ることは出来ないはず。……そもそも、過去の『女神の愛し子』たちは、何をどう願ったのかしら。平穏を? それとも、魔物を消し去って欲しい?)




 詳しい情報など何も残ってはおらず、ただ公にされた事実のみが伝わっているだけ。生誕祭を終えた後は、魔物の襲撃が少なくなった。そんな曖昧な事実だけが。


 アウレリアはその情報と、女神からの言葉を聞いて、平穏を願ったのだろうと思ったけれど。考え方を変えれば、願ったのは世界の平穏ではなく、自らの能力の喪失である可能性もある。


 『女神の愛し子』が夢を見たくないと願った時、それを叶える方法は二つ。能力を消し去るか、もしくは、襲撃する魔物を減らすか、なのだから。




(どちらにせよ、完全に魔物が消えたわけではなく、襲撃が減った、という程度だったということが大事なのだわ。その前後に何かが起きたわけでもないから、間違いなく生誕祭が行われたことが関わっているのでしょう。……まさか本当に女神と会うことが出来て、願いは何かと問われるとは思ってもいなかったけれど)





 だからこそ、今ここで口にする願いはとても大事なものだということだけは分かる。




(何を願うことが、もっとも世界の為になるのかしら)




 この世界を創り上げた唯一の存在。そしてその世界に住む自分たち人間を、女神を愛するがゆえに壊そうとした、男神。


 魔物の襲撃が減っている現時点で、もっとも世界のためになるのは、やはり。




「レオノーレ様。今、この城に、魔王が封じられています。正確には、この城にいる人物の影に、ですが。レオノーレ様がこの世界を、私たち人間を、少しでも愛してくださるのならば、……魔王に会ってくださいませんか」




 「そして、魔物を消し去るよう、説得して欲しいのです」と、アウレリアは続けた。


 女神と魔王を再会させるという兄の話を聞いた時、アウレリアはただ頭に疑問を浮かべることしか出来なかった。いくら魔王が女神を愛していて、それゆえに魔王という存在に堕ちたとしても、今更顔を合わせたところで後悔などするのだろうか、と。


 兄の言う、もう一つの可能性。より多くの魔物を生み出して、早々にこの世界の人間を滅ぼし、女神の視線を取り戻す。そちらの方が、納得出来る気がした。


 けれど、兄が言ったのだ。「お前なら、出来るか?」と。




「ディートリヒ卿をお前が傷付けたとして。卿に距離を置かれ、それでも想い続け、それゆえに傷付け続けているとして。……時を得て、卿が目の前に現れ、『やめてくれ』と懇願してきたならば、……お前はそれでも、傷付けることが出来るか?」




 言われた言葉に、息を呑む。なぜ自分の想いを兄が理解しているのか、というのも少し驚いたが、それ以上に。


 兄の問いに、アウレリアは、不可能だとしか答えられなかったから。




(生み出される魔物が魔王の女神への愛情なのだとしたら、……今この時でも、魔王は女神を愛し続けているということだもの)




 魔物の襲撃が少なくなったと言っても、決してなくなることはない。絶えず、魔物は現れる。それこそが、魔王の女神への想いの証だろう。


 そうであれば、女神を愛する魔王が、長い、あまりにも長い年月を得て女神と邂逅し、そのようなことはやめてくれと願われたらならば、どうだろう。


 人と神を同じ立場で扱って良いとは思えない。けれどもしそれが自分だったならば。




(私ならば、……とてもじゃないけれど、傷付け続けることなんて、出来ないわ)




 それが、アウレリアの答えだった。


 それほどまで長い間、想い続けた相手からの願いを断ることなんて、とても出来ない。それどころか、会うことすら叶わなかった相手の願いである。


 だから、これを願いとすべきだと思った。平穏を願うのではなく、これから起こるだろう災いを絶つ、そのためにも。


 女神はただじっとこちらを見た後、ふっとその美しい顔に笑みを浮かべた。〈あなたは、考えることが出来るのですね〉と、言いながら。




〈これまでの私の愛しい子たちは、考えることが出来なかった。……そのような余力は残っていなかったのです。だから皆、ただ世界の平和を望みました。しかし、情けないことに、私の力は魔王には、……ゲオルクの力には及びません。だから完全な平穏を叶えることは出来なかった〉




 ぽつぽつと、女神は続ける。その言葉に、やはりと思いつつ、アウレリアは女神の答えを待った。


 女神は一度口を閉じると、目を閉じ、〈……良いでしょう〉と、静かに呟いた。




〈それがあなたの望みなら、叶えてあげましょう。私の、最も愛しい子、アウレリア。……けれどこれだけは、理解してください。ゲオルクは、私に会っても、考えを改めることはない、ということを〉




 女神の顔に浮かんだのは、憂いを帯びた暗い表情。きっぱりと言われ、アウレリアは思わず「それは、なぜ……」と問い掛ける。


 なぜそのように言うのだろう。やはり人間と神は違うということかと、そう思って。けれど。


 女神はその、左の眼を隠す美しい金の髪をかき上げる。その下から、現れたのは。




〈私はもう、彼が愛した私ではないから〉




 美しいその顔の中、その左の瞼の下は。


 ぽっかりと、空洞があるだけだった。

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