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32-1(アウレリア)

 遠くで、人々の歓声が聞こえる。アウレリアが無事この日を迎えられたことを祝福する声が。


 神殿は常に解放されているが、本日は『女神の愛し子』であるアウレリアの生誕祭のため、国民が神殿の前に押し寄せているらしい。顔を出したわけではないので、伝え聞いた話ではあるが。


 アウレリアが生まれて、今日で十九年目。貴族たちはともかくとして、この国のほとんどの民たちからすれば、アウレリアはそのまま、女神のような存在だった。魔物の襲撃を伝え、人々を護ってくれるただ一人の人間なのだから。


 そんな国民の声を遠くに聞きつつ、アウレリアは神殿の中を護衛騎士たちと共に進んで行く。生誕祭の流れは明確で、まず女神に挨拶をし、次いで国民に自らの無事と女神との邂逅を告げるというもの。そのために、昨夜は寝ずに、水に浸かって禊をしていたのだ。


 眠らないことには慣れているが、水の中で一人ぼんやりとしているのは、少々つらかった。何せ、他に何も出来ないのだから。


 まあそれも、ちゃんと終わりを迎えて今に至るわけだが。




「……それでは、行ってきますね」




 メルテンス王国にある、レオノーレ女神を祀る大神殿。そこの最も奥にある、女神がこの世界で一番始めに創ったとされる、大きな泉。中心から常に水が湧き出ており、その水は神殿の中の水路を通って、メルテンス王国の首都へと注ぐ。


 その泉こそ、『女神の愛し子』の生誕祭で、最も重要な役目を果たす場所だった。


 ちなみに、アウレリアが昨夜、禊を行ったのも、この水である。場所はここではなく、神殿の別の部屋にある、ここよりも格段に小さな泉だが。そこにも水路が引かれており、アウレリアはそこで一晩を明かしたのだった。


 泉のある部屋の扉の前。護衛である白騎士、ディートリヒとクラウスにそう告げて、アウレリアは神官たちが二人掛かりで開いた扉の間を、一人で進む。神殿の中は、聖力に包まれているためかとても冷えた空気が流れていたが、この部屋は不思議と、とても暖かかった。まるで、春の日差しの下のように。


 ばたん、と重々しい音がして、後ろで扉が閉じられた。力のある騎士ならばともかく、アウレリア一人では決して開くことの出来ないその扉は、儀式が終わり次第、こちらから合図して開くことになっている。それまでは、騎士たちが扉の前で待機しているのだ。


 思わず後ろを振り返ったアウレリアは、気を取り直して泉の方へと向き直る。泉とはいっても、しっかりと装飾を施したタイル張りの部屋なので、何も知らずに入れば浴室だと思う者の方が多いだろう。その大きさが王城などにある物よりも段違いに大きく、不自然に中心から水が湧き出ていることを除けば。




(……本当に、枯れることなく水が湧いているのね)




 誰もおらず、揺れるはずのない水面が、湧き出る水を中心に波紋を作っていた。


 アウレリアはゆっくりとそちらに近付き、泉の水を覗き込む。水はあまりにも透明で、異様なほどに澄んでいた。




(ここに、入れば良いのよね)




 思いながら、アウレリアは泉の中に足を浸していく。一歩、そしてもう一歩。


 来ているのは、先日、ブティックのマダムと衣装合わせをした、装飾の少ない、式典用の服。真っ白で全く華美さはなく、清廉な雰囲気のそれは、どこか神官の装いを思い起こさせる物。


 それを身に纏ったまま、アウレリアは水の中、中央へと向かって進んで行く。今もなお、水が湧き出ているその場所へ。端の方は浅かったけれど、泉の深度は、丁度、アウレリアの腹部、腰の辺りまであった。




(昨夜も思ったけれど、この水はとても温かいわ)




 決して熱いわけではなく、人肌よりも少し温かな温度。心地良い感覚に、ほっとしつつ、アウレリアはゆっくりと先へ進んで行った。


 泉の端から、十歩ほど歩いただろうか。水の中は、纏っている服のせいか動きにくく、地上を歩くよりも少し時間がかかった気がする。


 湧き出る水の前に立ち、深く息を吸い、吐き出す。そのまま、アウレリアは胸に両手を当てる神官の礼の姿を取り、頭を軽く下げ、目を閉じた。

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