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30-3(ディートリヒ)

 アウレリアを愛おしく想うようになったからこそ、分かる。夢の中に現れたあの二人は、想い合っているのだと。


 見た目が魔王に似ていて、相手が女神の名を持つからと言って、その夢に何か意味があるとは思っていない。女神に愛され、その力を与えられた、アウレリアならば話は別だろうけれど。


 自分の影の中に魔王がいるのは事実だが、それだけなのだ。そもそも、魔王は自分の眠りを妨げようとしている。それが目的かは知らないけれど。


 だから、言う必要はないと思っていたのだ。ディートリヒは。


 レオンハルトは、最初から話すべきだと言っていたが。「意味はないにしても、話すのは別に良いだろう」と。




「そもそも、何で王女殿下に触れると声が聞こえなくなるかが分からないと、ずっと王女殿下はお前にくっついていなきゃいけなくなるんだろう? ……まあ、このままいくと普通に婚約しそうだし、結婚しそうだし」




 「何よりお前はそれの方が良いかもしれないけど」と、続いた彼の言葉に、ディートリヒは何も返さなかったけれど。心の中で大きく頷いていた。


 もし彼の言う通り、アウレリアの傍にいなくても良い方法が見つかったなら。魔王を影に封じる前と同じように過ごせるとしたら。それでも、彼女が眠るために自分が必要であれば、この婚約や結婚は維持されるだろうけれど。




(アウレリアのことだ。自分だけが俺を頼りにしているように感じて、婚約を解消しても良いとか言い出しかねないからね)




 ただでさえ、傍にいたいと言い、自分に甘えながらも、遠慮を感じる瞬間がある。そういう性格なのだと分かっていたけれど。


 彼女が気兼ねなく自分の傍にいるためにも、ディートリヒは、以前の自分に戻りたいとは思えなくなっていた。


 だからひと月前にまた夢を見て。一度ならず二度も夢に見るのだから、全く意味がないわけではないかもしれないと思い、口にせずにいたのに。




(……本当に、余計なことを)




 思い、僅かにレオンハルトを睨みつけるも、彼は気にした様子もなく酒を口にするばかりだった。


 そんな二人の様子を知ってか知らずか、イグナーツは「ふむ」と小さく唸ると、先程のディートリヒと同じようにくるくるとグラスを回し始める。「興味深い話だな」と、彼は呟いた。




「卿の状態の改善のため、神殿に女神と魔王のことを調べさせていたのは知っているだろう。女神と魔王、特に女神の伝承は、古い字体で書かれている物を訳した物や、口伝で引き継がれた物が多い。そのため、細かく見ていけばかなりの数の種類がある。もっとも分かりやすく、時代に即した物が、人々の良く知る神話だ」




 「だから今回、その他の神話を調べさせたのだが」と、彼は続けた。




「その中のいくつかの物に、女神と魔王のことが書かれていた。正確には、女神と、女神の愛した男神の話だ」




 そこで一度止めて、イグナーツはワインを口に運ぶ。初めて聞く神話に、ディートリヒも、レオンハルトも、静かに彼の次の言葉を待った。




「女神がこの世界を創ったのは知っているだろう。幾柱の兄神が別の世界を築くのを見た女神もまた、世界を創った。女神の親である二柱の神や、兄神たちは、女神を可愛がっており、その世界を美しくしてやろうと力を貸したそうだ。女神を愛した男神も、同様に」




 女神は神々の協力の元、この世界を創り上げた。まだ世界には植物しかなく、女神は兄神の世界に住む動物、そして人間を気に入って、この世界でも創り上げ、殊更可愛がったという。


 しかし、動物や植物とは違い、人間は神とよく似た姿をしていた。そのことが、男神は気に入らなかった。




「男神は人間を廃するように頼んだが、女神はそれを聞き入れなかった。とても嫉妬深い神だったようだな。女神の視線が自分よりも長くこの世界に、この世界の人間に向くのを見て、耐えられなくなった」




 そうして、男神はこの世界の人間を壊す算段をつけた。自分の暗い心から人間を壊す物を創り出したのだ。それが、魔物である。




「……だから魔物は、人間を襲うのか」




「俺たちが馬に乗っていても、まず俺たちを狙ってくるよね」




 もちろん、人間がその場にいなければ、魔物は動物も襲う。この世界の物、女神の視線を奪う物という点では、男神にとって、人間も動物も同じなのかもしれない。


 イグナーツはレオンハルトとディートリヒの呟きに頷き、再び口を開いた。




「しかし、女神がそれを悲しんだ。男神を愛していたから、男神を責めることも出来なかった。……だから、代わりに兄神たちが男神をこの世界へと堕とし、兄神たちの力を込めた聖槍で、堕ちた男神……、魔物たちを創り出す王、魔王を封じたのだと書かれていた」




 「女神は今でも、男神を愛しているのだ、ともな」と、イグナーツは話を締め括る。あくまでも、伝承の一つ。何が本当かも分からない神話の話。


 けれど、その話が本当ならば。




「……勘違いじゃなかったのか。俺の中の声の主も、彼女の、アウレリアの声を聞きたがっているみたいだって、そう思ったのは」




 アウレリアの聖力は、女神から直接与えられた物だという。その声や存在から、魔王が、いや、女神を愛する男神が、女神の存在を感じているのだとしたら。


 「……明日、女神に会うというのが、本当かどうかは定かではないが」と、イグナーツが言うのに、ディートリヒは視線を彼の方へと向けた。




「明日の朝しか時間は取れないが、アウレリアにも話しておこう。……もしかしたら女神も、会いたがっているかもしれない」




 兄神の封印から目覚め、閉じ込められた男神に。




「卿は護衛としてあの子の傍に待機していると思うが、もしかしたら女神に呼ばれるかもしれない。……酒はそのくらいでやめておくように」




 自らはグラスを口にし、傾けながら、イグナーツはそう、ディートリヒに告げた。

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