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31-1(イグナーツ)

 ディートリヒの影に封じられた魔王の反応から、女神と魔王に関係があるかもしれないと思い、調査を始めてからひと月以上が経っている。昨日ディートリヒとレオンハルトの前で自分が話したのも、そんな調査の中で見つかった口伝の一つだった。


 まだ日も登り切らぬ早朝。護衛の白騎士たちを引き連れ、王城と併設された神殿の中、妹、アウレリアが待機しているであろう控えの間に向かいつつ、イグナーツは調査の結果として提出された書類を思い出しながら考える。


 女神の逸話には、まず最初にこの世界を創った話が書かれている。本当か嘘かは知らない、と言いたいところだが、アウレリアが見る夢のことを思えば、おそらく本当のことなのだろう。全てではなく、その要所ではあるだろうが。


 その中で、男神が出てくる逸話は複数見つかっている。ディートリヒたちにはいくつか、と言ったが、実際はかなりの数だった。その内、その男神が後の魔王となる所まで言及されていたのが、昨日話したものである。




(魔王が男神ならば、ディートリヒ卿の影で騒いでいながら、アウレリアに触れると声が止まるのも納得出来なくはない。しかもそれが本当ならば、男神は女神の兄神たちと並ぶ神だったともあった。……堕ちてもなお、神でさえも倒せないから、封じることになったわけか)




 そこで、イグナーツは疑問を持っていた。ディートリヒたちの前では言わなかったけれど。


 なぜ、それほどまでに力を持った男神が、大人しくディートリヒの影に封じられているのか。


 封印が解かれた時は、弱っていたかもしれない。もちろん、自分たちからすれば、他の魔物など相手にならない程強いと感じたわけだが。それでも、男神の、魔王の本来の力を発揮できずに弱っており、ディートリヒの影に封じられたとして。




「……なぜ、今もなお封じられたままでいるのか」




 ディートリヒが元の容貌を取り戻すほどの時間がすでに流れている。影の中の異空間とはいえ、魔王もすでに回復していてもおかしくない。


 なのになぜ、ディートリヒの脳裏に声を響かせているとはいえ、大人しく影の中にいるのだろうか。


 どれだけ考えても、可能性があるとすれば、一つだった。




「アウレリアが、傍にいるから。……正確には、女神の聖力を宿したアウレリアが、常にディートリヒの傍にいるから」




 男神は女神を愛したがゆえに堕ちることとなった。女神の逸話の中、魔王が出てくる話は全て、そう伝えている。愛しすぎたがゆえに、堕ちたのだ、と。


 では、実際に女神に会うことが出来たら、どうだろう。


 もちろん、本当に会えるのかは、前回の『女神の愛し子』の生誕祭の記録が古すぎて信用ならないが。それでも、わざわざ記されていたとするならば、あながち間違いではないだろうから。


 これは、一種の賭けに近い。




「本当に魔王が女神と再会することが出来たら、……どう動くか」




 魔王が女神を奪い去れば、この世界は神を失う。それはすなわち、希望を失うこととも同義だ。この世界の根源である女神がいなくなれば、この世界そのものが消えることもまた、考えられる。


 だがもし、魔王が女神に再び会えた時。女神と合うことの出来なかった日々を思い、少しでも、ほんの少しでも自らの行いを悔いてくれれば。




「魔物を消し去り、ドラゴンよりも恐ろしい魔物もまた、消してくれはしないだろうか」




 そもそも、女神が現れたとして、それが本物であるとは限らないのだ。女神に会ったという伝承はあっても、神が地上に降臨した記録は存在しないのだから。


 二柱が出会わなければ、女神が連れ去られることもない。どのような形の接触か分からない以上、かすかな希望にかけてみることにした。もちろん、魔王がより人間を厭い、魔物を更に増やしたり、強くしたりという可能性もなくはないが。




「そうなれば今度は、女神も、女神の兄神たちも黙っていないだろう」




 何せ兄神たちは、魔王と同等の存在であり、魔王を自ら封じた者たちだから。では今、なぜ兄神たちが魔王を再び封じないのかと、そういう疑問もまた、湧いて出てくるわけだが。




(……あの聖槍には、神と言えどかなりの力を注ぐのかもしれないな)




 『魔王封じの儀式』が訪れる際に、神殿に現れる、聖槍。これまで国内に伝わっている話では、それは女神が与える物だとされていたけれど。伝承が正しいとすれば、おそらくそれは女神が与えるのではなく、女神の兄神たちが与えるものだろう。


 そうしてそれは、兄神たちと同等の神を封じる聖槍だ。そう簡単に創れるものではないのかもしれない。もっとも、全ては憶測であり、人智を越えた話である。王族と言えど一人の人間であるイグナーツが、これ以上考えても仕方ない。そう結論付ける。


 大切なのは、メルテンス王国を護る王族として、賭けてみるべきだと勘が働いた。それだけだ。




(少なくとも、女神は人間を愛しているからこそ、『女神の愛し子』が存在するのだから。この世界の創生神が味方なんだ。最悪の結果には、ならないだろう)




 だからまずは、一連の話を、女神に会うかもしれない妹に伝えなければ。




「……そうして私は、現実的に、どうすればドラゴンよりも強いという魔物を倒せるか、考えるべきだな」




 現実味のない話は、その話の一端を担う妹たちに任せて、自分はしっかりと現状を受け止めなければ。そう思いながら、イグナーツは辿り着いたアウレリアの控え室の、扉を叩くのだった。

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